ep.30

「それで、あんまり日が暮れるまで時間が無いけど今からどこ行くんだ?」


「えーと、映画を見に行きたいと思います!今日は桃華ちゃんからも遅くなっても良いって言われてるので!」


 橘さんは桃華の事を俺の保護者か何かだと思ってるのか… まぁ、桃華が遅くなっても大丈夫だと言うなら心配かけないで済むな。


「そして、今日見る映画はホラーの奴だね。友達から勧められて気になってたんだよね」


 橘さんが友達に勧められたホラー映画は俺でも知ってるくらいの人気作の続編だった。


 スマホで少し映画の感想を見てみたが「今までで一番怖い」、「夜に出歩けない」なんて感想が大量に書いてある。それでも評価は星五と高く、ホラー映画は得意ではないが少し気になる。


「それじゃ、入ろっか」


 そういえば、橘さんはホラーは得意なのか?と思ったが、自分から選ぶくらいだし大丈夫かとそんな疑問はすぐに四散していった。








 ───────────────────





「……うぅ……ぐすっ…」


「…もう終わったぞ?大丈夫だから、な?」


「……うん…ありが、とう……」


 目尻に涙を浮かべてお礼を言う橘さん。周囲の視線を集めてしまってるようだし少し移動させて落ち着かせた方がいいだろう。


 はぁ、と息を吐き何でこんな事になってしまったのだろう、と先程のことを思い出す。




 

 シアターの一番後ろの席に座り、橘さんと小声で話しながら時間が来るのを待つ。少し見るのが怖いが、橘さんはこれから見る映画を相当楽しみにしていたようでなんだかせわしない。

 しかし、映画が上映する前にこれから見る映画の広告が流れた時に隣にいた橘さんが「えっ」と声を漏らす。


「どうかした?」


「…い、いや、なんでも…ない」


 なんか、声と体がふるえてるけどあまりにも楽しみ過ぎて震えているんだろう。……多分。

 映画の時間が近づくにつれて橘さんの震えも大きくなっていき、映画が始まると目尻に涙を浮かべて今にも泣きそうになっている。

 

 これを見ていると嫌でも橘さんがホラーを苦手としていることが分かる。橘さんと話しているときに『怖い』という単語が一切出てこず、逆に面白いという言葉ばかりがでてきていたのでおそらく友達にでも嵌められたのだろう。


 突然、ひじ掛けに置いていた右手が握られる。隣を見ると橘さんが目尻に涙を浮かべて震えながら右手を握っていた。安心させるように握り返すと震えが収まる。

 ここまで怯えていると面白いと言われ騙された橘さんが可哀そうになってくる。この映画が終わったら甘いものでも買ってあげようと決意する。


 もちろん、隣に終始こんな状況の人がいて内容に集中できるはずもなく映画のことはほとんど覚えていない。特に最後の方は泣いている橘さんを慰めていた。





 そんなこんなで映画館をでて、近くのファミレスへ入る。橘さんはさっきよりは落ち着いるが俺と手を繋いだままだ。四人席へ案内され、向かい側に座ろうと繋いでいた手をほどく…… と思ったが橘さんがしっかりと握っているようで全く離れない。

 

「…あの……橘さん?」


「……」


 無言の圧を放ちながら席に座る橘さんに屈し、きっと、まだ、怖いのが抜けていないんだろうと無理やり自分を納得させて隣に座る。

 

「橘さんは、何か───」


「…沙奈」


「ん?」


「…沙奈って呼んで」


 ホラー映画を見たせいで積極的になってしまった!今まではこちらを宇津くん呼びするだけだったのに…


「さ、沙奈は、何頼む…?」


 手を繋いでるだけでも、相当緊張しているのに名前呼びをするせいで手汗がヤバい。しかも手をほどこうとしてもまだ握ったままだ。本当は、もう落ち着いていてホラー映画の流れを利用して俺に名前呼びさせようとしているだけじゃないのか、なんてあるわけのない邪推をしてしまう。


「……ハンバーグセットとイチゴパフェと白玉プリンと餡蜜ぜんざい」


「……分かった」


 これは邪推をしてしまっても仕方がないと思う。元気がな人がこんなに注文するものなのだろうか。…いや、元気がないからこそ沢山食べるのかもしれない。きっと、そうなんだろう。

 呼び出しボタンを押して、店員さんに注文していく。沙奈の分を注文する時に肩が震えていた気がするがきっと気のせいだろう。



「お待たせいたしました」


 沙奈と俺が何も喋らずいたたまれない雰囲気になっていたが、料理が運ばれてきたことにより四散していく。

 俺の頼んだステーキセットは少しお高いこともあってかとても美味しそうだ。沙奈も運ばれてきた料理を見て目を輝かせている。


「美味しそう!」


 思わずそう漏らしてしまった後にハッとして俺の方を見る沙奈。俺がジト目を向けると恥ずかしそうに顔を赤くする。


「さっきまでの、演技だったのか…?」


「…い、いや、演技じゃないよ? ここに入ってくるまでは本当に怖かったし…」


「ここに入るまでは、か… ということは、入ってからは演技だったのか」


「あっ、いや、それは違くて…」


 自分で墓穴を掘ってくれるとは。どうやら、俺と手を繋いでいることにファミレスに入る前に気づき、これを俺と急接近するチャンスと捉えていたらしい。その結果がずっと手を繋ぎっぱなしや名前呼びだ。


「…名前呼びくらいなら普通に言ってくれればしたのに」


「……そういうの、恥ずかしいじゃん」

 

 用具倉庫の中でもっと恥ずかしいこと言ってると思うぞ、と口にでかけたがぐっと飲み込む。


「まぁ、とりあえず、食べるか」


 せっかくの出来立てが冷えてしまうのも勿体ないので食べながら話す。沙奈はさっきまでのことが無かったように喋っていてなんとなく安心する。やっぱり、沙奈に無口は似合わないと思う。


 俺が食べ終わる頃には、沙奈は完食していて追加で注文しようか迷っているぐらいだった。スマホを見ると7時丁度で、そろそろ帰るべきだろう。


 会計を済ませて店を出る。夏に近づいてきているといってもまだまだ肌寒い風が

 吹いている。


「色んなことあったけど… 今日はありがとね!宇津くん」


「あぁ、こっちこそありがとう。お陰で楽しめた」


 電車でうちの街まで帰ってきた後に沙奈にお礼を言われる。色々あったが、計画してくれたおかげでこっちも楽しかったので正直、また一緒に行きたいくらいだ。


 沙奈と話をしながら途中まで一緒に歩いて帰る。沙奈とは家の方向が違うので途中で別れなければならないのだが、別れるはずの十字路に差し掛かったところで「またな」と言おうとすると沙奈とは曲がらずそのまま真っすぐ進む。


「…あれ? ここ曲がらないのか?」


「え? ………あ、言ってませんでした! 今日宇津くんの家に泊まりますよ」


 何でこんな大事なことを家主に言わないんだ、と思いながら天を仰いだ。










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