第8話 出奔
「レッド兄さんが出奔?どういう事だ?!」
ランス王国王城、第三王子グリンが自室で信じられないと目を丸くして叫んだ。
「私が本日、定刻にレッド様の自室を伺ったのですが既にお姿はなく、このような書面が!」
シンが書面をグリンに渡す。
グリンは書面を確認し、目を見開いた。
「そんな、あり得ない、たしかに彼女の心臓は停止していた。王宮医師も確認したはず………?!」
ふと、グリンはリンの遺書が納められている箱を見つめた。
「……あり得るのか、
「は!」
グリンは、振り向き様にシンに言い放った。
「ただちに父上、いや王に謁見を手配。それとイエルと帰国途中の二人に事の仔細を連絡してくれ」
「ただちに」
シンがドアに向かう途中でグリンが言った。
「くれぐれも内密に、ルケル兄さんが知ったらレッド兄さんの廃嫡に動くかもしれない」
シンは頷いて出ていった。
グリンはバルコニーから王都を眺めて呟く。
「リン、今度こそぼくは……」
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ここはランス王国第三都市カンケネン、その市場街にロープに身を包んだレッドの姿があった。
「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい、ファイブスター饅頭にファイブスター菓子だ、旨いよ」
「ほらほら、そこの奥様、憧れのレッドさまサインいり(偽物)ハンカチ、他の英雄の分もあるよ」
「あ、そこのお嬢ちゃん、五英雄人形買わない?五人揃えると今なら従者シンが貰える。さらに買った人に抽選でリンちゃんが当たるよ、どう?!な、なにあんた?は?」
「すまん、リンの人形が見たくて」
「なんだ、客なら並んでくれ、ご覧のとおり順番待ちなんだ。それにリンちゃんは抽選だよ、プレミアム。見たければ当てなきゃ駄目駄目、どいたどいた、はい、いらっしゃい。え、ブラック人形?これですよ、え、目が怖い、いや、」
「……邪魔したな」
レッドは市場街を通り、先にある路地の食堂に入っていく。
かっぷくがいい店の女将が応対する。
「いらっしゃい」
「店のお勧めでいい」
「あいよ。あんた、日替わり一つ」
「おう、日替わり一つな」
剥げた店主が、奥から顔を出して返事する。
店内は、ほどほどに満席だ。レッドが外を眺めていると、後ろの席で二人の中年女性の話が聞こえてきた。
「…それでね、王都の従兄弟の家が半分砂になっちゃったんだけど英雄基金で補助金が貰えるので、家を新しく建て替えられる事になったのよ」
「良かったじゃない、もともと結構古くてガタがきてたんでしょ?ほとんどただで新築が建つなんて英雄様様ね」
「ところがそうでもないのよ、王太子殿下が新築税をだされたのよ」
「新築税?」
「そう、今後、王都内で新築される家屋に百パーセントの税が掛かるの。たしか税名スーパー301新築税」
「な、なによ、それ、全額自己資金と同じじゃない!」
「それだけじゃないわ、増改築も対象になるらしいわ」
「は?酷くない、でも先日の元老院の発表は英雄人気で税収増、国庫は黒字だから減税の話だったじゃない」
「噂だけど王太子直轄領で遊興施設を建設する為らしいわ」
「は、王太子さまは自分の遊びのために英雄様のお金を奪い、あたしらに苦しみを与えるのかい、最悪だね。それで?従兄弟はどうするんだい」
「引っ越すらしいわ、ほんと、英雄の王子様達が王太子だったら良かったのにね」
「し、声が大きいよ」
「平気よ、皆言ってるわよ」
◇◇◇
「………ルケル兄上、何をしているんだ……」
「へい、日替わり定食お待たせしました」
「…………」
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「父上に謁見を申し込んだそうだな?」
謁見室に至る長廊下でグリンとイエルは、ルケルに呼び止められた。
「何故、私を通さない?何かあれば私が父上に報告すると伝えておいたであろう」
ルケルは、嫌そうな顔で二人を睨んだ。
「兄さん、個人的な話をしたかっただけなんだ。べつに何かあるわけではないですよ」
グリンは、ルケルの表情を確認しながら話した。
続けてイエルが答える。
「兄上、兄上が政務を取り仕切っているのは理解しております、ですが」
「汚らわしい平民の血が流れる者が私を兄と呼ぶな、口を開くな!」
ルケルはまるで虫けらを見るかのようにイエルを見、言い放った。
「!くっ」
イエルは俯いて拳を握り締めた。
「兄さん?!なにを言ってるの!」
「とにかく、次は私を通せ、分かったな!」
ルケルは謁見室をチラ見した後、背をみせて歩いて行ってしまった。
「イエル、お前は父上が正式に側妃とした妃の子、間違いないぼくの弟だ。レッド兄さんも同じ気持ちだよ」
グリンはルケルが去った方を睨みながら言った。
「…はい」
「とにかく、父上に報告だ、いくよ」
「はい、グリン兄上」
二人は謁見室の扉を開けた。
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ここはエンポリア公国レムレア王城、その謁見の間にて公国女王レムレア▪ド▪エンポリア二世にこれまでの経緯の報告をしていた。
レムレア女王、齢よわい三十ハ、三女の母にして世に知れた豪傑である。
その美貌は十八歳のマリアと比べても遅れをとらない。
「そう、その子には可哀想な事をしたわね。まして私の娘の命の恩人なのに、犯人は私の方でも探しておくわ」
「ありがたいです、ただ、必ず生かして捕らえてくださる事をお願いいたします。」
「当然よ、生かさず、殺さずねフフフ」
「はい、フフフ」
謁見の間は二度、気温が下がった。
侍女や衛兵が震えあがる。
「ところでね、わが公国が信仰する月の女神イシスの聖地、女神神殿の聖女様の事なんだけど」
「?三年前に亡くなった方ですよね、貴重な回復魔法の使い手だった」
女王は、マリンと同じ美しいピンクな髪をいじっている。
この癖が出る時は、頼み事がある事をマリンは知っていた。
「女神神殿に行ってほしいの」
「女神神殿?」
「マデリンを付けるわ」
「!!」
マデリン、公国諜報部隊長、二十六歳ながら公国一の実力者だ。
「…それほどのことが聖女様の事であるのですか?」
「彼女の死に、ギガール帝国が関わっているのよ」
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