第11話「剣聖の娘」
「きちんとできたら全部あげるから。頑張ってね」
「……頑張ります」
今のは乙女ゲーム〈ルーン・シンフォニア〉の悪役令嬢もとい公爵令嬢のセシル・ルグランジュとしがない子爵家跡取りの俺ことヴェイン・バーネットの会話である。
肝心の「全部ってどこまで?」って聞けないままセシルと別れて夜を過ごした。
だが言える事は一つ。
この世界で俺は完全にセシルルートに突入した。あのキスが何よりの証拠だ。
決闘の日々が嫌で仕方がなかったが完全に吹っ切れた。
「私は逃げも隠れもしない。挑みたいものはいつでもかかってくると良い。このヴェイン。剣聖の実力を存分にお見せしよう」
俺は剣の訓練中の生徒達の前でそう宣言した。
後にオスカーからは「あの宣言で逆にヴェインの力の大きさと言うか器の大きさを知らしめることになったな」と言われた。
オスカーの言葉通り、決闘の日々を受け入れようと決めたその日から決闘の数は減っていったのだった。
*
俺の決闘の原因はほとんどセシルのせいだとわかったが、全部が全部セシルのせいじゃない。
「ヴェイン・バーネット。私と勝負しなさい」
ある人物から声をかけられる。それも相手は女性だ。
ライラ・テテニス。
剣聖ジュピター・テテニスの一人娘。
年齢は俺の二つ上。
貴族の坊っちゃんとの決闘の日々において、俺が唯一苦戦する相手だ。
「私はいつでもいい。日程などの返答は明日頂く」
「いい。ここでやろう」
俺は木刀をライラに渡した。
良く考えたら今の状況で俺に挑んでくるのはこのライラだけだ。ならばこいつを倒しさえすれば平和な日々が手に入る。
「ここで?」
「ああ、いつでも来い」
俺は木刀を構えた。
おそらくこれがこの学園での最後の決闘だ。
「わかった」
ライラは剣を構えて集中する。
「行くぞ」
ライラとの戦いが始まる。
ライラは速い。足捌きがそこらの連中と違う。
そして独特の剣筋だ。オスカーやビクトールとも違ってそこに少し戸惑ってしまう。
だがライラとの戦いも三回目。いいかげんにその動きにも慣れた。
「甘い」
俺はライラの攻撃をギリギリかわしてライラの剣を弾き飛ばした。
「……参った」
剣を弾き飛ばされたライラは俺の剣が首近くにあるのを見て負けを認めた。
「これで満足か?」
三戦三勝だ。しかも今回は圧倒的な勝利だ。もうあきらめてくれないだろうか。
「ああ、君を倒すのはもう止めだ」
ライラは俺に挑まないと宣言した。これで決闘の日々は終わりだ。平和が訪れた。
「今日から弟子にしてもらう」
「弟子?」
「ああ、よろしく頼む。いや、お願いします。師匠」
「師匠?」
「はい。師匠のもとで剣を鍛え直して、いつか師匠に勝てるようになって見せます」
「待って、俺は弟子なんてとらない」
「大陸剣術最高評議会に父を通して正式に要請します」
「わかった。引き受けるからやめて」
大陸剣術最高評議会とは剣聖を始めとする剣士たちの格付けや剣聖の任命などを行う組織だ。剣聖になった時もそうだがこれもまた面倒くさい組織だ。大事にしたくない。
「では、改めてよろしくお願いします。師匠」
ライラはニッコリと微笑んでみせた。
「ああ」
平和な日々を迎えたわけではなかった。
しかし、女の子を倒して強さを認められて弟子入りされる。
これってライラルート突入なのだろうか。
あまりのことにそんなアホなことを考えるのだった。
*
「来ない」
ライラを弟子にした次の日。
今日より朝から二人で修行することになった。そのため待っていたのだがライラが現れなかった。
スマホなどのないこの世界では待ち合わせ場所に来ない相手に連絡の取りようがない。
ひょっとして舐められたのだろうか。
いや、違うな。どこの世界に弟子入りした次の日に師匠との約束を破る弟子がいるだろうか。
もしくはからかわれたのだろうか。
いや、違うな。三戦三敗の完全な負けが悔しかったのだろうか。だとしてもあの強くなりたいと願うライラの瞳にそんな気配はなかった。
どれだけ待ってもライラは現れない。
まあ来ないものを待っていても仕方がない。
「始めるか」
俺は一人でいつも通り鍛錬を開始するのだった。
*
朝の鍛錬を終えた俺は冷静になって考えていた。
ライラ・テテニス。十五歳。俺より二つ年上で父は剣聖。
いきなり新キャラが出てきたが、俺はライラなんて知らない。
そもそも剣聖ジュピターだって初めて聞く名だ。剣聖は十二人いるが〈ルーン・シンフォニア〉に出てきたのはほんの一部だ。
ライラだってそうだ。
ゲームの舞台は今から二年後。
ライラは今二年生だから本来のゲーム開始時には卒業している事になる。
卒業しているから会わないのか。そもそもライラという存在がゲームにはいないのか。
こればっかりはゲーム制作スタッフにでも聞かないとわからない。
最悪ネット環境があれば調べるのだが、この世界はもとの世界と繋がっているわけでもない。
それなのでライラ・テテニスの存在がどんな意味を持つのかわかっていなかった。
だがしかし、薔薇のようなセシルや白百合のようなルーナほどではないが可愛い少女だ。
お近づきになるのもいいだろう。
「聞いたか。ライラ・テテニスが退学したらしいぞ」
名も知らない同級生達の会話が急に聞こえた。
「おい何の話だ?」
俺は話をしていた同級生に詰め寄る。
「ライラ・テテニスが退学させられたって噂だ」
「退学……させられた?一体誰にだ」
俺の問いに同級生は口を開いた。
「公爵令嬢のセシル・ルグランジュ」
その人の名前を聞いて固まった。
「セシル?」
「そうだ。あの女が権力でライラを追放したって」
その話の後、教師からライラが退学した事を聞いた。理由は自主退学としか聞けなかったが退学は本当だったのだ。
悪役令嬢。セシル・ルグランジュ。
あの同級生の言葉を全部信じるわけではないが、そんな単語が頭に浮かぶ。
俺の勘違いでなければ、理由は不明だがセシル・ルグランジュが悪役令嬢として覚醒してしまった。
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