第14話「最後の一人との出会い」

 俺は十四歳になった。

 王都の学園に入学して二年目の春を迎えた。

 思い返すと入学しての一年間はいろいろとあった。

 入学してからの決闘の日々。剣聖の娘を弟子にした直後に弟子がいなくなってセシルが悪役令嬢として覚醒したと勘違いしてセシルの兄のオスカーと決闘してセシルと婚約した。

 大分ごちゃついた感じだが俺の一年をまとめるとこんな感じだ。

 そんな風に過去一年を思い浮かべてから俺は目を覚ました。

 目を覚ましたところはバーネット子爵家の屋敷の自室でもなければ学園の自分の部屋でもない。

 そして隣で寝ている人物はルーナでもルルでもない。

「おはよう。ヴェイン」

 俺が眺めていると、一緒に眠っていた相手も目を覚ました。

「おはよう。セシル」

 セシルにおはようのキスをする。

 唇を離すとセシルがベルを鳴らすと部屋のドアが開いた。

「失礼します」

 メイドのルーナが部屋に入ってきた。

 セシルと婚約して早数ヶ月。

 新学期まで長期休暇はルグランジュ公爵家の別荘でセシルと過ごしていた。

 ここで俺とセシルは結ばれた。

「おはようございます。ヴェイン様。セシル様」

 もちろん別荘にいるのは二人きりではない。ルグランジュ公爵家に仕えている人達やうちからはルーナが来ていた。

『いずれ結婚したら私も世話になるわけだしルーナも一緒に連れて来て。……夜も私一人で相手できるかわからないし』

 セシルからはこんな風に誘われたのだ。

 この別荘に来て数日になるが夜は毎晩セシルと寝ていたわけじゃない。ルーナと寝ている日もある。

「セシル様。こちらを」

「ありがとう。ルーナ」

 ルーナに手伝われながらセシルが身を整える。

 その際にセシルの裸体を見て見惚れてしまう。

「何を見ているの?ヴェイン」

 体をマジマジと見られていることへの不快感も無く純粋な疑問としてセシルが質問してきた。

「セシルの体を見ていた」

 俺も素直にそう答えた。

「もう。昨日散々見たじゃないの」

 体を隠すポーズだけして見せてセシルは微笑んだ。

「私も早くルーナ見たいに胸が大きくなってほしいわ」

「きゃっ」

 セシルがルーナの胸を軽く揉んた。ルーナが突然の事に驚きの声を上げる。

 母のルルと同じくすっかり巨乳になったルーナ。

 セシルはまだ十四歳。胸も成長中だ。でも俺はセシルの姉のリリアーヌさんを見ているので将来巨乳になること間違いなしだと確信している。今でもこんな美少女なのにこれからどんどん美しく成長していく姿を思うと楽しみで心が躍る。

「ルーナ。今夜はヴェインの面倒宜しくね」

「は、はい。セシル様。全力を尽くします」

 セシルは既にルーナとの良き関係を気付いている。

「朝食の御用意ができました」

 二人とも身支度を整えたところでルグランジュ家のメイドから声をかけられて俺とセシルとルーナは部屋を出た。


          *


 セシルと朝食を取る。

 本来この別荘の主であるのはセシルなのだが俺の方が上座の席についていた。セシルの計らいだ。悪役令嬢の設定を忘れてしまいそうなくらいよくできた令嬢だと思う。

「もうすぐ新年度ね」

「ああ」

 この最高の生活もあと数日で学園編に戻る。

「今年の入学生の中から見つくろいなさい」

 セシルのその言葉は主語がないけどなんのことだかはわかる。

「……………わかった」

 俺はそう答えた。

『子爵家の当主で公爵家の娘を正妻にするのだから、もう一人か二人は貴族の娘を娶りなさい。ライラ・テテニスも悪くはないけど、やはり貴族の娘があと一人は必要よ』

『……新しい相手はセシルと相談して決めるよ』

 そう約束したのだが、これだと思う相手と出会えない。

 本音で言うとセシルとルーナとルルがいるからもう十分だと思っているのだが、そうもいかないようだ。

 側室どころか婚約者も未だにいない公爵家跡取りのオスカーを引き合いに出したいところだがオスカーは現在修行の旅に出てしまった。決闘で俺に負けてから剣に対する考え方がまた一段階変わったようで今まで以上に修業に明け暮れていた。

「決められないなら私が見繕ってあげるわよ」

「自分で探します」

 俺はそう言ってこの話題を終わりにした。


          *


 久しぶりの学校だ。

 入学式にも出席して新入生たちの様子を見る。

 今年の主席は男子生徒だった。

 入学式が終わって、どうやって新入生から未来の嫁さんを探すか考えていながら歩いていると生徒とぶつかってしまった。

「あっ。ごめんなさい」

 倒れた生徒に手を差し出して立ちあがらせる。

「いえ、こちらこそ失礼しました」

 女子生徒だった。新入生のようだ。少し地味だが可愛らしい。どこかで見たことあるような人物だ。

 相手は俺の顔を見て驚きの表情を迎えた。

「剣聖ヴェイン様ですか?」

「は、はい」

 俺の事を知っていた。

「初めまして。私はファミロン男爵家のフランチェシカと申します」

「フランチェシカ・ファミロン?」

 どこかで聞いた事あるような。

 久しぶりにゲームの設定が頭に思い浮かぶ。

『悪役令嬢セシル・ルグランジュに従う二人の取り巻き。アーテリー・バーネットとフランチェシカ・ファミロン』

 そうだ。ゲームの登場人物だ。

 最後の取り巻きが現れた。

 と言うかゲームの舞台は来年からだから今年入学していると言う事は一年先輩だったのか。本来の入学時期より二年早く入学したせいで本来後輩だったはずの俺が先輩になってしまったようだ。

 ちなみに、俺が社交界デビューした時に、ウォルフガング・ファミロン伯爵と言う人物がいたが、その人とは無関係の同じ家名なだけで別の家だそうだ。家名が気になって伯爵に聞いてみた事があったのだ。

 ゲーム内じゃアーテリーと違って本当にセシルの後ろにいるだけの正直モブに近い存在だったので完全にノーマークだった。

「俺の事を知っているのか?」

「ええ、ヴェイン様は有名人ですから」

 どう有名人なのか聞くのが怖くなって口を開かずにフランチェシカを見ているとあるものは目に入った。

「それは?」

 見たことない言語で書かれた本だ。

「古代文明の時代の本です」

「そんなのがあるのか」

 聞いておいて何だが特に興味ない。

「どういった内容?」

 社交辞令のつもりで聞いた。

「並行世界についてです。異世界と呼ぶ人もいるようですが」

「異世界?」

 ちょっと興味を持った。

「この世には私達が今いる世界と似て異なる世界が存在しているんです」

「詳しく聞かせてくれないか?」

 滅茶苦茶興味を持った。

「私もまだ詳しくは説明できないのですが、この本にそのことについて記載されています」

 大変興味的な書籍だ。

「本を貸してもらえるか?」

「いいですけど、……読めますか?」

 フランチェシカはページをめくって俺に見せた。

「全く読めない」

「古代文字は読める人が少ないんです」

「君は読めるのか?」

「はい。興味があって勉強しまして。元々古代文明の歴史を知りたくて学んだのですが、並行世界に関する本が発見されてそれを運よく入手したんです」

 この書籍自体がレアものらしい。

 偶然の出会いだが、俺がこの世界に来た理由がわかるかもしれない。

「ファミロン嬢。その本について俺に教えてください」

「わかりました。私も勉強中で図書室にいる予定です。よろしければ御一緒に」

「よろしく頼む」

 こうして、図書館に通うのが俺の日課の一つになった。


          *


 図書館でフランチェシカと会う。

「ファミロン嬢。お待たせしました」

 先生的な存在になって行く人に自然と敬語になっていた。

「あの。……ヴェイン様さえ宜しければフランとお呼びください」

 フランチェシカからおずおずとそう提案された。

「わかった。これから宜しく頼む。フラン」

 フランと図書館で古代文明の文献を読むのが日課になった。

「これによれば時折魂が別世界に飛ばされることがあるそうです。ただしその飛ばされた先の世界にもいくつもの並行世界が存在しているそうです」

 まさに俺の身に起こった事に一致している。

 ゲームのような異世界に来てみるとゲームとは微妙に違う内容になっている。

「フランは前世の記憶とかあったりするのか?」

「いえ、ないです」

 フランは申し訳なさそうに首を横に振った。

「でも時折夢で見るんです」

「夢?」

「はい、公爵令嬢のセシル様と仲良くしてもらっているのですが、見たことない赤毛の少女と三人で一緒にいてもう一人知らない黒髪の少女をその……いじめているんです」

 それはゲームの世界の記憶だ。

「それで最後はなにか恐ろしい目に会って、そこで目を覚ますのですが覚えていないんです」

「そうだったのか」

 セシルとアーテリーと違って、夢とはいえゲームの世界の記憶を持っているフランに興味を持った。

 俺はしばらく図書室で古代文明について学ぶのだった。


          *


「新入生と最近仲良くなったそうね」

 フランと出会って一ヶ月が経過した頃、こちらも日課のチェスの最中にセシルがそんなことを言いだした。

「フランチェシカ・ファミロン。男爵家の娘ね。いいと思うわよ。ファミロン家の悪い話も聞かないし」

「別に彼女はそういうのじゃ」

 ないと言うのを躊躇った。

 フランは可愛い子だ。一生懸命に古代文明の文字を読めない俺のために翻訳して自分の考えをわかりやすく伝えてくれる。

 向こうが俺に好意を持っているかという問題もあるが。

 俺は悩んだ。

 セシルと取り巻きを一緒にしていいのか。

 取り巻きを見張ってなくて良いのか。

 離した方がいいのか、まとめて目の届くところにいてもらった方がいいのか。どちらが正解なのだろうか。

「今度、彼女ときちんと話をしてみなさい」

 俺の胸中を察してか否かセシルはそう勧めてきた。


          *


 考えがまとまらないままフランと古代文明について学んでいた。

「どうかしましたか。ヴェイン様」

 上の空だったようでフランに心配されてしまった。

「いや、フランに俺の第二夫人になってくれないかどう聞こうと思って」

「えっ」

 思わず考えを口にしてしまった。

「あっ。ごめん。今のは━━」

 慌てて訂正しようとするのだが。

「ふ、ふつつかものですが、宜しくお願いします」

 フランは出会って初めてじゃないかと思える大声を出しながらそう言って俺の訂正を遮った。

「俺でいいのか?しかも側室だよ」

「ヴェイン様こそ。私で宜しいのですか?」

 割と前のめりで質問に質問を返されてちょっと怯んだ。

「いや、まあ、フランが結婚してくれたら嬉しいけど」

「わ、私もです。ヴェイン様と結婚できたら嬉しいです」

 フランってこんな声出せるんだな。などと思っていると胸の内を語ってくれた。

「入学前から剣聖ヴェイン様に憧れていました。そしてお会いして、こうして色々なお話をさせてもらって、好きになっていたんです。私みたいな暗い女じゃ、側室も無理だろうとあきらめていたのですが、そんな風に言ってもらえて、本当に嬉しいです」

 そんな風に言われて、急にフランが愛おしくなっていった。

 だと言うのに、あんな事故みたいなプロポーズは全く良くない。

 俺は立ちあがってフランの手を取って立ちあがらせた。

 そしてフランの前で跪く。

「フランチェシカ。私と結婚してください」

「はい、宜しくお願いします」

 プロポーズは成功した。

 こうして、在学中に二人目の婚約者ができたのだった。

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