第5話 首吊るナナカマド
怖い話といえば、以前勤めていた地方の病院に開かずの間があったんですよ。まぁ正確には"開かずの間"ではなく"開けずの部屋"でしょうか。
病院、怖い話、部屋とくればさも曰くのありそうな霊安室や元手術室の倉庫なんかを想像するかもしれませんが、その部屋―—206号室は何の変哲もない病室でした。別に丑寅の方向にあるとか日のささない陰気な角部屋とかいうわけでもありません。病院の2階の西側に並ぶ病室のうちの一つです。私が転勤してきてしばらく、つまり騒ぎが起こるまでは、そこで誰それが死んだというような噂も聞きませんでした。くどいようですが、それがあるまでは日常的に使用されていた、曰くなど何もない部屋だったという事は覚えておいてください。
ではなぜそこが"開けずの部屋"になったのか。
ある時期を境に、206号室に入った患者さんが不審な死を遂げるようになったんです。彼らの死因は一様に、喉元を細い
なぜ絞殺と断言できるか、ですか? 実のところいわゆる首つり自殺と、誰かに首を絞められる絞殺では死に至る過程がまったく違うんです。ですから死因さえはっきりすれば、それが自殺なのか他殺なのかはすぐに分かります。
それに仮に自殺だったとしても、そのために使ったはずの細い索状物。それが206号室のどこからも見つかりませんでした。首が絞まり、意識を失った状態で自殺の道具を隠すなんて事ができるはずもありません。ですので最初から最後まで、他殺事件として警察も捜査していました。2階なら外からもギリギリ入れますし、206号室は個室です。見舞いのふりをして病室に入り、患者さんを絞め殺す事は難しくないでしょう。
ですが度重なる聞き込みや現場検証のかいもなく、犯人が捕まる事はありませんでした。そして事件から1年以上が経ち、人々の記憶からも事件が薄れていった頃、206号室は再び使われる事になり……あとはお分かりでしょう。新しく206号室に入った患者さんは一週間も経たず絞殺死体として見つかりました。
細い索状物による絞殺、時間帯も同じ夕方6時ごろ。しかし今回もまた、犯人は見つからないどころか有力な手掛かり一つありません。
あの部屋は呪われているんじゃないか。そう噂がたつのは必然でした。
患者さんもそんな病室に入るのは嫌でしょうし、それからまもなく院長からも、206号室はよほどの事がない限り使うなという連絡が来ました。よほど、というのは206号室を使わざるを得ないほど患者が多い時という事であり、地方病院にそんな時はまずないため、実質206号室は封印されたも同然の状態となりました。
けれど、それから一度だけあったんです。206号室が使われた……いいえ、206号室に人が入ってしまった事が。
巡回をしていた看護師の方が、少し開いている206号室のドアを不審に思い中を見たところ、男の子が1人仰向けに倒れていたそうです。その表情からすでに生きていないのはすぐ分かりました。死亡時刻は午後6時ごろ、死因はやはり細い索状物による絞殺だったそうです。
重要なのはここから。倒れている男の子を見て大いに驚いた彼女ですが、やはり医療従事者。少年の下に駆け寄り一応脈を確認しようとしました。その時、彼女はたしかに見たそうです。少年の首を横切るように細い影が伸びているのを。男の子は両手を首元にあて、まるでその影を振りほどこうとしているようだったと彼女は言っていました。
その影の正体はナナカマドの枝でした。206号室が病院の西側にあるという話はしましたが、その西側の庭に一本、ナナカマドの木が植えられていたのです。そして夕暮れ時、西日によってできた影が入り込むのが件の206号室でした。
私はその話を彼女から直接聞いていたのですが、それを一緒に聞いていた同僚がこう呟いたんです。
「それ……本当にやばいのって206号室じゃなくてナナカマドの方なんじゃ……」
ナナカマドが植樹されたのは私が来る少し前。最初に206号室で患者さんが亡くなったのは私が来てから半年ほど後。一見何の関係もないようですが、その間に206号室に入った患者さんはいませんでした。206号室は普段からあまり使用されていなかったので2つの出来事の時期がずれ、それを関連付けて考える者もいなかったのでしょう。ですが記録を見る限り、たしかにナナカマドの植樹を境に206号室の不審死は始まっていました。
……それから紆余曲折あり、最終的にナナカマドは切り倒される事になりました。
ハハ、仮にも医者が「あの木は呪われているから切っちゃいましょう」なんて堂々とはいえませんからね。かなり回りくどい方法を取りましたよ。
ナナカマドは無くなったものの、206号室はそれから後も、少なくとも私のいる間は施錠されたままでした。今はどうなんでしょうね? 残念ながら今も連絡を取っている人は皆その病院を離れてしまったので、それを聞く事はできませんけど。
ですが私は、もう206号室には何の異常もないと確信しています。あのナナカマドがよくないものだったという事も。
なぜかって、聞いたんですよ。ナナカマドが切り倒された時、木の倒れる重い音に混ざって、水の詰まった何かがいくつも叩きつけられたような鈍い音がしたのをはっきり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます