第93話 のぶすま

 とある地方(まぁこの後の話を聞けば分かるだろうが)に単身赴任した時の話だ。

 支社の人たちは皆気さくで忙しい時期にも関わらず歓迎会をしてくれたのだが、何せ支社があるのは娯楽がほとんどない片田舎。配属されたチームのリーダー行きつけの居酒屋でひとしきり飲んだ後は、二次会に繰り出す事もなくそのまま帰路についた。

 会社が用意した借家は辺鄙なところにあり、会社のある町から帰るには両脇に水田が広がる農道を通らないといけない。当然日付をまたぐ頃に運行しているバスがあるわけもなく、俺は自転車を押して徒歩で帰る事にした。

 やっぱ都会から離れると星空が綺麗だな。でもやっぱり暴走族みたいなのはどこにでもいるんだよなーせっかくの風情が台無しじゃねぇかなんて、遠くで聞こえるバイクの音を聞きながらゆっくり歩いていると、不意に自転車の前輪が弾力のあるものに押し返された。

 ん?と思い自転車を押す。やっぱり跳ね返される。手を伸ばしてみると、何かぶにゅっとした感触が。ちょっと暖かく人肌のようだった。スマホのライトで前方を照らしてみても、真っ暗な道が続いているだけで何もいない。なのに手を伸ばすと何かに押し戻される。


(ははぁ、こりゃあれか)


 以前この県に家族旅行で来た時、博物館で野襖のぶすまなる妖怪の伝承を見たことを思い出した。ぬりかべみたいなやつで、夜道に現れ進路を塞いでくる妖怪だったはずだ。

 まぁこれを見ているお前らと一緒で俺もオカルトは好きだし、その時はいい感じに酒が回ってたから妙に冷静だったんだな。


(たしか、しばらくのんびりしてたら勝手に消えてるんだっけか)


 俺は農道と水田の間の斜面に腰を下ろして、タバコをくゆらせつつ星を眺める事にした。写真でも撮ろうかとも思ったが、俺の古いスマホじゃ星空なんてろくに撮れないと気づく。仕方ないので勝手に星を繋いであれは〇〇座に違いない!なんてやっていたら、いつの間にかバイクの轟音がさっきより近くから聞こえてくるのに気が付いた。というか、明らかにこちらに向かってきている。

 慌てて音のする方向を見ると、バイクが1台、爆音をまき散らしながら猛スピードでこっちに突っ込んでくるところだった。俺が止める間もなく、バイクは俺の横をすり抜けそして―――—




 ゴガッシャン!!!!!!!!!!




 えっぐい音と共に、バイクが田舎の夜空を飛んだ。




 その後、まさか放置しておくわけにもいかないから救急車を呼んで、事故の目撃者として病院に同行する事に。野襖と正面衝突しましたなんて馬鹿正直にいったらこっちも検査を受ける羽目になるので、バイクの彼―—免許取り立てといった感じの若者だった――が運転をミスって水田に突っ込んだという事にした。幸い彼の方も混乱していたので、特に異論なく単独事故ということで収まり、俺も早期に解放された。バイクの彼がその後どうなったかは知らないが、これに懲りて無茶な運転はしなくなるよう切に願うばかりだ。

 一方の野襖はと言えば、時折飲み会や残業で遅くなった日は歩きであの道を通るものの、道を塞がれることは無くなってしまった。いくら妖怪とはいえ、時速100km越えの鉄の塊に突っ込まれたのがよほど堪えたと見える。

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