第4話「悪役に見えない悪役令嬢」

 ビクトールを倒す事は出来ないが攻撃をあてることができるようになったのは九歳の時だった。

 まだビクトールを倒すにはいかないな。と思っていると屋敷をどすどすと走る音が聞こえる。この音はビクトールだ。小柄ながら一々迫力のある動きをする人物だ。

「大変だ。ヴェイン」

「どうしました。父上」

 ビクトールが超うろたえがちに慌てている。珍しい光景だ。

「る、る、る」

「落ち着いて下さい。父上」

「旦那様。こちらを」

 ビクトールは後ろから走ってきたルルからコップを受け取ると水を飲みほした。

「大変だ。ヴェイン」

 ビクトールは言いなおした。

「ルグランジュ公爵家から手紙が来たのだ」

「ルグランジュ?」

「そうだ。ルグランジュ公爵家の姫君であるセシル様がヴェインに会いたいと」

「何で?」

 いきなりの展開に俺も頭が混乱してきた。

 いや、まてよ。……セシル。聞き覚えのある名前だ。たしかどこかで。

「セシル・ルグランジュ!」

 俺は驚きの声を上げた。

 公爵令嬢。セシル・ルグランジュ。

 ルーン・シンフォニアの悪役令嬢。暴走魔術師アーテリーを引きつれて主人公の前に立ちはだかる作中の真のラスボス。

「どうして俺に?」

「わからん。とにかくお主を名指しだ」

「あっ」

 俺を名指しと言う部分を気付いた。

 これはイベントだ。

 セシルは九歳の時に七歳のアーテリーの評判を聞いてバーネット子爵家に訪れたのが二人の最初の出会いだった。

 アーテリーが目立たないように、アーテリーには「可愛い妹には俺が修行を付ける」と言ってアーテリーの一番苦手な土魔術だけ習わせていてビクトールの興味を俺に向けさせていた。

 アーテリーの評判を上げない作戦は功を奏したが、代わりに俺の評価がセシルを呼んでしまった。

 どっから情報が漏れたのだろうか。俺の修行だってバーネット子爵家の屋敷内での出来事でしかない。情報源が凄く気になるが今はそこではない。

「父上。落ち着きましょう。急で驚きましたが、向こうが会いたいと正式に言ってきている以上会わないわけにもいきません。すぐにお会いしましょう」

「わ、わかった。そのように返答を出しておこう」

 こうして、ビクトールはルグランジュ公爵家に返事を出した。


          *


 そして、運命の日は訪れた。

 屋敷の入り口の目の前で俺とビクトールとアーテリーは立って待っていた。

 ルグランジュ公爵家の豪華な馬車が視界に入る。

「来たぞ」

 目の前にいかにも大貴族らしい豪華な馬車が止まり、ゆっくりと扉が開いた。

 一人の少女が下りてきた。

 一瞬で目を奪われた。

 言葉で言い表せない美少女だ。

 この世界に来てルルと出会い、ルーナと出会い、成長していくアーテリーを見て、可愛い女の子には慣れたと思っていたが、前世と現世を合わせてもこんな美少女に会ったのは初めてだ。

 ゲームではさらに美しく成長した十五歳の姿だが、ここにいるのは九歳の少女。それでも目を奪われずにはいられない。

 煌びやかに光る金髪。瑠璃色の瞳。人形のような顔立ち。

「お初にお目にかかります。ルグランジュ公爵スノークが第三子。セシル・ルグランジュと申します」

 ドレスの裾を摘まみ、優雅な挨拶をする。

「バーネット子爵ビクトールです。ようこそいらっしゃいました。セシル殿」

 最初にビクトールが挨拶する。

「セシル殿。我が子供達を紹介させていただきます。……ヴェイン?」

「は、はい」

 ビクトールに促されてセシルに見惚れていた俺の意識がようやく再起動する。俺とアーテリーが前に出た。

「バーネット子爵家次期当主。ヴェイン・バーネットと申します」

 俺が自己紹介をする。

「ヴェインの妹。アーテリー・バーネットと申します」

 俺に続いてアーテリーも自己紹介をした。

 貴族的な所作を終えて頭を上げるとセシルと目があった。

 ドキッとしていると、セシルは優雅な動きで歩いて来て俺の前に立つ。

 至近距離から顔を見られる。ドキドキして心拍数が凄いことになっている。

「……セシル様?」

「ヴェイン様。この辺りを案内して頂きたいのですがエスコートをお願いできますか?」

 なんと答えればいいかわからずビクトールの方を見る。

 ビクトールは俺を見て首を縦に振った。「言われた通りにしろ」との合図だ。

「かしこまりました。セシル様」

 こうして俺は敷地を案内することになった。


          *


 バーネット家の屋敷は、正面こそ一見貴族風のきちんとした門がまえだが裏側は違う。

 裏には敷地の境界らしきものは一応あるが隣の森とほぼ繋がっている。

 賊が入ろうと思えばすぐに入れそうな屋敷で昔は裏門を強化したり警備兵を多く展開させていたが、当代当主になりそのシステムはなくなった。

 剣聖ビクトールが森を拠点にする盗賊一味を粉砕してからバーネット家の屋敷裏は平和なただの森に変わった。とのことだった。

 それでも宰相令嬢を連れて行こうとするべきところでもない。

 貧乏貴族の割にそこそこ広い屋敷の庭を案内しながら、セシルに「裏に広がる森が見たい」と言われて、そのまま森の辺りへ連れてこられた。

 美少女と二人きりでドキドキがとまらないが同時に警戒も解けない。

「ヴェイン様はかつて剣聖に一人に数えられたビクトール様から修行を受けてすでに四つの系統の中級魔術を使えるとお聞きしています」

 セシルの言う通り、俺は火、水、風、土の各系統の中級魔術まで使えるようになった。

「一応発動はできますが、まだ実戦レベルではありません」

「ですが、火系統は上級まで発動で来たともお聞きしました」

 その通りではあるのだが、一体どこからその情報を得ているのだろうか。

「失礼ですがどこでそのことをお聞きに?」

 気になりすぎたあまり聞いてしまった。

「ビクトール殿がそう仰っていたそうです」

 まさかの情報源うちの祖父兼師匠だった。まあ孫大好きな人だから周囲の貴族に自慢してしまったのだろう。そしてその情報が公爵家にも届いてしまいこの状況になってしまったようだ。

「私はヴェイン様ほどではありませんが、少し変わった魔術が使えますの」

 そう言ってセシルが手をかざす。

 火の魔術を発動させた。

 俺のとは違い、紅玉色に煌めく炎。アーテリーの風の魔術を見た時と同じ感覚。

 これが「紅蓮の魔女」の異名を持つ悪役令嬢の能力。

「ヴェイン様の魔術も見せて頂いていいでしょうか?」

 セシルの目の色が変わった。

 これが狙いか。

 やはり俺の見定めに来たのだ。

 ここで本気を見せるのはマズイ。

 どうすれば上手く誤魔化せるか考えていると、あるものが目に入った。

 セシルの腕のブレスレットに着いているあれは、見慣れたものだ。

「チェスの駒?」

 そう呟いた。

「えっ?」

 セシルが不思議そうな表情をした。

「ヴェイン様。チェスを知っているのですか?」

 急にセシルのテンションが上がった。

「え、ええ、一応」

 この世界に来てからはやったことがないが、そもそもこの世界にチェスがあるのを今知った。

「では一戦お相手頂けますか?」

 なんかセシルの目がさっきと違う感じで変わった気がする。

「いや、でも、屋敷にもチェス盤がありませんが」

「ご安心ください。簡易的なものをいつも用意しています」

 そう言われてセシルが現れた時の事を思い出す。

 セシルに完全に気をとられていたが、一緒に現れた従者みたいな人がどでかい荷物をかかえていた。

 あのでっかい荷物の中の一つか。

「では、及ばずながらお相手をさせていただきます」

「では行きましょう。ヴェイン様」

 屋敷に戻り、セシルとチェスをする。

 こっちの世界に来てからやっていなかったが、これでも高校時代はチェス部だった。もてそうな響きで入って全くもてなかった悲しい過去は割愛するが。

 部活に行かなくなって家でギャルゲーを中心の生活だったしチェスをやるのも部活よりも家にいる時にネットでやる方のが多かった。結局俺は一人が好きだったのだ。

 ブランクは有ったが、多分セシルの腕は全盛期の俺よりは下だ。

 相手のキングを追い詰める手を発見してそこにクイーンを進める。

「あっ」

 その手の意味に気付いたセシルが声を上げた。

「チェックメイト」

 嫌身にならない程度に小さく告げる。

 なんとかセシルを倒すことができた。

 そのままセシルと対局を振り返る感想戦をする。そうしているうちに外が暗くなってきた。

 あっという間にお別れの時間になった。

「ヴェイン様。今日はとても楽しかったです」

「私もです。セシル様」

 これは本心だ。

 この世界でもチェスがあるなんて知らなかった。

「本当はヴェイン様の魔術を見せてもらおうと思いましたのに、すっかり目的が代わってしまいました」

 それには俺も驚いた。

 きっとセシルの中では「チェス>俺の魔術」だったのだろう。

「ヴェイン様。今度は私の屋敷にいらしてください。お待ちしておりますわ」

 こうして、思わぬ展開を迎えて俺とセシルはチェス友達となった。

 来た時と同じようにビクトールとアーテリーと共にセシルを見送った。

「どうだった。ヴェイン。セシル殿は」

 馬車が去っていった後に、ビクトールは俺にそう尋ねてきた。

「全然悪役に見えませんでした」

「はっ?」

「あっ。いえ。友達になれました」

 慌てて言い直してビクトールにはそう報告するのだった。

「そうか。友達か。くれぐれもご無礼のないようにするのだぞ」

「はい。父上」

 こうして、悪役令嬢に見えない未来の悪役令嬢とのファーストコンタクトは終わるのだった。

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