第3話「勝ち組だと思っていたあの頃」

 話は前世の高校時代の時まで遡る。

 改めて今になって振り返ってみると、我ながら本当に寂しげな青春だった。

 友達もあまりおらず、入った部活もいつからか行かなくなって一人家でゲームをするのが日課だった。しかもやるゲームは主にギャルゲーである。

 ひととおりギャルゲーをやりつくした俺は退屈を紛らわす為に全く興味の無かった女が主人公で男が攻略対象の乙女ゲーにも手を出してみた。

 買ったソフトは「ルーン・シンフォニア」というタイトル。

 ただの乙女ゲーではなく、通常のノベルゲームのシステムにRPG要素を組み込んだ作品。中々面白かった。

 主人公の少女は貧乏貴族の生まれ。借金だらけの男爵家の生まれだが実は正統な王家の末裔という設定。

 攻略対称は五人。王国の王太子と公爵家の跡取り三人と旧大公家の息子と合わせて五人。王都の学園に通い彼らと出会い愛を育んでいく。

 そしてこの物語には主人公と敵対する悪役ヒロインが存在する。

 悪役ヒロインは公爵令嬢。そしてその取り巻きの中心には子爵令嬢と男爵令嬢の二人。

 その取り巻きの一人。子爵令嬢の名はアーテリー・バーネット。

 二つ名は「暴風のアーテリー」である。学園編の一番手ごわい敵であり幾多のプレイヤー達をゲームオーバーへ誘っていった。

 作品の中ボス的な存在であり、最後は「暴走魔術師」と称される程の見境のない暴れっぷり。その強敵さはラスボスを差し置いて作中最大の敵とも言われている。詳細は省くがラスボス戦でも姿を現した最も厄介な存在だった。

 そのアーテリー・バーネットが、まさかの俺の妹だった。

「ねえ。ルル」

「どうしました。ヴェイン様」

「ローゼリア王国の公爵家の名前を教えて」

 一縷の望みを込めて俺はルルに尋ねた。

「はい。公爵家は三つあります。まずは宰相閣下のルグランジュ公爵家。王国の貴族で最も広大な領地を保有しております。王家に次ぐ実力を持つ家柄です」

 いきなり悪役令嬢の家の名が出た。そして悪役令嬢の父親が宰相なのも変わらずなのがわかった。

「そして『三大帝』の一人である剣帝アルフォンス様を擁するグローヴェル公爵家。一族から多数の剣聖を輩出した剣の名家です」

 ここでビクトールの言っていた『さんたいてい』の名前が出てきた。

 これに関してのみは初耳だ。ゲームでもそんな単語は登場しなかった。ただし剣帝アルフォンスは存在するし攻略対象であるヴィルヘルム・グローヴェル攻略ルートでも出て来る重要人物だ。

「最後にウェスター公爵家。軍の元帥を務める軍人一族でさらに領内の生産力は国内屈指です。以上の三つの家がローゼリア王国の公爵家です」

 アルフォンス・グローヴェルの肩書を除けばゲームの設定とそのままだった。

「大公家は?」

「大公家ですか?」

 ルルが首をかしげる。

「大公家は、何十年か前に断絶して今は存在していません」

「その大公家の名前は?」

「たしか、……ジルベスト大公家です」

 大公家の没落もゲームの設定どおりだ。

「ヴェイン様?」

 ゆっくりと目の前の景色が薄れて消えて行った。


          *


「お兄様!」

「「ヴェイン様」」

 見知らぬ天井を見上げた。いや、見慣れたこの世界の俺の部屋の天井だ。

 どうやらあまりのショックに意識を失ってしまったようだ。

「ヴェイン様。大丈夫ですか?」

「大丈夫。心配かけてごめん」

 急な絶望感に気を失ってしまったが体調が悪いだけではない。本当に大丈夫だ。

「今ビクトール様が医者の手配をしているところですが」

「すぐに止めて!」

 全然大丈夫じゃなかった。ビクトールなら王国一の名医とか呼びだしそうだ。

 心配になって一気に意識が完全に覚醒した。

「直接言わないと」

 俺は急いで体を起こす。

「ヴェイン様。どちらへ?」

「父上の許へ」

 ルル経由ではなく直接言わねばならない。本当に大金払って名医を呼んでしまう。うちはそんなに裕福じゃないのに。

「駄目です。まだお動きになっては」

 ルルが俺を止めようとする。

「でも、僕が言わないと父上は聞かない」

「大丈夫です。私がビクトール様を呼んできます。そしてヴェイン様が大丈夫だと言うのを見て頂きましょう」

「わかった」

 ルルはびっくりするくらい的確な判断をしていた。

 俺が起きるのを止めたルルは急ぎ部屋を出て行った。

 とりあえずルルに任せるとして俺はベッドに腰掛けた。

「お兄様。何か病気ですか?」

 アーテリーが横に座り尋ねて来る。

「病気じゃないよ」

「じゃあ何で倒れたんですか?」

 一瞬君が原因だよと言い淀んでしまった。

「安心して。何でもないよ」

 俺はアーテリーの頭を撫でた。

「ルーナ?」

 アーテリーの隣で何も言わずにいるルーナを見ると、涙を流していた。

「御無事で良かったです。ヴェイン様に何かありましたら。ルーナは」

「本当に心配かけてごめんね」

 愛しき未来の妻の頭を撫でた。

 心が穏やかになったのだが、すぐに現実に戻った。

「ヴェイン。無事か!」

 物凄い勢いで走ってきて扉を破壊しながら部屋に入ってきたビクトールに大丈夫だと何度も説明してなんとか落ち着いてもらったのだった。


          *


 二度目の人生を前向きに生きようとしていた俺に、絶望的な未来が立ちはだかった。

 しかし、それでもこの世界で生きる理由はある。

 今の俺の最たる生きる理由。それは、入浴だ。

「ヴェイン様。今日は体調が優れないのではないですか?お部屋でお休みになっていた方が」

「大丈夫。いつも通りにして。風呂に入らないと体調が悪くなるから」

 俺の生きる理由を一日たりとも奪われたくはない。

「かしこまりました。では準備を致します」

 そして待ちに待った入浴の時間を迎える。

 いつも通りルルとルーナを従えてアーテリーと共に風呂に向かう。

「ヴェイン様。失礼します」

 ルルが俺の服を脱がし、ルーナがアーテリーの服を脱がせる。

 続いてルルとルーナも服を脱ぐ。一糸まとわぬ姿で四人で風呂に入る。

 ルルとルーナとアーテリーと一緒に風呂に入るこの瞬間が俺の生きる理由だ。

 控え目に言っても眼福だ。

 特にルル。

 将来有望なルーナとアーテリーと違い既に完成しているルルの裸体を眺めるのが俺の日課だ。

 絶望的な家に生まれたがこの景色だけは転生してきてよかったと思える。

 少しずつ成長していくルーナを見ているのも最近の楽しみの一つだ。未来の嫁の成長具合をこんなに近くに見ていられる。

 アーテリーは血の繋がった妹だ。七歳と五歳だからかもしれないが将来的にも変な気はおこりそうにない気がする。そして変な意味ではなく純粋にアーテリーの成長も眺めてみたいものだと思う。兄としての愛情だろうか。

 俺は湯に浸かり、今日も至福のひとときを過ごすのだった。


          *

 

 俺はとりあえず剣と魔術を鍛えることにした。

 絶望的な未来が何だ。なんだったら家を出て冒険者でもやればいいじゃないか。

 攻略対象の一人に冒険者として活躍した男もいた。

 家族はビクトールとアーテリーだけ。あとはルルとルーナを養えればそれでいい。エディも一緒に連れて行こう。彼は優秀な人間だが生き方が不器用だ。

 金の心配もそうだし、もしも断罪イベント不可避の際は国家権力と揉めることになる。勝てないまでも全員で逃げられるくらいには強さが欲しい。そう考えると求めるのは割と圧倒的な強さだ。

「ヴェイン。最近は鍛錬への気迫が凄いな」

 ビクトールにそう言われた。

 勝ち組だと思っていたあの頃が懐かしい。

 それから二年がたった。

「凄いな。単純な魔術の威力だけなら私をも超える。九歳とは末恐ろしい」

「本当です。将来。いや、数年後には剣聖か大魔導士に間違いありません」

 ビクトールとエディにはいつも絶賛されている。

 だがビクトールに勝てない。

 戦い方の年季が違う。

「まだです。俺は父上には勝てない」

 口に出す一人称も「僕」から「俺」に変えた。

「その日は近いぞ。我が息子よ」

 某SF作品の騎士の師匠のような目でビクトールは俺を見た。

「私はお主が羨ましい」

 ビクトールは俺の頭を撫でた。

「剣と魔術の才能に溢れている。今のまま鍛錬を続けて行けば、何不自由ない人生が待っているぞ」

 不自由だらけの未来が近づいているのでそれに向けて自分を鍛えているのです。マスター。と心の中で思ったが口には出来なかった。

「何と言ったかな。南の国で言い方があった。ああ、そうだ。確か「勝ち組」だ。人生を勝ち負けに分けた時にいい人生を送っている者を指すそうだ」

 この世界にもそんな単語があったのか。

「お主が私を超えた後の時代。お主の活躍を楽しみにしているよ」

「はい。父上」

 ほんの少しだけ、勝ち組だと思っていたあの頃を思い出しながら俺はビクトールにそう答えるのだった。

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