第20話「暴風のアーテリー」

 アーテリー・バーネット。

 二つ名は「暴風のアーテリー」である。乙女ゲーム〈ルーン・シンフォニア〉においては学園編の一番手ごわい敵であり幾多のプレイヤー達をゲームオーバーへ誘っていった。

 作品の中ボス的な存在であり、最後は「暴走魔術師」と称される程の見境のない暴れっぷり。その強敵さからラスボスを差し置いて作中最大の敵とも言われている。詳細は省くがラスボス戦でも姿を現した最も厄介な存在だった。

 そんなアーテリーの兄(血のつながりは無いが)として生まれて十七年が経過した。

 そしてどういう縁か作中に悪役令嬢として登場する公爵令嬢のセシルと結婚して数年が経過した。

 そして次々と衝撃的な事実を知って愛しき妻のセシルと愛しき妹のアーテリーが屋敷を離れて数日が経ったある日。

「ヴェイン様。大変です」

 エディがノックも無しにドアを開けて入ってきた。珍しいな。

「どうした。エディ」

「ルグランジュ公爵家からこれが」

 教師だったエディは今では家臣の筆頭格だ。

 冷静なエディが慌てていたこともあり、俺はすぐに書類を受け取って確認するr。

 それはこの世界の情報に関するもの。

 この世界にニュースは無い。だからこそ情報の入手は大切なものだ。

 俺の代になってからバーネット家は情報網の精査をして改めて再構築した。

 元々バーネット家でも独自で持っていたが、ルグランジュ公爵家からも情報が回って来るようになってセシルと結婚してからはバーネット家に入ってくる情報が以前の十倍になったとはビクトールの言葉だ。

「嘘だろ」

 思わずそう呟いた。

 セシルとアーテリーは数日前に出掛けた。

 ルグランジュ公爵家に一緒に行き、その中で話をするとのことだった。

 セシルはなにか考えがあると言っていた。

 こういう時はセシルに任せておけば大丈夫だ。そう思っていた。

 その考えが間違いだと知る事になる。

 ルグランジュ公爵家からの情報はこうなっていた。

〈国境付近でアーテリー・バーネットが隣国のドラゴンを討伐した。暴風の二つ名を与えられる程の大魔術を発動。英雄として取り上げられる〉

 俺の知らないところで、暴風のアーテリーの名が世界に広まってしまった。


          *


 セシルに任せておくんじゃなかった。

 帰ってきたセシルを目の前にそんな事を考えた。

「ちょっと予定が狂ったわ」

 珍しく少し申し訳なさそうな神妙な表情をしていた。

「どういうことだ?」

 セシルに事情を聞いた。

 セシルの計画。A級の魔獣を討伐してアーテリーの名を広めてアーテリーは実子ではなく、強大な魔力量を持って生まれた子を引き取っていたとのことにしようとした。

 その過程で、丁度いい小さいワイバーンの目撃情報があり、ワイバーンを討伐のつもりがS級のドラゴンを討伐して、さらに魔族の群れとそれを率いた魔界男爵フィラデルテと戦うことになったのは誤算だったそうだ。

「任せたとは言ったけど、ここまでやるなら事前に相談して欲しかった」

「ごめんなさい。相談したら反対されると思って」

 セシルの言葉を聞いて考える。

 もしもセシルからこの作戦を事前に聞いていたとしたら、……うん。反対していたな。

 セシルは俺のことを理解したうえで俺にとって最善の策を考えて実行してくれたのだ。

「確かに反対していた。セシルのやり方は正しかったよ」

 素直にセシルの行動を肯定した。

「ありがとう。ヴェイン」

 セシルに頬にキスされる。

 そのまま二人でソファに腰掛けた。

「それにしても魔界男爵て何なんだ?」

 報告の中でさらりとでてきた聞きなれない単語をセシルに尋ねた。

「私も直接会ったわけじゃないけど、アーテリーと一緒にいた兵たちは意思疎通の出来る人型の魔獣がそう自称していたそうよ」

「そうか」

 また変なやつが現れた。

 以前オスカーが倒した魔界子爵といいなんなんだろうか。得体が知れない。ゲームでもそんな決定聞いた事は無いぞ。

「ちょっと予定外れたけど。これで大丈夫よ」

「そんな簡単にいくかな」

「その辺りは私に任せておいて」

 たった今セシルに任せておくんじゃなかったと思いながらもこういう時は任せる相手が他にいない。

 任せるだけじゃなくて何をする気かちゃんと聞こうと思いながら、俺はもう一つ懸念材料を脳裏に浮かべた。

 アーテリーの父と母。

 ビクトールに追放されたとはいえ、やっかいなことにならないだろうか。

「アーテリーの本当の両親はどうする?」

「問題ない。手は打ってあるわ。もう会ってきた」

「もう?」

 思っている以上に行動が早すぎる。

「どんな反応だった?」

「権力って便利よね」

 質問の意図に対する正しい答えとは言えないが、その言葉が全て問題ないと語っていた。

 それでも改めてセシルの考えを聞いてみるが、アーテリーの実の両親の件を含めて既に事後の案件だった。

 この後屋敷内のバーネット関係者に全て説明。アーテリーの実の両親含め全て改編済みだった。


          *


『お兄様。愛しています』

『……ちょっと考える時間をくれ』

 アーテリーと会うのはあの会話以来だ

「お兄様。考えていただけましたか?」

 ドラゴン討伐の英雄である暴風のアーテリーは笑顔で俺にそう尋ねてきた。

「アーテリー。血の繋がりがどうであれ君は俺の妹だ」

「ですが今は実際に血が繋がっていないだけでなく社会的にも実の妹ではありません」

 セシルの策によりアーテリーは俺の義妹となっていた。

「お兄様。愛しています。今までも。これからもずっと」

 愛しい俺の妹。

 俺はそんなアーテリーに向かって人差し指を立てて「1」を示した。

「アーテリー。一年間待ってくれ。今は妹にしか見えない。女として見れるようになるまで時間が欲しい」

「はい。お兄様」

 そう言ってアーテリーは俺に抱きついてきた。

 あとになって気付いた事だが、俺はとんでもないことをしていた。

 悪役令嬢セシルとその側近のアーテリーとフランチェシカ。

 ルーン・シンフォニアの主人公の敵対勢力全員を娶る事になった。


          *


 アーテリーとの約束からちょうど一年後。

 アーテリーを第二夫人として迎えた。

 本来第二夫人だったフランが「第二夫人の座ははアーテリー様にお譲りします」と言ってくれて妻の序列が変わった。事前に実家のファミロン男爵家とも話をしておいてくれたようでスムーズに事は運んだ。

 正室。セシル。

 第二夫人。アーテリー。

 第三夫人。フランチェシカ。

 第四夫人。ルーナ。

 異世界転生して十八年。

 妻の数が四人に増えた。愛人のルルを入れると愛しき女性が五人。

 リア充を通り越して異世界生活を満喫していた俺は、この時はまだ最大の問題に気付いていなかったのだった。

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