第5里 生存 ▷ 置いてきぼり
なんてことは無い事実として。
無人島からの生還が確かな時、イカダを連れて行くか。
否。わかっていた。ニコラたちは、置いていってしまうだろう。夜、曇り空なので辺りはとても暗い。日没後すぐに寝る彼らは、生活スタイルが朝型なのかな。波の音を聞きながら感傷に浸るように揺蕩うイカダ。
砂浜を見ると、ボロトが寝ずの番をして火を維持している。時折、うたた寝する彼は、奥で寝ている2人よりも疲れているのかもしれない。
寝落ちた彼を確認後、アチーブメントのために今できることを繰り返すことにする。夜更かしができない生活をしていた現代日本人が、最も遅く寝るなんて。
「きゃああああ!」
「ゆっくり下がれ。ゆっくりだ。」
朝、悲鳴が聞こえ起きた。3人とも先に起きていたか。テアを抱きしめるニコラと2人の前に立つボロト。同じ方向を見ており、視線の先にはヤシから落ちたヤドカリがいる。無人島だと思ったら巨大なヤドカリが落ちてくるなんて思ってもみないよねー。
ボロトの振るう木の棒を気にせず叩かれていた。ヤドカリは硬いらしい。ヤドカリの足が焚火跡を踏むと、ヤドカリが少し後退した。隙を見てボロトが2人を抱えて駆け出し、木々の向こうへ走り去った。急に1イカダにされると寂しいんですけど。
どうやらいつものヤドカリとは別個体らしい。砂浜をさまよった後、海に半身を浸かりながら器用にハサミを動かし始めた。エサでも食べているようだ。
ペシンペシン
ん? お、いつものヤドカリがイカダの近くから顔を出し、叩いてくる。じょうろで水を何度かに分けて与えると、全身を砂上に出し、エサに夢中なヤドカリへ迫って行った。私のじょうろはカンフル剤か。
ヤドカリ同士の殴り合いは、ハサミで叩き合うだけではなく背負っている殻などを捨てさせるまで続くことを知った。相手の殻によじ登りハサミを振り下ろすたびに地面が揺れるわ水しぶきは飛んでくるわ。いやーヤドカリさんパネーっす。次のシャワーは少し増量しよう。凱旋するヤドカリを見ながら思った。
『”1回こびへつらう”のアチーブメントを獲得』
メチャクチャ煽ってくる。ヤドカリに勝てる気がしないから良いけど。
『進化項目を選択してください
——砲
——門
——翼
――波(破損修復) 』
んん? っといけないいけない。先に翼、翼。
『翼が選択されました
進化終了まで3.2.1……終了』
イカダの底面に、
波(
よし、移動だ。スクリューを回してみる。結構な速さで回転し始めた。島に漂着して1週間以上。やっと移動できる。近場だけでも動けたら新たなアチーブメントもありそうだし。夢は膨らむ。
あれ?
おかしいな。さっきからスクリューを回し続けているのに進まない。いや、進んでいるな。1mほど。あっ、大きな波で戻された。ただいま砂浜。ただいまヤドカリ。泣いていいかい?
はぁ……。落ち込んだ後は考えよう。スクリューも進化すればノズルのように使える物に変わっていくはず。あの3人がいないうちにスクリューを回しておこう。
昼。砂浜に銛が届かない程度には離れた。3歩進んで2歩下がる。ヤドカリは飽きたのか砂に潜ったようだ。何m進めば達成されるのか、そもアチーブメントなど存在しないのではないか、実はスクリューを回転させた回数なのではないか。疑心がヤル気を削いでいく。
『”1m航行”のアチーブメントを獲得』
キタ。良かった。間違ってなかった。もう一度翼を選択する。
『翼が選択されました
進化終了まで3.2.1……終了』
迷いは無い。進みたいのだから。3枚羽根スクリューと羽板が20cmの大きさになったが、回転数は半分になった。速度がわずかに上がったように思う。人の歩行速度くらいか。確実に速くなっている。さらに進化すれば、より速くなるはずだ。
調子に乗って放水しながら砂浜周辺をぐるぐると、トラック競技のように推進する無人イカダの姿をまさか見られているとは考えもせず、ただ進めることを楽しんでいた。
さすがに疲れないからといっても飽きてくる。1時間も同じコースを進んでいてもなぁ。そのおかげか ”1km航行” のアチーブメントを獲得し、次が難しいと感じた。1000倍だから。
再度、翼を選択した。8回目の進化。スクリューの大きさは変わらず、羽根を覆うように筒状のダクテッドファンになった。なぜかイカダも一回り大きくなり、木材の色が黒くなった。材質が変わったのだろうか。
イカダの木の並びにも変化があった。
放水ノズルの位置もわずかに中心に寄ったように思う。スクリューを進化させていくと先鋭的な形状になるのかもしれない。
考え込んでいた私をヤドカリが叩いた。いつの間にか砂浜に戻っていたようだ。形は変わっても私だと思うらしい。
移動範囲が広がれば、この島から離れることになる。ヤドカリを置いて行くこと、つまりは別れの時が来るのだとシャワーに切り替えながら考えていた。
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