第3話 禁断の3F-1
デパートの警備員の仕事をしていた頃の話だ。
仕事内容としてはカメラによる各階の監視と見回りという極めて一般的なものだった。ただ一点、奇妙な指示が与えられていた事を除けばだが。
“見回りの時には絶対3階に行くな”
そのデパートは5階構成であり、3階は紳士服エリアである。もちろん日中は客も普通に訪れるし、そこで何か事故があったなど聞いたことが無い。
だがこれは絶対のルールであるらしく、仕事を始めて真っ先に聞かされたのが、この“3階には行くな”の言葉だった。
「3階には行くな、3階の方を見るのもダメだ、4階や5階に行く時はエレベーターを使え、もし3階で止まっても絶対に降りるな、3階の監視カメラのモニターは電源切っとけ」
この5つを忘れなければ何もないから、と先輩が真剣そのものの顔で言っていたのを覚えている。
私は4年間そこで働いていた。以下の話は、先輩から聞いたものと私が実際に体験したものの一部になる。
1.先輩の先輩の話
もう10年以上前、私の先輩の先輩が働き始めたばかりの事だった(この人は私が入ってくる少し前に辞めてしまったらしい)。
その夜は、初めての警備員業務という事でサポートとして警備員2年目の人が仕事を教えていたという。
2階の見回りも済ませ、4階に移動しようとエレベーターの方に向かう。だがいつまで経っても先輩が来ない。不審に思い戻ってみると、その先輩は3階に繋がる階段の方をじっと見つめていた。
「先輩何やってるんですか?」
「なぁ、本当に3階に何かあると思うか?」
その先輩はだしぬけにそう言ったそうだ。
「え?」
「3階には絶対行くなって言われてるけどさ。絶対俺は何もないと思うんだよね。ほら、3階って紳士服売り場だからマネキンとか沢山あるだろ? ビビりな奴がそれ見て幽霊か何かだと勘違いしたんだよ。で、その話が大きくなって、こんなルールができたんじゃね?」
そう言いながら先輩は階段に足をかける。
「ちょっ、先輩!?」
「エレベーターなんか使うよりこっから4階行った方が早いじゃん。お前も来いよ」
だが彼はその場にとどまったままだった。彼自身が若干臆病だったと言うのもあるが、なぜだか階段の上の暗闇がただの闇ではないような気がしたからだ。あれは巨大な何かの一部で、その何かに気づかれれば生きては戻れない――。そんな想像に襲われ、彼は一歩もその場から動く事ができなかった。
その様子を見た先輩は呆れたように首を振り、そのままどんどん階段を上っていく。
「怖いならエレベーター使ってもいいぞー。俺は先行って待ってるからな」
踊り場を曲がり先輩の姿が消える。階段を上がる靴音と共に、
「ほら、やっぱ何も起きないじゃん。お前も早く来いよー」
と先輩の声が聞こえた。
何も起こらないなら先輩の後を追うべきだろうか。だがこの階段を上ってはいけない気がする。このままでは絶対ろくなことにはならない。大人しくエレベーターで4階に向かうべきだ。
そうしてしばらく迷っていると、おかしなことに気づいた。
靴音が消えないのだ。2階から4階までなら数十秒で上りきれるはず。だが靴音は立ち止まる気配すら見せない。音だけは律義に少しずつ小さくなっていくのが逆に不気味ですらあった。
「ほら、やっぱ何も起きないじゃん。お前も早く来いよー」
上の方から先輩の声が小さく聞こえた。先程と一字一句言葉を、まったく同じ調子で言っている。靴音は変わらず階段を上り続けている。
なにか得体の知れない恐怖に襲われた彼は、エレベーターのところまで駆け4階のボタンを押す。辿り着いた4階は、不気味なほどの静寂に包まれていた。先輩の声も、靴音も、何も聞こえなかったそうだ。
「結局行方不明って事で処理されたんだけどさ。2階の階段のそばまでいくと微かに靴音と声が聞こえるんだよね。お前も来いよーって。多分まだ上り続けてるんだろうな」
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