第92話 仏間での再怪

 我が家には、仏間で寝てはならないというルールが存在する。母親曰く、仏様に失礼だからという事だ。子供の頃は仏間に何か怖い印象を持っていたから、わざわざ自分から仏間に近づく事は無かったし、ましてやそこで寝るななんて言われるまでもないって感じだった。

 けど、やっぱり大人になってくとそういう恐怖みたいなものも薄れてくるわけで……この前の連休に仏間で寝たのも、日向ぼっこに最適な場所としてたまたま仏間が該当したというだけの理由だった。

 夏だというのに仏間の畳はひんやりして気持ちがよくて、俺はすぐに寝入ってしまったと思う。

 

 次に目が開いたのはいつごろか。寝る前にかけておいた音楽が聞こえなくなっていたから、2時間以上は寝ていたのかな。胸の辺りに少しばかりの重さを感じて目をやると、胸の上で着物姿の婆さんが俺の肩を弱弱しく揺さぶっていた。

 身内や知り合いでない事は確実だけど、なんでか初めて見た気がしない。婆さんはしわがれた口を動かして何かを言っていたが、マイクがオフになっているかのように声は聞こえなかった。

 怖いと思うには、肩を揺さぶる力と婆さんの表情があまりに弱弱しすぎて……とはいえ身動きもとれないから、俺はただぼおっと婆さんの顔を見ながらこれは一体なんなんだろうと思うばかりだった。

 この緩やかな時間が永遠と続くのかと思ったけれど、仏間の襖を開ける音が遠くでしたかと思えば、瞬きする一瞬のうちに婆さんが母親に変わっていた。


 ルールを破った事で俺はしこたま叱られ、婆さんについては夢に決まっているでしょと一蹴されてしまった。しかし、あんなにはっきりした体験が夢だったとはどうしても思えない。それに、婆さんへの既視感も気になっていた。

 婆さんと仏間には必ず何らかの繋がりがあるはず。その視点で調べていくと、意外にもその正体はすぐに分かった。仏間の壁に飾られている遺影、その一番右―—つまり一番昔のご先祖様だ――に映っていたのが、俺の肩を揺さぶっていた婆さんだ。顔の皺から鼻上の大きな黒子まで俺の記憶と一致する。


 けど、じゃあなんでご先祖様が俺の肩を揺さぶっていたのかは謎のまんまだ。仏間で寝てはならないってルールと関係しているのは確実だろうけど……。婆さんが何を言っていたのかが分かれば、そこら辺も明らかになるかもしれない。

 

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