第3/8話 五里霧中の犯人像
俊博は、慌てて捕獲した獲物を玄関から死角になる場所に移動させ、毛布を被せた。テレビをつけ、バラエティ番組にチャンネルを合わせ、音量を上げた。
警察は、姉・双葉睦美の訴えを受理し、先乗りの警官から工藤刑事は状況を把握。マンションの監視カメラを確かめた。妹の弥生は19:33にマンション一階エントランスとエレベーターに乗り9階で降りた状況が監視カメラで確認された。その後、出た形跡はなかった。また、前後に不審人物の痕跡もなかった。一階の非常階段に設置された監視カメラにも姿を見つけることはできなかった。工藤刑事は確認の為、睦美に弥生の身長・体格を聞き、自分が到着するまでの人物の出入りに注視し、また、人間を収納できる箱の存在にも関心を示すも空振りに終わった。
「入ったが出た形跡はない。しかし、いなくなった…神隠しか」
姉の単なる思い過ごしだろう…、しかし、工藤刑事の発言に警察関係者に緊張感が走った。工藤刑事は鑑識を要請し、現場は一転した。血痕は、採取され、DNA鑑定のため、ヘアブラシの任意提出を姉・睦美は承諾した。睦美は鑑識から毛根付きの毛の提出も要望された。
引越からまだ日が浅く訪ねてきた者も、引越しに関連する者しかいなかった。残された血痕は、ほぼ妹・弥生のもので間違い。鑑識課の服部は、工藤刑事とほぼ同期であり、幾多の事件解決を成し遂げていた。組織警察の中で独創的な二人は、現場主義で出世欲もなく、鼻つまみ者として息が合っていた。
「服部ちゃん、中に入ってもいいかなぁ」
「ああ」
「どう、思う」
「これをみてくれ」
と、服部はドアを閉め、部屋の電気を消し、ブラックライトを玄関の壁面に当てると微かながら飛沫が青く光って見えた。服部は工藤に確認させると部屋を明るくした。
「なるほど、足元の血糊は、この高さで発生しそこへ落ちたということか」
「ああ。見ての通り、ここにはこの高さに人体を傷つけるものはない」
「襲われた…そう考えるのが妥当か」
「間違いないな」
「済まないが、出た形跡がない以上、エレベーター内、階段に何らかの痕跡がないかを調べて於いてくれ」
「分かっている。既に調べさせているが、見つかってもいいはずの血痕がない。犯人が傷口を何らかの方法で塞いだのかもしれない」
「そうか、何か分かったら連絡をしてくれ」
「ああ、そうするよ」
工藤刑事は考えていた。被害者が入ったが出た形跡はない。だとすれば、被害者はまだこのマンションにいるはずだ。最も怪しいのはこの9階だ。住居は10世帯分の内、入居件数は、五世帯。姉・睦美が帰ってくるまでの時間を考慮すれば、階段を使えば他の階層の者でも犯行は可能だ。しかし、服部の報告ではその可能性は薄い。各部屋を家宅捜索するには上司の判断が必要だった。
服部は部下に、マンションの9階下の入居者に手分けして聞き込みにあたらせた。9階は自らが一軒一軒聞き込みに回る事にした。918号室の石破俊博に効き込んだ。第一印象は、極平凡な人物であり、凶悪な犯罪を犯したばかりには見えない、落ち着き払ったものだった。犯行があったであろう部屋は916号室。入居していたのは914・913・911号室だった。聞き込みからは収穫は得られず、運が悪いのか、まだ帰宅していないであろう世帯が1世帯。他の世帯は人気のバラエティ番組やサッカーの予選、プロ野球を視聴しており、外での音には何も気づいていないと言うものだった。
取り敢えず本部が設定された署に戻るが、報告は想像の範囲だった。工藤刑事は上層部に各戸の家宅捜索を願い出るも、確固たる証拠がない以上、その案を飲めるとすれば住人の許可を受け、任意でのもの。断れれば無理押しが出来ないというものだった。それでも、事件が発生したのならばあのマンションに被害者も加害者もまだいるはずだという思いは拭えず、初動捜査の遅れは後々問題になると、強引に任意による捜索を取り付けた。
工藤刑事は、任意による家宅捜査を他の署員に任せ、被害者とされる双葉弥生の交友関係を探ったが、これと言った収穫は得られないでいた。掴めそうで掴めない犯人像に、嘲笑らわれているような虚しい時間だけが過ぎていった。
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