殺人ウサギ、入国する

 それから少し休憩して、身体を動かしても大丈夫そうな感じになったのでレッドが今住んでいる国に向かうことになった。

「大丈夫か?」

「へいき」

 おぶってもらった背は鎧のせいでとても硬くて居心地が悪かったけど、自分で歩くよりはずっとずっと痛くないのでそう答えた。

 だって右足の骨、完全に砕けてるんだもの。

 他にもお腹に深い切り傷と、右腕に抉ったような傷と、見えていないけど背には矢傷があるらしい。

 他にも細かい傷がたくさん。

 痛いけど、慣れてきたのかもうだいぶ楽になってきた。

 レッドの国に行く間、彼からどうしてあそこにいたのかを退屈しのぎに聞かされた。

 なんでもあの洞窟には少し前までとても獰猛で凶悪で最悪な殺人ウサギという怪物が住んでいたらしい。

 けれどその怪物はレッドの国の王様と騎士様達によって倒された。

 なんでもあの洞窟の近くにはとてもよく効く薬を作ることができる薬草がたくさん生えていて、怪物は薬草をとりにきた人々を無意味に無駄に殺し続けていたため、討伐することになったらしい。

 これで平和に薬草がとりに行けるようになったと思いきや、強い怪物がいなくなったことで、別のそこそこ強い魔物の類がそのあたり一体に蔓延ってしまったので、レッドはその魔物達の討伐をしていたのだという。

 そして帰り際になって何か嫌な予感がしたので、怪物の巣穴であったあの洞窟に足を運んだところ、全身傷だらけの私を見つけた、ということらしい。

 そんなことを話しているうちにレッドの国に辿り着いた。

 レッドは本当はすぐに城に魔物達の討伐に関する報告をしに行かなきゃならないのだけど、怪我人の方が優先だ、と先に私をお医者さんのところに連れて行ってくれた。

 連れて行かれたお医者さんに傷を見てもらった、その間にレッドは「すぐに戻る」とお城に報告をしに行った。

「……確かにこりゃあ酷い傷じゃが、もう塞がりきっておるなあ」

「そうなの?」

 訝しげに言う蛇の亜人であるというお爺ちゃんのお医者さんのいう通り、私の傷はとても良くなっていた。

 あんなに痛かったお腹の傷も跡がうっすらと残っている程度で、いっそ切り落とした方が楽かもしれないと思っていた右足の痛みもだいぶ引いてきた、もう少ししたら動けるようになるかもしれない。

「不思議だなあ」とお医者さんと顔を見合わせていたところで、レッドが戻ってきた。

「おお、随分と早く戻ってきたなあ」

「ああ……それで、そいつの具合はどうだ?」

「もう大丈夫じゃよ、腹も脚も腕も随分と傷が深かったようじゃが……もうほとんど治りかけておる、二、三日もすれば歩けるようになるじゃろうな」

「本当か!? ……なら、良かった」

「しかし、何故このように傷の治りが早いのか……お主、何か心当たりはあるかの?」

「あー……ちょっと前に陛下から賜った魔法の薬を使ったからかもしれねぇ」

「なんと……!! そうか、ならこの傷の治り具合も納得、かのう……?」

 お医者さんは納得したような、それでもどこか訝しげな顔でそう言った。


 その後、どうしようかと思っていたけれど、レッドが私が帰るところを思い出すまでレッドのうちにいていい、と言ってくれた。

「お前が嫌じゃなければ、の話だけどな」

「嫌じゃないしどこ行けばいいかわからなかったから……ありがとう、すごく、たすかる」

 迷惑をかけっぱなしだなと思ったけれど、それでもほっぽり出されると大変困るので素直に甘えさせてもらうことにした。

 レッドに助けてもらった翌日には、私の身体はすっかり良くなっていた。

 昨日あれだけ痛かったのに嘘みたいだ。

 傷跡もだいぶ薄れている、きっとそのうち完全に消えて無くなるんだろう。

「なおった!!」

 痛くないのが嬉しくてぴょんぴょん跳ねてはしゃいでいたら、まだ安静にしていろとレッドに怒られた。

 本当に大丈夫なのに。


 それから数日して私の身体はすっかり綺麗に治った。

 傷跡すらもうどこにもない。

 念のためにともう一度お医者さんのところに連れて行かれたけど、もう問題ないと言われた。

「あの薬……本当にすごいものだったんだな」

「うん。ちょうすごい……ひょっとして、すごくすごく貴重なものだった?」

 そう問いかけるとレッドは数秒の間を置いて首を横に振った。

 多分嘘だ、だって王様から貰ったって言ってたもん。

 身体の調子がすっかり良くなっても、記憶は相変わらずのままだった。

 なんにも思い出せない。

 レッドが色々と情報を集めてくれたり、『何か思い出すかもしれないから』といろんなところに連れて行ってくれたけど、結局何も思い出せなかったし、私を知っている人は一人もいなかった。

 そんな風に日々を過ごしているうちに、あっという間に一年の年月が流れた。

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