第7話「魔女と剣聖の覚醒」

 俺は十一歳になって社交界デビューも果たした。

 同年代のオスカーにどうすれば平然と出れるようになるのかと聞いたら「慣れだよ」と言われたものの、オスカーの言う通り社交的ではない男でも数をこなすと意外と慣れて来るものである。

 礼儀作法の教師のロッテの教えをよく守るようにしているし、公爵家のオスカーとセシルが一緒にいていろいろとサポートしてくれる。

 未来の悪役令嬢であるセシルとの交流は続いている。

 セシルは日に日に美しく成長していく。信じられない事に今でも仲は良い。

 子爵家の跡取りと公爵令嬢。多少の身分違いではあるが、剣聖になればセシルとの結婚も考えられるのではないだろうか。

 そしてすぐ傍では三つ年上のルーナ。十四歳。

 去年から胸の成長が著しい。

 最近は唇にキスをするようになった。

「ヴェイン様。朝ですよ。起きてください」

 今日も愛しい未来の嫁の一人に体を摩られる。

「キスしてくれたら起きるよ」

 こんなやりとりも日常茶飯事だ。

「わかりました」

 声のすぐ後に唇に感触。だが、いつもと何かが違った。

「ルーナ?」

 目を開いて視界がクリアになっていく。

 そこにいた人物は、想像外の人物だった。

「おはようございます。ヴェイン」

「……………セシル?」

 メイドのルーナではなく公爵令嬢のセシルが立っていた。

「どうしてここに?」

 俺の問いに答えずに、セシルは考え込んでいた。

「セシル?」

「いつもこうして起きているのね」

 セシルが自分の唇に指をあててそう言った。

 よく考えてみたらセシルとの初めてのキスだ。急に胸がドキドキしてきた。

「何でここに?」

 俺は再びセシルに問いかけた。

「チェスをしようと思って」

「こんな早くに?」

 たまに急に現れる事はあるが、寝起きで出会うのは初めてだ。

「公爵令嬢の唇を奪っておいて、そんな言いがかりみたいな文句はつけないでくださる?」

「いや、奪われたのは俺のほうなんですけど」

 意識がもうろうとしていた時にキスされたのだ。奪われたのは俺の方だ。

「キスして欲しいって言ったのはヴェインの方じゃない」

 それはそうだ。奪ってくれと頼んだ結果だ。

 セシルは顔を赤らめている。滅茶苦茶可愛い。

 なんだろう。完全にセシルルートに突入した。いや、確定した。

 この子がどうしたら悪役令嬢になるんだろう。不思議だ。

「どうしたの。ヴェイン。指しましょう」

 セシルとチェスをする。

 こう言った対戦型のゲームをやるにあたって一番重要なもの。

 それは、自分と実力の拮抗した相手だと俺は思う。だからセシルもこうしてわざわざ遠い公爵領から我が家に訪れるのだろう。

 一進一退の攻防を広げて、セシルの猛攻を受けて今日は負けてしまった。

 チェスだけではなく、セシルと話をしたり庭を一緒に歩いたりしている。普通にデートをしているようだ。

「今日も楽しかったわ。ヴェイン。また来るわね」

「ああ」

 帰宅するセシルを見送った。

 今ではもうセシルが悪役令嬢なんて勘違いじゃなかったかと思ってしまう。

「お兄様」

「アーテリー」

 そして未来の暴走魔術師となるかもしれないアーテリー。

 セシルを見送って屋敷に戻った俺に寄って来る。

 セシルとアーテリーはあまり会わせないようにしている。ゲームの中では悪役令嬢とその側近の間柄だからな。

 俺の教育のおかげでその未来は回避させるはずだが、それでも火種は少ない方がいい。

「見てください」

「何をだい?」

「私の魔法です。完全にマスターしました」

 いつかアーテリーが俺に魔法を見せたように暴風の魔法が発動された。

 屋敷も俺もなんの影響も受けていない。

「標的だけに影響を与えるようにコントロールできるようになりました」

「そ、そうか。さすがは俺の妹だ。でも他の人には内緒にしておくんだよ」

 俺は引きつった笑顔でアーテリーの頭を撫でた。

「はい。お兄様」

 俺に褒められたアーテリーは満足そうに去っていった。

「魔女が覚醒してしまった」

 俺は小さく呟いた。

 俺の望みと別に、アーテリーは暴走魔術師への道を進んでいた。


          *


「うぉー」

 俺は一心不乱に剣を振るっていた。

「精が出るな。ヴェイン」

 横で休憩中のオスカーに声をかけられる。

「一刻も早く剣聖にならなければならない」

 言葉を返しながらも修行に全力を注ぐ。

「そうだな。僕も負けないようにしなければ」

 もうすぐ剣聖になると言われるオスカー。

 だが、良く考えるとオスカーは「黒炎の魔術師」と呼ばれる魔術師で剣聖ではなく、剣聖は別の攻略対象のはずだ。それなのにこのままではどうも剣聖になる未来が最有力だ。

 だがそんなことを気にしている場合じゃない。

 オスカーと実戦形式の修行も行う。

「行くぞ。オスカー」

「来い。義弟よ」

 俺は修業に明け暮れた。

 そして一年の時が流れた。

「本日を持って、オスカー・ルグランジュに剣聖の称号を与えることとする」

 ルグランジュ公爵領の都市で、剣聖の一人であるリオ・バグラッシュの声が高らかに響く。

 続いて大歓声が響いた。オスカーが剣聖に任命される姿を見た公爵領の領民達が歓声を上げたのだ。

 いつかのセシルの姿が見えないように、俺はその様子を客観的に見る事は出来なかった。

 なぜなら、俺もオスカーの横に立っているからだ。

 オスカーの任命が終わった剣聖リオが今度は俺の方に来る。

「本日を持って、ヴェイン・バーネットに剣聖の称号を与える」

 オスカー程ではないが大歓声が響いた。

 俺は剣聖の称号を得た。同時に剣聖ってこうやって称号を得るのだと今日初めて知ったのだった。ビクトールは教えてくれなかったから。

「ヴェイン。これからも同じ剣聖として共に鍛えあおう」

「ああ。よろしく頼むよ。相棒」

 オスカーと拳を合わせる。すると、それを見ていた領民達から再び大歓声が上がる。

 こうして新たな二人の剣聖が誕生した。人知れず覚醒した一人の魔女と共に。

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