どうだ、これで俺は自由だ!

 練習飛行の機会が多くなった。

 乗るのは王様ではなく、ワイバーン騎士団の騎士たちだけど。

 

 やっぱりいきなり王様が乗るのは危ないことだったようだ。

 とはいえ、俺は手綱で叩かれたら飛び上がり、空中で叩かれたら速度を上げ、手綱を引かれたら速度を落とし、さらに引かれたら地上に降りる。

 あとは空中で手綱を横に引っ張られたら、そちらの方へ向いて飛ぶ。

 たったそれだけのことを何度も繰り返し練習させられた。

 

「デニス団長。コイツ、気味が悪いくらいに言うことを聞いて飛んでくれますよ」

 

「地上から見ていても大人のワイバーンと遜色ないな。従順なのはいいことだ」

 

 空を飛ぶのは気持ちがいい。

 ワイバーンの本能なのだろう。

 だけど人間を乗せて飛ぶのは、ちょっと気分が悪くなることもある。

 

 例えば空だから他人が聞いていないと思って、乱暴な言葉遣いで他人のことを罵ったり、俺が動物並みの知能しかないと思いこんで手綱だけでなく蹴りを入れて命令してきたり。

 今後もこのまま人間に飼い殺しにされると思うと、ちょっと憂鬱だ。

 

 幸いなのは王様専用のワイバーンなので、戦争などに使われることがない、というくらいだろうか。

 それでも王様の足で一生を終えるのは、正直なところゾッとしない。

 

 一日中、騎士団の誰かが厩舎にいて監視されているのもストレスだ。

 全裸で糞尿の世話をされるのも慣れてきたが、もう赤ん坊でもないのだし、狭い厩舎の中で不自由な思いをするのは嫌になる。

 他のワイバーンは俺のような人間並みの知能がないから気にしていないみたいだが、厩舎に押し込められているよりも外で空を飛んでいるときの方がやっぱり嬉しそうなのだ。

 

 外を自由に飛びたい。

 俺は厩舎に引っ張られていく途中で、手綱を炎の精霊に焼き切らせた。

 

「おっと、手綱が千切れて――え?」

 

 燃える手綱の端を見て、騎士がギョッとしている。

 俺は身体に備え付けられた鞍も、炎の精霊に頼んで焼いてもらう。

 

「なんだ?! ブレスを吐いたわけでもなく、突然、手綱が燃えて……」

 

 アチチ。

 どうやら鞍を焼いたのは失敗だったか?

 いや、身体に鞍がへばりついているのも気分が悪い。

 光の精霊に頼んで、火傷を治す。

 

 そして走り出した。

 翼に風の精霊をたっぷりと含ませて、飛ぶ。

 

「おい、至急ワイバーンを出せ! エーデルアルトが逃げるぞ!!」

 

 地上では混乱が始まった。

 大慌てで厩舎からワイバーンを連れ出して、俺を追いかけるつもりらしい。

 

 俺は風の精霊に頼んで、全速力で飛ぶ。

 騎士団の連中には見せたことのない、全力の飛行。

 

 景色がぶっ飛ぶようにして後ろに流れていく。

 

 どうだ、これで俺は自由だ!

 

 * * *

 

 王都から十分に離れたところで、空腹を覚えた。

 そういえば飛行訓練をしてから何も食べていない。

 

 地上を眺めながら、食べられそうなものを探す。

 

 地上には様々な生き物がいた。

 人間は言うに及ばず、牧場には馬や牛、豚や羊などの前世で見知った動物が飼われている。

 他にはゴブリンと思しき小柄で汚らしい格好の醜悪な亜人を見かけた。

 頭部が犬で人型なのはコボルドだろうか。

 恐竜のような翼を持たない亜竜も見かけたし、狼の群れも見かけた。

 縮尺が間違っていると思えるような巨大なナメクジや、やはり数メートルはありそうな巨大ムカデなど、魔物と思しき異常な種も散見される。

 

 食指が動かされるのは、牧場で飼われている動物だ。

 正直なところ、他の肉はマズそう以前に食べて大丈夫なのか分からない。

 人の手で育てられた弊害だ。

 狩りの獲物の良し悪しは、親ワイバーンの狩りを見て覚える必要があるに違いない。

 

 俺は前世で馴染み深い動物を失敬することにした。

 牧場主には悪いけど、人間だった頃に食べていない動物に手を出すのは怖いんだよね。

 

 俺は急降下して牧場から牛を一頭、足で掴んで持ち上げた。

 そのまま足の爪で牛を絞め殺して、平原に降り立つ。

 そうして地上に降ろした牛をそのまま貪る。

 

 うん、美味しい。

 

 血のしたたる肉も臓物も、美味しく食べられる。

 割と悪食なのかもしれないな、ワイバーンの身体は。

 

 しかし人間の国に居座るわけにはいかない。

 ワイバーン騎士団が連れ戻しに来そうだから、人のいない場所を探して潜伏するのがいいだろう。

 

 俺は多少の残骸を残してしまったが、牛を食べ終える。

 ワイバーンの両腕は翼と一体で、器用に使える手がない。

 そのため食べ残しができるのは仕方のないことだ。

 米の一粒まで茶碗に残さず食べてきた前世日本人の感覚からすると汚い食事だが、仕方がないと諦める。

 

 さて、とにかく王都から離れてしまえば人が来ない場所を見つけられるだろう。

 俺は飛び上がり、人里のなさそうな森や山を探した。

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