殺人ウサギ、撫でる

 事件が起こったのは、王様達が遠征に行ってから一週間程経った頃だった。

 その日の夜、あの人は遅くまで帰ってこなかった。

 これは帰ってこない感じなのかなと思いつつお布団に潜り込んで半刻後くらいにあの人が帰ってきた。

「……おかえりなさぁい」

 もう少しで眠りに入れそうな微妙な時だったので、ぼんやりとした頭のままそう言った。

 だけど『ただいま』が返ってこないのでどうしたのだろうかとごそごそとお布団から這い出した。

 部屋の前に立っていたあの人は、どこか様子がおかしかった。

「……どうかしたの?」

「……こんな時間だが、一つ話をしていいか?」

 その暗い声色に背筋がぞわぞわとした。

 ひょっとして、自分のことがバレたのだろうか。

 いや、今までバレなかったのが不思議なくらいなのだ、いつこういうことになってもおかしくはなかった。

 だから、いつでも逃げ出せるように細心の注意を払いつつ、意を決して私は首を縦に振った。

 この人が私のことを殺人ウサギだと知り責め立てるつもりであるのなら、きっと私は我慢できない。

 だからそうなる前に、ここを去らなければ。

 そう覚悟を決めて話を聞き始めると、全く別の話が始まった。

「お前には……というか誰にも明かさなかったことがある……俺の両親に関する話だ」

 なんだと拍子抜けした、それと同時にほっとした、すごく安心した。

 それでもあの人の声があまりにも暗くて硬いので、本当に一体何があったんだと心配になりながら続きを聞く。

「俺の両親は血が繋がった姉弟なんだ」

 血の繋がった姉弟が親、ええと確かきんしんそーかんとかいうんだっけ。

 人間の世界では忌み嫌われていると聞く。

「母親は……名前を言ってもお前にはわからないか……一言で言うと性格の悪い魔女だ」

「まじょ」

 魔法を使う女の総称、何度か見たことはあるけど詳しくはよく知らない。

「そして……父親は……」

 そう言いながらレッドは今まで頑なに外さなかった鎧兜にゆっくりと手をかける。

 唐突な行動に思わずごくり、と唾を飲み込んだ、一体何故こんなことをしているのかその意図はわからないけど、長年見ることのなかった、ひょっとしたら見ることもなくこの家を去ることになるのだろうと思っていたものが、どうやらもうすぐ目の当たりになるらしい。

 ほんの少しの躊躇いの後、レッドは鎧兜を外した。

 さらさらと触り心地の良さそうな金色の髪と、綺麗な青色の目が見えた。

 肌は白くて、顔立ちは整っているのだと思う、人間の感覚は良くわからないけど自分は好きだった。

「俺の、父親は……」

「きれい」

 いつだったか火傷で爛れていると言っていたのはやっぱり嘘だったんだなあと思いながらそんなことを呟いた。

 金色の髪はとてもさらさらしていて、触ったらきっと気持ちいいだろう。

「さわっていい?」

「あ、ああ……」

「やった」

 下手くそな鼻歌を歌いながらレッドの髪に触る。

 すごいさらさらだった、いつまでも触っていられる素敵な手触り。

 今まで散々耳を触られてきたので、多分同じくらい触ってもいいと思うの。

「お、おい……話し続けてもいいか?」

「うん」

 髪の毛を撫でながら答える、レッドはなぜか溜息をついた。

「……それで、俺の父親は……ああ、もう充分気が済んだだろう真面目な話なんだちゃんと聴け……!」

「触ったままでもお話は聴けるよ?」

 髪を触っている手を叩き落とされそうになったけど、そう言うとレッドは押し黙った。

「……わかった、もういい……俺の父親は、陛下だ」

「ほへ?」

 へいか? へいかって?

 レッドの顔をじっと見た。

 その顔が自分の巣穴やあの出征の日に見た王様の顔とびっくりするくらい良く似ていることに、今更気付いた。

 でもレッドの方が格好いいとも思った、髪の毛さらさらだし。

 そう言ったら「いちいち毒気を抜くようなことを言ってくれるな」って頬をつねられた。

「……とにかく、俺は所謂不義の子というやつで……王が実の姉と通じて生まれた子供なんて、うまれ」

 その先を聞いたらうっかり殺してしまいそうな気がしたので、自分の指を口の中に突っ込んで黙らせた。

 レッドはしばらくモゴモゴともがいていたけど、急に目をまん丸に見開いて動きを止めた。

 そうして何故かオロオロとしだす。

 どうしたのだろうか?

 その時、自分の顔がなんでか濡れていることに気付いた。

 レッドの口の中から指を抜いて自分の顔に触ってみた。

 気のせいかと思っていたけど濡れている、どうして濡れているのだろうかと思っていたら唐突にレッドに抱きしめられた。

「悪い」

 何がなんだか意味がわからない、なんで謝られているんだろう?

 顔はまだ濡れている、というかこれはどこから垂れてきた液体なんだろう、雨漏りだろうか?

 でも今日はとてもいい天気だったのに。

「悪い、悪かった……もう言わないから、だから泣くな……」

 縋るように私を抱きしめるレッドがおかしなことを言ってきた。

 何を馬鹿なことを言っているんだろうか、殺人ウサギが泣くわけ……泣いてるね?

 その時になってようやくその液体が自分の目から流れていることに気付いた、そういえばちょっと視界がぼんやりしてる。

 殺人ウサギが人間みたいに泣けるだなんて、私は知らなかった。

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