第19話「静脈と動脈」
ヴェイン・バーネットはシスコンである。人に指摘されると少し腹は立つが自他共に認める事だ。妹のアーテリーが可愛くて仕方ない。
アーテリー・バーネットはブラコンである。自他共に認めており人に指摘されても特に反応は無い。
俺を慕ってくれるのは嬉しいが、俺の夜伽の相手を申し出て来るくらいだ。ブラコンの域を超えている。挙句の果てに血が繋がっていないときた。
ちなみに屋敷でも知っている人は結構いた。例えばルルは知っていてルーナは知らなかった。俺が生まれる前からいる人達はほぼ知っている感じだ。
アーテリーがこの事を誰から聞いたのかも確認しないといけない。
部屋がノックされる。
「お兄様。アーテリーです」
「入っていいぞ」
アーテリーが部屋に入ってきた。
互いに椅子に座って向かい合う。
「アーテリー。単刀直入に聞く。俺と血が繋がっていない事はいつから知っていた?」
俺の問いに対して、アーテリーは無言だ。
いつも口数の少ない子であるが、俺との会話ではそんなに静かになる事も無い。どうかしたのだろうか。
「アーテリー?」
「すみません。驚いていました」
そうか。驚いていて固まっていたのか。きっと俺が知っているとは思っていなかったのだろう。
「それで、この事はいつから知っていた?」
「今知りました」
アーテリーが即答すると同時に時が止まった。俺の。
「……すまない。アーテリー。もう一回言ってくれるか?」
「はい。今知りました」
アーテリーの発言が理解できない。最近こんなのばっかりだ。
落ち着いて整理してみよう。
俺と血が繋がっていない事をアーテリーが知ったのは今。
うん。おかしいな。
「アーテリー。勘違いがあるかもしれないからもう一度尋ねるぞ」
「はい」
「俺とアーテリーは血が繋がっていない。このことは知っていたか?」
「いいえ、たった今お兄様に言われるまで知りませんでした」
このアーテリーの発言に「えー!」と叫んでしまった。心の中で。
気持ちを整理しているとアーテリーが顔を近づけて来る。
「お兄様。詳しく聞かせてください」
アーテリーに聞くつもりがアーテリーに説明する側になってしまった。
ビクトールから聞いてセシルに話をした内容をそのままアーテリーに伝えた。
ビクトールの弟フリックの息子クロードとラフラン伯爵家の令嬢ティアラの間に生まれた子供が俺。ビクトールの息子から正統な娘として生まれたのがアーテリー。
曾祖父は一緒だが祖父が違う。実の兄妹ではない。
「では、お兄様はお父様の本当の孫ではないということですね?」
俺がビクトールに尋ねたようにアーテリーはそう尋ねてきた。
ややこしいのだがここでのお父様とはアーテリーの実の父親ではなくビクトールの事だ。
「そうだ」
その言葉に俺は頷く。
「そうでしたか」
そしてそう呟いたアーテリーは考え込む。
「ではアーテリーはお兄様に嫁いでもいいのですね」
「いや、駄目だよ」
血筋がどうであれ妹として愛情を向けてきた相手だ。
「どうしてですか。血はつながっていないではないですか」
「そうだけど。兄妹として社交界にも出ているんだから」
貴族社会的にもそれはできない。
「じゃあ、アーテリーは死にます」
「嘘?待って。早まるな」
しれっと恐ろしい事を言われて動揺した。
「アーテリー・バーネットは死んで侍女の一人としてお傍に置いてください」
「はい?」
「ちょっと待て、アーテリー」
一番重要な部分を聞かなくてはいけない。
「アーテリー。君は俺達が実の兄妹であると思った上で俺の夜伽をすると言ったのか?」
「はい。お兄様と結婚は出来ませんのでどこにも嫁がずにお傍に置いて欲しかったら肉体関係を結ぶのが確実だと思いまして」
妹の愛が重くてかつおかしな方向にあった。
「お兄様。愛しています」
アーテリーは純粋な気持ちを俺にぶつけて来る。
「……ちょっと考える時間をくれ」
俺は情けなくも結論を自分で出せずに執行猶予をもらうことにした。
*
もうどうしていいか皆目見当もつかなくなって、愛しき妻のセシルに抱きしめられながら愚痴に近い感じで相談した。
「ヴェイン。いくつか質問するわよ。いいかしら?」
「どうぞ」
セシルの胸の中でそう答える。
「いろいろな要素は忘れて、その上で質問。アーテリーの事は好き?」
「大好きだ」
単純な好意の問題で行けばアーテリーのことは大好きだ。
「じゃあ、娶ればいいじゃない」
「いや、家族としての好きだ」
そう。兄弟愛との好きだ。アーテリーの事は兄として愛しているのだ。
この年齢になっても未だに一緒に風呂に入っているが、アーテリーの裸を見てもそんな気は起きない。
「一つ私に考えがあるのだけど、任せてもらっていいかしら?ちょっとアーテリーと直接話してみようと思うのだけど」
「この状況がなんとかなるんだったら是非お願いします」
これまで俺の色々な問題を解決に導いてくれたセシルだ。俺はすがるように頼み込んだ。
「わかったわ。私に任せておいて」
「頼む」
こうして、アーテリーの件はバーネット家参謀のセシル閣下に全て任せる事にした。
*
愛する妻に相談した翌日。
セシルが屋敷から姿を消した。アーテリーと共に。
その数日後。
暴風のアーテリーの名が大陸に轟いた。俺は屋敷でそのことを知る事になるのだった。
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