第12話「悪役令嬢の覚醒」
大事件が起きた。
俺の弟子になったライラが弟子になった次の日に急に退学になった。
『ライラ・テテニスが退学させられたって噂だ』
『公爵令嬢のセシル・ルグランジュ。あの女が権力でライラを追放したって』
名前も知らない同級生達がそう言っていた。
教師からはライラが自主退学としか聞けなかったが間違えなく退学した事を聞いた。
セシルの悪役令嬢としての覚醒を疑ったが、そもそもセシルとライラの二人は接点があったか?
『きちんとできたら全部あげるから。頑張ってね』
セシルルートに突入したと思ったセシルのあのセリフ。
とんでもない発想だが、俺に好意を持ったセシルが俺と仲良くなりかけたライラを排除しようとした。
「いや、ないない」
頭を大きく振った。ちょっと話が飛躍しすぎだ。
考えていても仕方がない。
セシルに直接聞こう。
「セシル!」
部屋に向かっている途中でタイミング良くセシルを発見した。
「おはようございます。ヴェイン。……どうかしたのかしら?」
「実はな」
俺はセシルに同級生達から聞いた話をそのまま伝えた。
「そんな噂が?」
セシルは驚いていた。
演技じゃ無くて本当に知らない感じだ。
「一つ聞きたいのだけど」
セシルは真っ直ぐに俺の目を見た。
「ヴェインは私がそんなことするように見える?」
「いや、見えない」
セシルが悪役令嬢として覚醒してしまったと思ったが実際に会うとそんな感じは微塵も無かった。
「やあ、ヴェイン。セシル」
そんな中、オスカーが現れた。
「聞いたかい。ライラ殿の話を」
現れるなりいきなりタイムリーな話題を持ってきた。
「ライラがどうかしたのか?」
「やっぱり。弟子にしたって話は本当だったか。実は父親の剣聖ジュピターが危篤だそうだ」
「剣聖ジュピターが?」
そして俺はオスカーからライラがいなくなった理由を聞いた。
ジュピター危篤を聞いて慌てて故郷へ飛んでいくように帰ったそうだ。
ちなみにその際にあまりに慌て過ぎていて休学届と退学届を間違えたそうだ。直接ライラとやりとりした教師は休学と聞いていたのに出された届が退学届だったのでそのような手続きになってしまったと言う。
漢字で退学届を体学届と書いて休学扱いになったグレートティーチャーもいたな。この世界の文字だとありえない話だが。
「なんだ。ただの噂か」
本当にただの噂だった。それにしては相当タチが悪かったが。
「それがな。噂に関しては悪意的なものなんだ」
「なんだって」
オスカーの言葉に俺は驚いてセシルを見るが、セシルは冷静だった。
「お兄様。その相手って」
「アリシア・テスタロッサ。テスタロッサ伯爵家の令嬢だ」
「あの女ね」
何だかセシルにとって因縁のある相手のようだ。
「どういう人?」
そっとオスカーに尋ねる。
「僕たちの一学年上でセシルを敵対視している」
それだけで二人の関係性はわかった。
「決着をつける必要があるわね」
なんだか悪役令嬢っぽいセリフがセシルから出てきた。
「伯爵家と揉めるのか?」
「向こうが喧嘩を売ってきたのよ」
ちょっと怖い感じにセシルが微笑んだ。
「それにお父様も言っていたわ。敵意に対しては躊躇することなく反撃しろと」
俺にフレンドリーな宰相閣下は意外と好戦的だった。
「何をする気だ?」
俺の問いにセシルは答えない。ただ微笑んでいる。
「セシル?」
「ヴェイン。聞かない方がいい」
オスカーが神妙な顔をする。
本当に一体何をするつもりなんだ。この公爵家の兄妹は。
「クスッ」
神妙な顔をしていたオスカーと怖い笑みを浮かべていたセシルが声を出して笑いあった。
「えっ。何?」
二人の言動についていけなかった。
「別に家同士の争いに発展させるわけじゃないよ」
オスカーは一枚の写真を出した。
ちなみにこの世界はカメラが存在していて、一部の上流貴族だけだが保有している。
俺と同年代の男女が腕を組んで歩いている写真だ。
「これは?」
「件のアリシア・テスタロッサとその恋人」
写真を見せられる。読み取れるのはアリシアの方がサングラスをつけて顔を隠そうとしているのと二人が仲良さそうにしているところくらいだ。
「この写真に何か意味が?」
「大ありだよ。テスタロッサ伯爵家はギルバート第一王子殿下にアリシア嬢を嫁がせたいと思っているんだ。そのための仕込みもだいぶしているらしいしね」
ギルバート第一王子。
乙女ゲーム〈ルーン・シンフォニア〉の攻略対象の筆頭じゃないか。
しかもゲームの中では悪役令嬢セシルの婚約者。
「それで、その写真をどう使う?」
「テスタロッサ伯爵家の次期当主のグレフィール殿がここで教鞭を振るっている。このスキャンダルを漏らさない代わりにアリシア嬢の自主退学をお勧めするよ」
正式に王子と婚約したわけでもないが、王妃にと勧めておきながら別に恋人を作っていたのだ。発覚すれば王家からの信頼を失うし評判も一気に落ちることだろう。
「ここまで露骨に敵対されなかったら使うつもりはなかったのだけれど、致し方ないわね」
そう言ってセシルは再び怖い笑顔になる。
「もしかして他の生徒についても弱みとか握っているわけ?」
決闘を挑まれる以外はのほほんと学園生活を送っている俺と違って二人はこう言った情報収集もやっているのだろうか。
「一部の生徒だけよ。弱みって程でもないけど、私と同じ歳の子爵家の次期当主が毎晩メイドを部屋に連れ込んでいるくらいの情報しかないわね」
セシルと同じ歳の子爵家の次期当主の俺がメイドのルーナを部屋に連れ込んでいるのがばればれだった。一つだけ訂正するなら毎晩ではないのだがそれをいう勇気はない。
「それじゃあ、僕たちは行こうか。ヴェイン」
俺にとってよくない話になると察してくれた親友のオスカー。
ありがとう心の友よ。
俺はそのままオスカーに連れられてその場を離れた。
その日、二人の生徒が学園を退学した。
*
一日に二人の生徒が退学した。
ライラ・テテニス。剣聖ジュピターの娘。
アリシア・テスタロッサ。テスタロッサ伯爵家令嬢。
二人は公爵令嬢のセシル・ルグランジュが公爵家の権力で二人を追放したとの噂が流れるのだった。
「噂って困ったものね」
「いや、半分は真実だろう」
ライラは違うがアリシア・テスタロッサの件は明らかにセシルの仕業によるものだった。
だが中身を全部把握している人物ならば、セシルがいかに悪役令嬢ではないということがわかるだろう。
まだまだ俺の知らない恐ろしい部分もあるが、セシルは魅力的な女性だ。
九歳の時に出会った。出会いからまだ四年だが、これも幼馴染と言う事になるのだろうか。
「何を考えているの?」
「出会ってからの事を考えていた。昔から君に振り回されてばかりだ」
なんせ言いだしたのはオスカーとはいえこうして入学に該当する年齢になる前に学園にまで通うことになったのだ。
「迷惑だったかしら?」
「いや、おかげで退屈しない人生を送っている気がする」
もっとも自分が暴走魔術師アーテリー・バーネットの兄だと気付いた時点で良くも悪くも退屈はしていないがセシルはまた違うベクトルでいろいろな刺激をくれる。
それにセシルは優しい。
アリシアを追放した時も、長兄のグレフィールに「アリシアと恋人を別れさせるような事をしたところでそれがわかった時点でこの写真は公開する。他家に嫁ぐなんて事が出来ないように今の恋人と結婚させなさい」と言っていた。一見アリシアを政略結婚に使えなくなるようにとの発言に思えるがアリシアと恋人の仲を裂かないようにする配慮だった。
「セシルは優しいな。敵対したアリシア嬢の幸せのことまで考えて」
思わずそのまま感想が口に出てしまった。
「貴族令嬢が甘い事言っているって言われるかもしれないけど、好きな人がいるならその人と結ばれてほしいと思うのは当然でしょう。それに今回のことは私に敵対した生徒を追い出したついでのことよ」
だとしても優しすぎるよ。この悪役令嬢は。
そしてライラ退学の事実を知った俺はある疑問を覚えた。
上手い切り出し方がわからなかったので話の流れでしれっと聞いてみた。
「セシルはギルバート殿下との婚約話とか出ていないんだよな?」
「ええ。出ていないわ」
ゲームのギルバートルートでは王子の婚約者として登場するのがセシルだ。
ただでさえギルバート殿下は未だに婚約者がいなくてテスタロッサ伯爵家のように娘を婚約させようと裏で争っていると聞くのに。
「一回そう言う話は軽くあったけど。お父様は私が決めていいと言ってくれたからお断りしたの」
「えっ。そんな話あったのか?」
九歳の頃からの付き合いだがまだまだ知らないことがあった。
「私はね、バーネット子爵家のヴェイン様に嫁ぎたいと思っているの。だから殿下の件はお断りしたのよ」
時が止まった。俺はセシルを見つめたまま固まりセシルは俺を見て微笑んでいる。
目の前の少女が可愛くて仕方がない。
女性にここまで言わせたのだ。俺が躊躇してどうする。
「セシル。俺と結婚してくれ」
「はい。喜んで」
突発的なプロポーズはあっさり成功した。
「あれ、こういう場合は本人同士じゃ無くて家同士で話し合わないと駄目か。宰相閣下にお願いしないと」
「大丈夫よ。お父様からビクトール様に申し込んでもらうわ。お父様もいずれ私をヴェインに嫁がせたいと言っていたから」
ここは公爵家の権力に任せよう。それにそんな風に思ってもらえていたのは嬉しい。
「さっきも言いましたけど。私も嫁ぐ相手はヴェインがいいとずっと思っていたわ」
ヤバい。俺の婚約者が可愛すぎる。
「じゃあ、どうして婚約しなかったんだ?」
当人同士の問題もあるが家同士で勝手に婚約を決めるケースも少なくない。公爵家からの申し出なら子爵家のうちは断るまい。妹のアーテリーに対して嫁に欲しいと言われれば相手が格上でもお断りすることがあるかもしれないが、俺の場合は我が家に嫁として来てもらえるのだ。断る理由が何もない。
「だって、ヴェインにその気がなかったら申し訳ないじゃない」
セシルはそっぽを向いてそんなことを言いだした。
「ヴェインは嫌だったとしても公爵家からの申し出は断れないでしょう。ヴェインが私のこと好きじゃなかったら迷惑でしょうし」
「好きなので全然迷惑ではないです。むしろありがとうございます」
なんていい娘なんだ。思わずまた本心がそのまま口から出て行った。
「だから、私から先に気持ちを伝えたけど、すぐにプロポーズしてくれてうれしかったわ」
セシルが言いながら身を寄せて来るので抱きしめた。
やばすぎる。俺の未来の嫁さんが可愛すぎる。
「そう言えば、ヴェイン」
俺の胸に顔を埋めるセシルから声をかけられた。
「なんだ?」
「ルーナを抱いているんでしょう」
急に血の気が引いた。そう言えばさっきもルーナを部屋に連れ込んでいる話を完全に把握されていたのだ。
まさか、他の女性は全て排除しろとでも言う気ではないのだろうか。
「ちょっと。勘違いしないで」
俺の思考を読まれたのかそんなことを言われた。
「私は貴族の娘よ。メイドに手を出すことくらいはわかっているし認めないなんて言わないわ。それよりもルーナの他に関係を持った相手はいないの?」
「ルーナの母のルルと二人だけです」
怒られているわけでもなさそうなので正直に答えた。
「そう。二人ね。足りないわ」
「何が?」
「子爵家の当主で公爵家の娘を正妻にするのだから、もう一人か二人は貴族の娘を娶りなさい。ライラ・テテニスも悪くはないけど、やはり貴族の娘があと一人は必要よ」
恐ろしい事に未来の子爵夫人はすでに子爵家の将来について考えていらっしゃった。
「わ、わかった」
完全に主導権を握られている。
しかし、きっと今の俺に必要なのは、関白宣言ではなく近い未来に結婚する嫁さんと上手くやって行くことだ。幸いにも側室・愛人は認めてくれている。
「……新しい相手はセシルと相談して決めるよ」
「よろしい」
俺の解答に満足したようでセシルは俺の胸から離れて頬にキスをする。
悪役令嬢の覚醒かと思われたイベントから一変して、俺は完全にセシルルートに突入したのだった。
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