第2話「現状把握(あるいは長い長いプロローグ)後編」

 五歳になった。

 俺の今の生活は、主にビクトールとエディのコンビとの修行の日々だ。

 ビクトールは実戦の相手として、エディはコーチのようにマナの使い方を見てくれる。

 エディの知識はマナの使い方に留まらず、一般の教養も兼ね備えていて俺の家庭教師も兼ねるようになっていった。ビクトールも「知識も力になる。これも修行のうちだ」と言って俺に色々と学ばせようとしている。どうもこの世界は字の読み書きができたり簡単な算数が出来れば天才と呼ばれるレベルのようで俺はあっという間に天才レベルに達した。ただ実戦に関してはビクトールに本気を出させるところすらまだ遠いところだが日々成長を自分でも感じている。

 そんな感じで俺もすっかり修行が楽しくなった。

 今日もまた、ビクトールを探して屋敷を走る。

「うわっ」

 走っていると、何かにぶつかった。

「ヴェイン様。お気をつけてください」

 ぶつかったルーナにそのまま抱きしめられるような体勢になった。

 身長差的にルーナの胸元に俺の顔があたる。胸のふくらみはまだ全然ないが、それでも顔を離して見上げた先にあるルーナの顔を見るとドキッとする。

 ルーナは八歳。まだまだ子供の年齢だが、五歳の視点から見ると随分大人に見える。

「ねえ。ルーナ」

「何ですか。ヴェイン様」

「大きくなったら、僕と結婚してくれる?」

 ルーナに見惚れて、思わずそのままプロポーズしてしまった。

 八歳の少女に何言っているんだとすぐに自分にツッコミを入れたが、ルーナは俺を見てニッコリと微笑んだ。

「はい。喜んで」

 ルーナは笑顔のままそう答えた。プロポーズ成功だ。

 可愛い幼馴染と結婚。完全にこの人生もらったと思った。

 その日の修行の終わりにルーナの母であるルルに報告に行った。

「ええ、ふつつかな娘ですがよろしくお願いします」

 ルルもまた笑顔でそう答えた。

 相手の親に「娘さんをください」イベントも無事に突破した。

「いや」

 そんな呟きと共に、オッケーをくれたはずのルルが何かを考えだす。

「ヴェイン様。やはりそれはダメです」

「えっ」

 成功したプロポーズは相手の親によって却下された。それも一回承認された後に。

「お母さん。どうして?」

 俺じゃ無くてルーナがルルに尋ねる。

「ルーナじゃヴェイン様の正式な妻にはなれないわ」

「そんな!……でも、結婚できなくても、私はヴェイン様の傍にいます。一生ヴェイン様にお仕えします」

 ルーナは力強くそう告げた。正直うれしくてたまらない。ちょっと涙がでそうだ。

「そう。それならいいの。その心構えを忘れないでね」

 ルルはそんなルーナを見て満足そうに優しく微笑んだ。

「どういうこと?」

 言動の意味がわからなくて俺はルルに尋ねる。

「ヴェイン様はいずれ子爵になられる御方。当然結婚相手には貴族のご令嬢を迎えなければいけません。だからルーナと結婚することになってもルーナは側室の扱いになります。ルーナは側室として立場をわきまえるように。いいわね」

「わかりました」

 ルルの言葉にルーナは頷いた。

 俺もようやくルルの言葉の意味がわかった。

 俺は子爵家の当主になる。

 正妻は貴族の令嬢をとらないといけないのだろう。

「ヴェイン様。立派な御当主様におなりください。私もルーナも、生涯を賭けてお支え致します」

「うん。立派になる。だから二人ともずっと僕の傍にいてね」

「「はい。喜んで」」

 親子二人で声が揃った。良く考えるとルーナだけでなくルルへもプロポーズしたみたいなセリフだった。

 そして、ルーナと結婚することが決まった俺は立派な貴族になるために修行をさらに頑張った。

 魔術の才能があると言われた。

 剣の才能があると言われた。

 強くなっているのは日々感じられるが、模擬戦ではまだまだビクトールに敵わない。

「まだまだだな」

 今日もビクトールにコテンパンにされてしまった。

「いずれは父上を倒します」

「楽しみにしているぞ。息子よ」

 そう言ってビクトールは嬉しそうに微笑んだ。


          *


 俺はこの世界で人生を満喫する。

 六歳になり、修行開始から二年が経過して、俺は改めてそう思った。

 恵まれた環境に生まれて、将来に向けて努力もしている。

 その日もうきうきとした気分で屋敷を歩いていた。

 すると前から俺よりも小さな子がてくてくと歩いてくる。

「お兄様」

 少女は俺を見つけると足早に近寄ってきた。

「お兄様。聞いてください」

「どうした。アーテリー」

 妹のアーテリー。俺に懐いてくれる可愛い妹だ。

 四歳ながら母親似の美しい少女。いずれは名のある貴族達から求婚されるようになるだろう。

アーテリーは子爵家の令嬢である。当然嫁ぐ相手は貴族の人間だ。低い可能性だが相手の男は大貴族か下手したら王族になるだろう。だが、仮に国王陛下だとしても、もしもアーテリーを泣かせるような奴がいたら殴って見せるくらいの気概でいる。それどころかアーテリーと結婚が決まっただけで相手の男を殴ってしまいそうだ。妹をとられた嫉妬で。それだけじゃない。結婚相手だろうがそうでない相手だろうが、もしもアーシェを泣かせるような男がいたとしたら、生まれてきたことを後悔するような目に会わせてやる。絶対に。そう思えるほどの可愛く愛しい妹だ。

「どうしたんだい。アーテリー」

 まだ見ぬ未来のアーテリーの旦那に嫉妬しているのをばれないように平然とアーテリーに用件を尋ねた。

「私ね。魔女になりたい……です」

「魔女?」

 まだまだ言葉遣いが出来ていなく敬語があったりなかったりと今日も可愛いなと一瞬思ったが、すぐに「魔女」の単語に興味を引かれる。何かの影響だろうか。

 だがこの世界の「魔女」は悪しき存在を指す。女性でも「魔術師」と呼ばれるのが普通だ。

「アーテリー。魔女は悪い存在だよ。魔術師って言いなさい」

「わかりました。魔術師になる。見てて」

 そう言うとアーテリーは右手を上げて魔術を発動した。

 暴風。

 ビクトールでも出したことない強大な風の魔術だ。

 と言うか風圧で飛ばされそうになる。しかも屋敷の中なのに建物には影響がない。アーテリーを中心に高密度に術が発動していた。

「アーテリー。止めて。止めて」

「わかった」

 アーテリーが右手を降ろすと風がやみ、何事もなかったかのように俺の目の前の景色は元に戻った。

「アーテリー。今のは?」

「凄いでしょう」

 アーテリーは胸を張っているが、若干四歳の子供がこんな魔術を放つか?

「アーテリー。今のは風の魔術だよね。他には何が使えるの?」

「私が出来るのはこれだけ」

「今の風の魔術だけ」

「うん」

 風の魔術に特化したか。だがそれにしてもこの威力は凄すぎる。

「アーテリー?」

 俺は妹の名を呟いた。

「何?」

「いや、なんでもない」

 アーテリーを呼んだわけではない。アーテリーの名にピンと来たのだ。

 アーテリーの名前だけじゃない。

 ローゼリア王国?

 バーネット子爵家?

 そしてここにアーテリーの名が加わってある事実に気付いた。

「まさか」

 アーテリーは母親似。

 俺は慌てて屋敷の両親の肖像画がある部屋に駆けこんでみた。

 そして屋敷にあった母親の肖像。父親の肖像は全然見ないが近い将来のアーテリーの姿として何度もそれを見ていた。その母親の肖像を改めて眺める。

 絵の中の母親を見て、誰かに似ていると思ったことがあった。

「アーテリー・バーネット」

 アーテリーの名をフルネームで口にした。

 俺はこの世界に転生する前からアーテリーを知っている。

 乙女ゲームの「ルーン・シンフォニア」に出て来る暴走魔術師アーテリー・バーネット。

 この家、バーネット家はアーテリーの実家だ。

 もっと細かく言うなら、ここは乙女ゲーの世界で暴走魔術師アーテリーのせいで一家まとめて断罪されるバーネット子爵家だ。

 そうだ。俺の記憶が確かなら、一人娘のアーテリーがゲームの主人公だけでなく王国に多大な被害を与えてその罰としてバーネット子爵家は取り潰しになったのだ。

「あれ?」

 自分の記憶と異なる事実に気付く。

「一人娘?」

 違う。

 ゲームの設定ではアーテリーは一人娘だった。だが今は違う。

 上に俺がいる。バーネット家は二人兄妹だ。アーテリーは一人娘ではない。

「……ヴェイン・バーネット?」

 自分の名を呟きながら、ゲームの知識を引っ張りだすが、該当はしなかった。

 俺の記憶が確かなら、「ルーン・シンフォニア」には「ヴェイン」と言う人物がそもそも出てこない。

 ここが乙女ゲーの世界だとして、俺って一体何者なんだ?

 だがそれ以上に、ここがゲームの世界だとするとあと十数年でバーネット子爵家は没落……いや、断罪される。

 確か追放とかではなく処刑だった。一族まとめて殺されてしまう。アーテリーは最後の戦いで死亡して残った家族は処刑されたはずだ。

 この日、第二の人生の順調な歩みにブレーキがかかる音が聞こえたのだった。

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