第3里 接近 ▷ 離脱

 真っすぐに向かってくる紺色のヒレ。サメか? 島の周辺が浅瀬だろうから、砂浜に上がってくることはないはず。とりあえず放水は止めておくが。銛の装填された筒もあるし、イカダを食べるサメなどいないだろう、と高をくくっていた。

 サメは、しばらく近くを旋回していたが、2mほど離れた所で停止した。ちょうど銛の射線上だ。50cmほどの背ビレを持つシャチのようにも見える。今の銛では撃退すらできないかもしれない。大人しくしていよう。

 1分ほどでサメは離れていった。少しドキドキした時間だった。十分離れていったら放水を再開しよう。

 さらに1分ほど待ち、銛を発射する。あと何千回撃つのかな、などと考えながら。


 伸ばし切った紐が巻き戻る様を眺めていると、不意に紐が震えだしピンっと張った。お? 魚でも食いついたか?

 次の瞬間には、イカダごと左右に振られながら沖へと引っ張られた。視界が目まぐるしく揺さぶられる。何とかしようにも自力で動かせるのは放水ノズルのみ。銛の紐がミシミシと嫌な音を立て、イカダの上にまで海水がかかる今……何度目かの「詰み」がぎる。


 バンッという詰まった音とともにイカダが急に安定した。何が……あっ、ヒモが切れてる。

 紐の換えも無く、銛も海に沈んだまま。銛を装填していた筒もあらぬ方へひん曲がっている。これ修理できるの? 進化すれば、ってあと何回撃てば良いかすら分からない。砂浜からも離れてしまった。どうする、どうする。

 放水ノズルを切り替えながら考える。ストレートでは、また寄せてしまうか。ジョウロもシャワーもだろう。キリ……霧? きめ細かい噴霧を期待しよう。

 両側に離し噴霧すると、非常に目の細かい霧が出た。これで回数は稼げる。短い間隔で攻撃すれば、すれば……できれば……何に?


 ヤドカリィィィィ!


 そうだった。ヤドカリいないじゃん。攻撃にならないじゃん。なるのかもしれないが検証は後。銛を奪ったヤツが現れるまではキリで、現れたらせめてもの抵抗でストレート連射してやろう。

 水面に現れていない。イカダの底面から海中を見てみると、海底が見えなかった。島の周囲は急に深くなっているようだ。戻れるだろうかという疑念がいた。口があったらキュッと固く結んでいるところ。時折、チカチカと光を反射するモノがある。もう少し近ければ判別できるのにと思っていると、波に揺られたイカダが大きな音を立ててしまう。

 黒い影がイカダの真下へチカチカと光らせながら移動してくる。銛が引っかかり光っていたか。イルカではなさそうだ。シャチにしては小さい。子どもなのかもしれない。目と思われる部分の周りが白いのでシャチにしとこう。

 真下で2周ほどしたシャチは、急浮上してきた。放水ノズルをストレートに切り替えるも真下に向かない。水平にしか旋回しないんだった。

 迫るシャチを見続けるしかできず、突き上げられた。イカダ、宙を舞う。


 無防備に着水しても痛みは無い。各部からきしむ音が聞こえた。ひっくり返ったが、中央の丸太のおかげか波にも安定している。視界が反転しなかったのは僥倖だろう。放水ノズルも銛の筒も海中に……放水したら推進力を得られるか?


『”耐久値の50%を超える攻撃に耐える”のアチーブメントを獲得しました』


 このタイミングで!? 耐久値って、50%って半分じゃん。あと1回くらったら0になるの?


『進化項目を選択してください

 ——砲

 ——門

 ——翼

 ――波           』


 現状、砲しかないだろう。


『砲が選択されました

 進化終了まで3.2.1……終了』


 放水ノズルの長さが倍以上に長くなった。まんま消火用放水ノズルだ。消防車のアレ。イカダも二回り大きくなった。波で軋む音が聞こえなくなった。丈夫になったのかな。

 喜びも束の間、シャチがイカダの真横で何かして――


 ――ガジガジと木をかじってる。


「ふぁっ!?」


 ノズルを旋回するも水面のシャチに向かない。そうだった、向かないんだった。しばらく放置すれば飽きて噛むのをやめるか。やめなかったら困るだろう。あぁ、別のところをかじり始めた。

 島と逆方向へノズルを向け、一気に噴射する。ググ、ググっと加速していく。シャチがかじる度に減速するが、とにかく噴射し続ける。シャチが追いかけてきていた。


 波をもろともせず加速し続けると島が大きく見えてきた。後ろにはシャチがぴったりとついてきている。余裕そうに泳ぎやがって。追いつかれないようにもっと加速を、もっともっとと意気込んでいると、シャチが急に減速し離れていった。諦めてくれたか。


 もう少し離れておこう。


 そう思った時、砂浜が目と鼻の先にまで接近していた。ヤドカリと目が合った気がした。

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