第5/8話 悪魔は平然と嘘をつく

 大人の女性である被害者の肉を剥ぎ取り、骨を砕くたびに俊博は、物心に目覚めた頃から自ら作り出した女性へのコンプレックスを薄め、人との関り方に自信さへ持ち始めていた。寡黙で何を考えているか分からない表情が、にこやかになり、人との接触にも積極的になっていった。

 捜査進行が鈍化しているかのように世間には思われ、マスコミも世間の関心を掻き立てる奇怪な出来事だけに取材攻勢は激しさを増していた。必然的に当該マンションの住人がターゲットになる事も少なくなかった。住人の殆どが出口で待ち受ける取材陣に対し、手で顔を隠し無言で素早く立ち去る。新築マンションでありながら事故物件として認識されるのを迷惑に思わない方が可笑しい。そんな中で笑みを浮かべて出てくる男がいた、石破俊博だ。俊博は積極的に取材を受け入れた、しかも、顔出しで。


 「女性が行方不明になっているらしいですが何かご存じではありませんか?」

 「そうらしいですねぇ。早く見つかるといいですねぇ」

 「行方不明になったとされる4月18日、あなたは御在宅でしたか?」

 「はい」

 「何階にお住まいですか?行くへ不明の女性をご存じありませんか?」

 「9階です、でも、名前おろか面識もありません」


 それを聞いて取材陣は、一気に俊博に迫った。


 「当日、何か不穏な音や声を聴かれていませんか?」

 「テレビを見ていて気づきませんでした」

 「何か思うことはありませんか」

 「早く見つかる事を望んでいます。このマンションの売りは防犯設備なのにどうなんですかねぇ。ですから、管理会社に、監視カメラが足りないのでは、と連絡を入れたんですよ」


 俊博は取材陣に囲まれ、英雄にでもなったように注目されることに喜びを感じていた。俊博にすれば、顔出しで取材に応じることは自分が犯人ではないというアピールになるとも考えていた。事件2日後の4月20日に被害者の父親とエレベーターで乗り合わせた際に「大変なことになりましたね」と声を掛けていた。


 警察は、物的証拠や動機に混迷を極めていた。被害者女性宅に残っていた指紋を警察が調べた結果、加害者が被害者女性宅に侵入した際に、指紋をわずかに残していたことが判明した。事件直後には加害者を含むマンション住民全員から任意で指紋を採取していたが、その時は、加害者は何らかの薬品を使って指先の皮膚を荒らしていたため、10指とも紋様が読み取れず、照合が不可能だった。


 「服部、何か分かったか?」

 「やぁ、工藤ちゃん。可笑しんだよ」

 「何が」

 「任意で採取した指紋の中に文様が読み取れず、照合が出来ない人物がいる」

 「誰だ?」

 「918号室の石破俊博だ」

 「…」

 「可笑しいだろう、これを見てくれ」


 服部は、工藤に石破俊博の文様をみせた。


 「な、指紋が乱されている。一般に生活していてこんなには乱れない。何らかの意図を感じる」

 「確かに」

 「痕跡が少ないことから計画的犯行が伺える。だとすれば、手袋でもすればいいんじゃないか。杜撰なのか計画的なのか犯人像が読みずらいな」

 「計画的のようで杜撰か…。だとすれば、計画を立てたが何かの不都合が起きて計画を遂行できなかったということか」

 「う~ん…」

 「どうした」

 「それにしても、やはり杜撰。成り行き次第の犯行だと感じる。なのに被害者の存在が見えてこない」

 「それは何を意味するんだな」

 「血痕から大量出血でその場で致命的な、とは考えにくい。殴打したのなら打ち所が悪く、その場で気を失い、脳内出血で犯行時以後に危うくなった、と考える事も出来る」

 「拉致監禁したのなら、その傷次第ではまだ生存の希望が持てる訳だ」

 「ああ、でも、人の出入りに可笑しなところがない以上、犯人は何喰わない顔で日常生活を送っている」

 「だとすれば、自分が外出中、弥生さんを身動きできない状態で監禁していることになるな」

 「手足を縛られ、猿口輪や目隠しをされ、何時間も同じ姿勢に追いやられている。だとすれば、精神的にも肉体的にも追い込まれているはずだ」

 「脱出の希望を失い、怯え、犯人の言いなりになり、無抵抗になるってやつか」

 「ああ」


 そういう服部の力ない言葉に工藤は違和感を悟った。


 「お前、恐ろしいことを考えているだろう」

 「工藤ちゃんはどう思うんだ?事件は起きている。なのに被害者の姿がない。世間では神隠しだと騒ぐ。非科学的だがね」

 「済まん、神隠しと言ったのは俺だ」

 「そうだったな、その責任は重いぞ、マスコミの関心を無駄に煽ったからな」

 「それを言うな、反省してるよ」

 「で、どうなんだ、捜査の進捗状況は」

 「相変わらずさ、被害者との関係に固執して捜査は動いているよ」

 「お前は、違うんだな」

 「ああ、被害者である双葉弥生さんが引越してきて間もない。訪れた者も業者以外にない。それは姉の睦美さんからも確認を得ている。弥生さんのトラブルも皆無だ。なのに事件は起きている…」

 「何らかの趣味趣向はあるが無差別で突発的要素を含むと考えているのか」

 「ああ、だとすれば弥生さんが発見されないでいるのは、まだあのマンションにいると考えるかそれとも…」

 「お前もそう思うか」

 「初動捜査から時間が経っている、なのに何ら進展も見られない。だとすれば、俺らは誤った道を歩んでいると考えるべきだろう」

 「それでどうするんだ」

 「俺は俺の道を行く」

 「また組織に逆らうのか。そら出世はできないわな」

 「そのままお前に返すよ」

   

 「あはははははは」


 はみ出しを自覚している二人は、親交を深めていた。


 「で、どうする」

 「上層部は、何かと型に嵌めたがるからな、それには逆らわないが独自に捜査を進めるさ」

 「いつものことか」

 「ああ」

 「でも、時間はないぞ、いや、もう遅いかも」

 「それを言うな。不甲斐なさを感じている。本来なら本格的な家宅捜査をすべきだろうが、確かな証拠がない以上、許可が出ない」

 「で、どうするんだ」

 「生存・救出は上層部に任せるよ。俺は最悪を考えて動く」

 「で」

 「最悪を考えた場合、服部ならどうする」

 「大人を運び出すのは困難だ。生きていればまだしも、そうじゃないとすると成人男性でもおいそれ動かせないからな」

 「そうすると、ばらすしかない。お前もそこを懸念したんだろ」

 「ああ」

 「だとすれば、その処理をどうする。考えられるのは小分けにし運び出す。しかし、事件後も監視カメラを注視しているが日常ゴミ以上は見受けられない。だとすれば、バックに入れ他の場所に捨てるはずだ」

 「注視すべきところが他にもあるぞ」

 「どこだ」

 「下水道だ」

 「下水道…、トイレか」

 「ああ、小分けにして少しづつ流せば、処理は出来る。痕跡を消し去るのは難しいだろうが、同時に墓所を特定するのも難しいかもしれないがな」

 「だとすれば、事件後の異変に注視すれば疑わしい部屋を特定できるな」

 「そういうことだ」

 「水道料金か。早速、調べてみるよ。ありがとう」

 「俺の方は、指紋が不十分だと申し出て、文様が治癒する時期を見張らかって再度、要請を出すよ」

 「頼んだぞ」

 「ああ」

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