第4里 45° ▷ 180°

 空飛ぶイカダ、とはいかず。イカダの中央に生えた丸太が砂につかえ、前方宙返りした。トというかヘの字というか、丸太を突き刺した状態で止まった。

 見渡せる範囲が広くなったので水平線まで見える。シャチは沖に戻って行くようだ。逃げ切った。


 ペシペシ


 何かが叩いている……ヤドカリが抗議しているようだ。ごめんごめん。シャワー……あれ? 今のノズルでシャワーできるのかな。徐々に強めていこう。蛇口をゆっくり回すように。


     イカダ / ←この辺に銛の筒

←海    ↓ /\             島→

      /   \ ←マスト

     ――――――― ←砂浜


 さて、どうしたものか。海危険。人いない。私イカダ。何とかして砲以外の進化が出来れば、道はひらけそうだ。数日は放水するしかないのかと、かじられた痕を見ながらシャワーを繰り返すことにする。







 1週間が経った。残存日数のアチーブメントは無かった。攻撃回数についても無い。もっと獲得できると思っていただけに今までの選択が悔やまれる。次は翼、次は翼。

 銛が木に引っかかり、紐を巻く際にあわや横転ということもあった。おかげで銛は使えずじまい。まぁ、もともと役に立ってないけれど。

 そうそう、ヤドカリは2匹になった。ヤシからヤドカリが生まれるとは、生態系はどうなっているのか。シャワーの回数が倍だよ、ありがとうございます。


 そして船舶の存在を確認したことが大きい。島は航路から離れているようだが、2回ほど通り過ぎて行った。放水してみたが来る気配は無かった。やはりのろしでもなければ気づかないのかもしれない。マストが2本ある船だから、それなりに文明が発達していそう。


 おっと、雨が降りそう。水平線付近まで黒い雲がある。通り雨ではなく長く降るだろう。

 雷も鳴っている――あっ、船舶に落ちた。マストが燃え始めたのが見える。消そうとしているのか人がわらわらと動いている。なかなか消えないな。

 2回目の雷。あらら、マストが折れた。

 人が海に飛び込み始めた所で、ある事に気づく。彼ら彼女らは、この島へ向かって泳いでいることに。そして彼らの後ろで黒い背ビレが複数浮上したことに。




 20名ほど泳いでいた人が、一人また一人と海面下に引きずりこまれていく。要らん装飾を付けまくった太ったおっさん、バンダナを巻いた若い男、片腕の無い女性……。ノズルが沖に向かない状態なので見ることしかできない。放水でシャチを撃退できる気がしない。


 とても不謹慎だけれど。できれば優しそうな人が助かってくれると良いな。






「はぁ、はぁ、ゲホッ、ゲホッ!」


 赤みがかった茶髪の少女が砂浜に四つん這いになっている。ずぶ濡れの貫頭衣から垂れる尻尾や獣耳よりも首のあとが気になった。

 複数噛まれているのか流血のひどい水夫が、気を失った幼女を抱え運んできた。幼女に外傷は無さそう。


「4番、他は?」

「……知らない」

「そうか」


 4番と呼ばれた少女は睨むような目で水夫を見る。確執がありそうだ。 

 獣耳の二人の瞳の色も首の痕も同じだ。


「首輪が外れたってことは奴隷じゃなくなったってことでしょ? 番号で呼ばないでよ」

「お前の名前を知らん」

「……ニコラ」

「覚えておこう、俺は……そうだな、ボロトと呼べ」

「ふん」


 赤茶髪の少女はニコラというらしい。水夫はボロトか。幼女はテア様と呼ばれていた。

 テアをイカダの陰に置くと、ボロトは木々を分け入って行った。食料等を探すようだ。なぜ止血しないのだろう。

 ニコラは浅瀬で食べ物を探してみるらしい。道具なしで獲れるのかと見ていると、膝上まで水に浸かった所で拳に黄色い光を集束させ始めた。おー、何かギュインギュインと音が鳴っている。


 イカダも島の木々もガタガタと震えだした。……大丈夫だろうか。


「ちゃ~~すっ!」


 気の抜けた掛け声とともに繰り出した拳が海面に接すると、地面が波打ったように上下に一度だけ振動した。耳をつんざく音とともに強い衝撃を感じた。マストが少しめり込んだ気がする。

 吹き飛ばされた海水が砂浜に、島の木々に降り注いだ。おかしいだろ、魚ごと吹っ飛ばしてどうするんだ。


 海水の降り注ぐ音で飛び起きたテアがキョロキョロしている。金髪に青い目だ。肩で切りそろえた髪をそのままにイカダの下から這い出ると、どこからか飛んできた魚が目の前に落ち「んひゃん!」と、奇声を発していた。

 どこからか光が差し、少女たちのアレコレは見えなかった。


 ニコラもテアものどが渇くのか、海水を飲もうとしていた。ちょうど帰ってきたボロトに止められ、ボロトの探してきた果実で、のどを潤すしかないと知る。真水の必要性は高まったようだ。


 ペシン、ペシン


 ん? ヤドカリがイカダの陰からハサミだけを出し、叩いてくる。いつもみたいに全身で要求してこないのは……人の存在だろうか。こわいのかな。

 とりあえずシャワーをかけてやると、砂に潜っていった。


 ヤドカリの相手をしている間に、ニコラたちは海で貝などを獲ってきた。ボロトがちゃっちゃと火起こしから砂抜き、料理番までこなす様は、慣れを感じた。

 食べ終わったニコラとテアがイカダの陰に戻ってくる。テアの皮膚が赤いのは日焼けか。水は、しみて痛いんだっけか。


「ひりひりしてきたー」

「薬も服も無い、です。なるべく日なたに出ない方が痛くないかもです」

「そっかー」


 テアがおもむろに放水ノズルに近寄り、「水出ないかなー」といじり始めた。ニコラはイカダと周りの木とを見比べながら首を傾げている。


 ボロトは戻って来た時、小さくため息をついた。2人に「遊んでいても良いぞ」とは言ったが、「イカダで脱出を試みろ」とは言っていない。だいたいテア様を乗せてどこへ向かう気だ。

 というようなことをニコラが説教されている間、1週間ぶりの水平を放水で表すべきか考えていた。

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