第6話 飲み会
自分の事でなく恐縮なんですが、大学時代の友人Aから聞いた話です。
彼は小さな広告代理店に勤めているのですが、つい先日、大きな案件の成功を祝し、彼の属するチームで飲み会を開こうという話になりました。
Aは大の酒好きでしたからもちろん快諾。その日は大いに酔い、楽しんだそうです。
さて、翌日彼が出社すると、昨日のメンバーが集まってAの方をチラチラと見ながら何かを話しています。悪酔いしないよう気を付けていたはずだが、もしかして何か粗相をしでかしてしまったのだろうか。Aが不安になっていると、チームで最年長の部長がメンバーの輪から抜け、彼の方に向かってきたそうです。
これはいよいよまずいかもしれない、とAは内心怯えていましたが、部長の口から出てきたのは予想だにしない言葉でした。
「なぁ、A。お前……昨日の夜どこにいた?」
はぁ? Aは思わず間の抜けた声を上げてしまったそうです。
「どこって……皆さんと一緒に○○で飲んでたじゃないですか」
そう返すと、部長の顔にはっきりと困惑の色が浮かびます。
「○○? 私たちが昨日いたのは××だが……」
どちらもAがよく行く居酒屋ですが、その2つを間違えるなんて事はまずありません。○○にしかないバターミルクチキンを食べた記憶もはっきりあります。
それにしても、どうにもおかしい。場所のずれもそうですが、部長はまるで、Aがその飲み会に参加していなかったかのような物言いをします。しかしAはたしかに飲み会に参加していました。場所のずれはAの酔いで説明できるにしても、A以外の全員がAがいたことを忘れるとは到底思えない。
そうしてしばらく問答を繰り返していると、メンバーの一人である後輩がこう言ったそうです。
「やっぱりあれAさんじゃなかったんですよ!」
どういうことだ? Aさんじゃない?
詳しく話を聞いてみると、昨日××で行われた飲み会に来たのは"Aのようなナニカ"だったそうです。
姿かたち、仕草はAと瓜二つでしたが、はっきりと何かが違う。その何かを説明する事はできないけれど、そのナニカを見れば見るほど違和感で気分が悪くなっていく。
それは声を上げた後輩だけでなく、その場にいた全員が同じ感覚を抱いていました。飲み会は早々に切り上げられ、異様な空気が漂う中、Aのようなナニカは最後までAらしく挨拶をした後、夜の街に消えていったそうです。
「……それでお前、本当に昨日は○○にいたんだな?」
心なしか青ざめた表情で部長が聞きます。Aはただ頷く事しかできなかったそうです。
その話はそれきり話される事はありませんでしたが、部長や他のメンバーが聞こうとしなかった事……いえ、おそらくあえて聞かなかった事がまだあります。
他のメンバーが××で飲み会をしていたのが真実であれば、Aと一緒に○○で飲んでいたメンバーは一体何だったのでしょう。
これが、Aも激しい違和感を感じていたとかであれば色々理屈をつける事もできたのでしょうが、Aいわく全く違和感を感じる事は無かったと。あの夜飲んでいた部長と、顔を青ざめさせていた部長がいつの間にか入れ替わっていたとしても絶対に気づかないだろうとのことでした。
いわゆる霊現象も多く経験しているAでしたが、これがAの人生の中でもぶっちぎりで”ワケの分からない"出来事だったそうです。
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