第10話「平和な日々にはならないとわかっていても」

 乙女ゲーム〈ルーン・シンフォニア〉には決闘イベントと言うものが存在する。

 本来はルートに入った攻略対象を操ってライバル(モブ)と戦うのだが。

「ヴェイン・バーネット。貴様に決闘を申し込む」

 こんな感じで入学して一ヶ月経っていないのに早くも決闘十回目。とうとう二桁の大台に突入した。

 オスカーと違って俺は弱く見えるのだろうか。

 決闘は正式なもので学園内の闘技場と呼ばれる場所で行われる。学園内とはいえ立派な作りであり多数の観客が入る観客席もいる。決闘時には観客席は満員になり全校生徒全員の前での争いになるのだ。

 当然、オスカーやセシルやルーナも見ている。絶対に負けられない戦いだ。オスカーに情けない姿は見せたくないしセシルやルーナにいいところを見せたい。

 闘技場の中心には俺と俺に決闘を挑んだ相手と審判役の教師がいる。

「始め」

 教師の開始宣言と共に相手が剣を振り上げて飛び込んでくる。

「くらえ」

 振り下ろされた剣をサイドステップで軽く交わした。

 その俺の動きに歓声があがる。

 一般人には鋭い動きに見えるのだろうが剣聖にとってはなんてことない動きだ。

 最初の攻撃でわかった。悪いがまるで相手にならない。

「くそ。逃げるな」

 そう言いながら再び剣を振り上げてくる。

 俺は相手の繰り出した攻撃をかわして腹に拳を入れる。

 前回はほんの少しだけ苦戦したが今回の相手は一撃で終わった。

「勝者。ヴェイン・バーネット」

 教師が終了を告げてこの日一番の歓声があがった。


         *


「疲れた」

 十度目の決闘を終えて俺は疲れきっていた。

 決闘をしたことへの疲労困憊ではない。勝負は軽い動きとパンチ一発で終わった。疲れる要素が全くないのだ。それなのに俺は疲れきっている。

 こんな感じで決闘の日々が続く事に対してだ。さっきの決闘中にも俺に挑もうと思っているであろう生徒達の敵意ある視線を感じていたのだ。

 どうも俺は公爵家に取り入って大した実力のないのに剣聖の称号を手に入れた卑怯者と言う事になっているらしい。こうして決闘では実力を見せつけているつもりだがそれでも何故か俺への決闘申込は減らない。

 一回、決闘で相手を徹底的に痛めつけて俺に挑むのを恐れさせようと考えた事もあったが、オスカーとセシルに相談した時に「それはやめておけ。敵を増やすだけだ」と止められてしまったために挑まれるままにうけている。挑むのを断るのはそれはそれで問題になるそうだ。

 決闘は受けても受けなくても面倒くさい。なので普段はなるべく人目のつかないところで過ごしているようになった。

 最近は学園の裏の広い森で安らぎの時を得ている。

 自宅の屋敷の裏のようで落ち着くのだ。

「お疲れ様」

 声をかけられて目を開いた。セシルだった。 

 やはり学生服姿も可憐だ。

 俺は寝転がっている。セシルはそんな俺の頭の少し前に立っている。

 下から見上げる姿だ。スカートの中を見るには絶好の機会なのだがスカート丈が長いのが残念だ。せっかくゲームの世界なのにスカート丈が長いのが学園の制服の標準仕様だ。

「何を考えているの?」

 セシルの問いかけに「パンツが見えないか考えていた」などと言えずに言葉を選ぶ。

「何で俺だけ決闘を申し込まれるのだろうか?俺の強さは見ているはずなのに挑んでくる奴が後を絶たない」

 セシルに言っても仕方のないことだが、つい愚痴ってしまった。

「あっ。それ私のせいよ」

 なんかセシルがとんでもない発言が聞こえた。

「セシルのせいってどういうことだ?」

 俺は起きあがってセシルに尋ねた。

「入学してからずっと男子から色々声をかけられて迷惑だったのよ。でもある日いいことを思いついたの」

「いいことって?」

 なんだか嫌な予感がしながら尋ねている。

「私の好みは剣聖ヴェインを倒せるような強い人よって言うの。そうすると勝手にヴェインを倒せば私に気にいられると思ってヴェインに挑むでしょう。そしてヴェインに負けたら勝手にあきらめてくれるの。いい考えだと思わない」

「思わない!」

 なんてことだ。強さを見せつけても挑んでくる奴が減らないわけだ。元凶は目の前にいた。

「なんてこと言ってくれたんだ」

 さすがは悪役令嬢。やることが悪魔に近い。

「学校生活が退屈じゃ無くていいでしょう?」

「退屈でも平和な方がいい」

 ここまでくると今更セシルに撤退してもらったところで完全に事態が収まる事はないだろう。

 平和な日々にはならないとわかっていても、それでも平和を祈ってしまう。だって祈る以外に解決策が思いつかないから。

「そう言わないで頑張って。私に言い寄る男子がいなくなったらご褒美をあげるから」

「ご褒美って━━」

 そこから先は言えなかった。

 セシルの唇に口を塞がれたからだ。

 固まったままでいるとセシルの顔がゆっくりと離れる。

「先払い分よ」

 小悪魔みたいな笑みを浮かべてセシルがそう告げる。

 セシルとの二回目のキス。

「きちんとできたら全部あげるから。頑張ってね」

 セシルのその言葉に、「全部ってどこまで?」と聞けないまま高速で首を縦に振った。

「……頑張ります」

 平和な日々にはならなくてもいいと思った瞬間だった。

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