第6話「社交的ではない男の社交界デビュー」

 ルグランジュ公爵家との交流はバーネット家にとってとても良い影響を与えている。

 我が領内に定期的にセシルが現れる。さらに定期的にセシルに呼ばれて公爵領を訪れる日々を過ごしていた。基本的には会うのはセシルだが、兄のオスカーとも交流が続いている。

 そんな子供たちのためかは知らないがルグランジュ公爵はバーネット子爵との特産物の大型取引を行い領地経営の補佐役まで付けてくれた。その結果。ルグランジュ公爵家の領内経営は改善されていつの間にか借金もなくなっていた。

 セシルの友人を続けている限りは悪役令嬢の動向も知ることができる。いいことだらけなのだが。

「疲れる」

 思わずそんな言葉が出てしまった。

「ヴェイン様。お疲れでしたらこのままお眠り頂いても大丈夫ですよ」

「いや、眠いわけじゃないよ」

 頭上からの声に返答する。

 俺はルーナに膝枕をしてもらっている。

 セシルと言う美少女に現を抜かしているだけではだめだ。俺は未来の妻であるルーナとのデートをしていた。普段からこうして一緒にいる事は大事だし、一緒にいると癒される。

「ではそろそろお帰りになりますか?」

「いいよ。もうしばらくこうしている」

 ルーナの顔を見上げる。

 寝返りを打って上を見ると胸のふくらみがわかる。お風呂でこれを見るのが今の俺の生きがいだ。

 二人で静かな時を過ごした。

 永遠にこうしていたかったが太陽がゆっくりと沈んでいく。

「そろそろ戻るか」

「はい。お勉強の時間ですね」

 アーテリーと共に社交マナーについても学んでいる。

「公爵家に行った時に恥をかかないようにな」

 バーネット家の恥は晒せない。

「またセシル様の御屋敷に行かれるのですね」

 拗ねたようなルーナの声が聞こえた。

「あっ。すみません。でも、セシル様はとてもお美しいですし」

 ルーナが嫉妬している。

 可愛い。

 俺はセシルを抱きしめた。

「ヴェ……ヴェイン様?」

「セシルが薔薇ならルーナは野菊だ。どちらも美しい花だよ」

 華やかな花に綺麗な花。どちらも美しい。

 愛しき未来の妻を抱きしめた。

「もう今日は勉強はいいや。寝る」

「かしこまりました。ヴェイン様」

 マナー指導のために新たに雇い入れた教師のロッテに心の中で謝りつつ再びルーナの膝で眠りに着く。


          *


 運命の時は訪れた。

 ラグランジュ公爵家の屋敷を訪れた。

 屋敷に着いた俺はオスカーに出迎えられる。

「やあ、ヴェイン」

「やあ、オスカー」

 次期公爵とはすっかりツーカーの仲だ。今では身分差を気にせず話ができる。

「今日のパーティーは楽しみにしていたよ」

「俺は不安でいっぱいだ」

 正直もう帰りたい。始まってもいないのに帰りたくてしょうがないんだ。

「大丈夫だ。始まればすぐに慣れるさ」

「そう祈るよ」

 オスカーと喋っていると目前に公爵家のメイドさんが現れた。

「ヴェイン様。こちらへどうぞ」

「は、はい。じゃあ、オスカー。また後で」

「ああ」

 メイドさんに案内されていく。そこでオスカーと別れた。

 案内された先には一つの扉。

 メイドさんは部屋をノックする。

「セシル様。ヴェイン様をお連れしました」

「御苦労さま。入って頂戴」

 扉が開く。

 時が止まった。

 セシルと初めて会った時以上の衝撃。

 天使がそこにいた。

 煌びやかなドレスを身を纏ったセシル・ラグランジュの姿を見て完全に目を奪われた。

「本日はようこそいらっしゃいました。ヴェイン様」

「……お招きいただき光栄です。セシル様」

 言葉は絞り出したが俺の目はセシルに奪われたままだ。

 そんな俺を見てセシルが悪戯っぽく笑顔を浮かべる。

「ヴェイン様。私に見惚れているですか?」

「はい。見惚れています」

 素直に返事してしまった。

「ふふ。嬉しいです。ヴェイン様」

 だからその笑顔を止めてくれ。心臓が止まりそうだ。

「参ったな。まるで公爵令嬢みたいだ」

「これでも一応公爵令嬢よ。ヴェイン」

「そうだったな。でも普通に見惚れてた」

「光栄に存じます」

 会話しながらも美しいセシルのドレス姿を見惚れていた。

 今日はもう帰ってもいいくらいの満足感だ。

「今日のパーティを楽しみにしてね」

「いや、もう十分に堪能したよ」

 衝撃的すぎて正直社交界デビューへの緊張なんて吹っ飛んでいた。

 パーティも何事も無く過ごせるだろう。

 その時はそう思っていた。


          *


「ラグランジュ公爵家ご令嬢。セシル様御入場」

 音楽と共にセシルが歩く。

 皆がセシルのその美しさに目を奪われている。

 俺には見えない。

 だってセシルの隣をあるいているから。

「セシル様をエスコートしているのは、バーネット子爵家次期当主のヴェイン様です」

 司会の人がいらぬ紹介をしてくれる。

 失態を起こさぬように慎重に歩いてなんとかお役目を果たす。

 登場したセシルに貴族達が群がる。

 セシルのついでに俺にもいろいろと声がかかる。

「ヴェイン殿はセシル様とどういったご関係で?」

 そんなどストレートな質問をするやつまで現れる。

 どうしようかと横を見るとセシルが少し離れてしまった。

「ヴェインは私の親友です。ファルマン伯」

 オスカーが助け船を出してくれた。そしてどストレート質問男はまさかの伯爵様だった。

「オスカー殿の親友ですか?」

「そうです。ヴェインは近いうちに剣聖の称号を得る男。武勇に優れ公爵家の娘を妻に迎える事の出来る人物となるでしょう」

「ほう。それほどの人物ですか」

 伯爵様が興味深そうに俺を見ている。

「なのでセシルと結婚して弟になって欲しいと思っているのです」

 またこの男はとんでもない事を言いだした。

「お兄様。勝手な事を言ってヴェイン様にご迷惑をかけては駄目ですわよ」

 俺とオスカーの間に入るようにセシルが現れた。相変わらず美しい。

「ヴェイン様。お兄様の戯言は聞き流してください」

 この上流階級の人達のやりとりの中で俺は「はい」も「いいえ」も言えずに無言でうなずいた。

「いつか私がヴェイン様に相応しい淑女に慣れましたら迎えに来てくださいませ」

 悪役令嬢が今日最大の爆弾発言をした。

 セシルを見ると周囲からばれないように少し舌を出した。滅茶苦茶からかわれている。でも可愛いから許す。

「ほう。それでは当家もぜひヴェイン殿と交流をさせていただきたいものですな」

 そう言って結局その日はめちゃくちゃその伯爵の人に付き合わされる目にあうのだった。

 要所要所でロッテの指導が大変役に立ちこの場にいない指導役に感謝をすることになる。

 こうして、社交的ではない男の社交界デビューは大変注目されることになるのだった。

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