第13話「甘く見ていたつもりはないけど甘く見ていたと反省した」

 俺はセシルルートに突入した。改め、公爵令嬢のセシル・ルグランジュと結婚の約束をした。

 まだ本人同士の約束だが、セシルの父である宰相閣下は既に認めてくれているようだし、うちの祖父もこのことを断る理由はない。

 それを一番に報告しないといけない人物がいる。

「オスカー」

「やあ、ヴェイン」

 セシルの兄で俺の親友。オスカー・ルグランジュ。

「少し話があるんだ」

 かつて「妹と結婚して我が義弟になれ」と言っていたオスカーだ。

 しれっと報告して終わりだと思ったのだが。

「聞いたよ。ヴェイン」

 俺がその事を告げようとする前にオスカーがそれを遮った。割と怖い感じで。

「妹が欲しくば、私を倒してみろ」

 こうして、入学して初めてオスカーに決闘を申し込まれたのだった。


          *


 闘技場はかつて見たことないくらいの人に埋め尽くされていた。

 入学してから今日まで何度も決闘をしてきたがこんな人数に見られるのは初めてだった。

 そして決闘の相手は剣聖オスカー・ルグランジュ。

 決闘という形では初対決だ。

 小さい頃から何度も剣を交わした修行での対決はあっても公式戦?では初めてだ。

「ヴェイン。いつかこうやって君と決着を付けないといけないと思っていた」

「俺は思ってなかったよ。親友」

 こんな大掛かりなイベント望んでいない。

「親友だからこそ戦わないといけない時もあるんだ」

「ならばもう言葉はいらないな」

 俺のこの言葉で二人とも無言になり高める。

「始め」

 審判役の教師の開始宣言。

「「行くぞ」」

 俺とオスカーはそれぞれ相手に向かって突進に近い勢いで近づいて剣を振るった。

 剣と剣が激しく衝突する音と衝撃を受けてそのままお互いに剣を打ち合う。

 俺もオスカーも剣聖。

 だが、純粋な剣の勝負だけなら諸事情があって俺の方が上だ。

 なぜならオスカーは剣よりも魔術の才能があるからだ。何故それを知っているかと聞かれるとゲームの知識としか言いようがないのだが。

 オスカーはゲームでは剣ではなく魔術の使い手だ。〈黒炎の魔術師〉の異名をとるほどの人物だ。元々剣向きではない。それなのに剣の修業を重ねて剣聖になってしまったのだから攻略対象のポテンシャルの高さに驚かされる。

 そしてオスカーが炎の魔術を使うのに対して俺は雷の魔術を使う。

 マナの身体強化の他にマナを変換した雷を実に纏いスピードを上げている。ドーピングのようなものだ。

 俺以外の剣聖でも戦いに魔術を使っているそうなので別に違反でも何でもない。

 以上の二つの理由で剣での戦いは今では俺の方が上だ。

 単純な剣の打ち合いで俺の方が少し押し始めた。気持ちいつもより少しだけオスカーの動きが鈍い気もする。

 そのまま押し込もうとすると、オスカーが手をかざした。

 魔術発動の合図だ。

「ファイアーボルト」

 炎を放つ。

 とんでもない勢いの炎が放たれる。これが目くらましなのだから本当にすごい。

 俺も左手を剣から放して魔術を発動させる。

「サンダーボルト」

 雷を放った。

 魔術がぶつかりあい派手な音が上がる。

 オスカーの魔術は相殺した。そのまま俺は右手に持つ剣を上に投げた。

「サンダーボルト」

 右手からも雷を放つ。

「くっ」

 オスカーはそれを剣で受け止めた。

 ダメージは無い。

 だがオスカーに隙ができた。

 俺は上に投げた剣を再び掴んでオスカーの後ろに回り込む。

「終わりだ」

「!」

 オスカーの首元に剣を充てる。

「参ったよ。ヴェイン。見事だ」

 オスカーが負けを認めた。

「それまで。勝者。ヴェイン・バーネット」

 俺の勝利で決闘は終わった。


          *


「お疲れ様」

 決闘を終えた俺はセシルに労われていた。

 あの後オスカーからは「これからもよろしく頼むぞ。義弟よ」と言われて祝福を受けた。

「お兄様も無事に倒したし、文句を言う人は学園にもいないでしょう。いても関係ないけれども」

「そうだな」

 剣聖オスカーに勝った男だ。今の俺に表だって悪意を向けられるような生徒はもういない。そう言う意味では今回の決闘は良かった。

「もしかしてオスカーはわざと負けてくれたのかな」

 決闘の最中にオスカーの動きを鈍く感じる場面があった。

 もしかしたらここまで考えて決闘を挑んでくれたのかもしれない。

「それは考えすぎよ。ヴェイン。お兄様は貴方に勝つつもりだったわ」

 俺の考えはオスカーの妹のセシルに否定された。

「そう言えばオスカーに結婚の事を伝えたのはセシルか?」

「ええ。そうよ。そうしたらお兄様が私の結婚相手は自分を倒せるような人物でないと駄目だ。と言いだしてヴェインのもとに向かったわ」

 俺が探していた時にはオスカーも俺を探していたようだ。

 でもそれだと俺だったからいいけどオスカーに勝てる男なんてそうはいないんじゃないだろうか。

「ヴェインが勝つとは思ったけど、万が一ヴェインが勝てなかったらどうするのって聞いたの」

「それでなんて言っていたんだ?」

 もしもあの場で負けていたらどうなっていたのだろうか。

「ヴェインが勝つまで決闘を受けると言っていたわ」

「そうか」

 俺が勝つまで相手をしてくれたと言うことか。

 だが危うくまた決闘の日々になるところだった。本当に勝てて良かった。

「だから決闘前にお兄様に飲み物の差し入れをしたの。そこにマナを乱す効果の薬を少し入れておいたからさっきの決闘の時は少し動きが鈍っていたわよ」

 セシルがさらりと恐ろしい事を言った。

 しばし無言になりながら、改めてなんか恐ろしい事を聞いてしまったと思った。

 オスカーの動きの乱れはそれだったのか。

 まあそのおかげで決闘の日々にならなくて助かったからいいけど。……あれ。一つとんでもないことに気付いた。

「待って、セシル。決闘の話を聞いたのは今日だよな。いつもそんなの持ち歩いているのか?」

 そうじゃなきゃそんな都合よく妨害工作なんてできない。

「念のためよ」

 それだけ言ってセシルは顔を上げて目を瞑った。

 俺はそのまま追及できずにセシルにキスをした。

 悪役令嬢セシル・ルグランジュ。

 甘く見ていたつもりはないが、セシルのことを甘く見ていたと反省するのだった。

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