俺の身体?
たかみ真ヒロ
本編
目が覚めたとき、最初に目に入ったのは真っ白な天井だった。ぼんやりとした意識の中、身体を起こして周りを確認する。
身体から伸びた何本かのチューブが点滴に繋がっていたり大きな機械に繋がっている。今いるベッドにも見覚えがない。
恐らく病院かなにかだということは分かった。ぼんやりとしているといきなり左前方の扉が開いた。人が入ってきた。女性か?
そんなことを考えていると相手はびっくりした顔をして部屋を出て行った。
「先生、カナさんが目を覚ましました。」
そんな声が廊下からこだましていた。俺はカナって名前なのかと思って妙な違和感を覚えた。俺は誰なんだ?そもそもなんでこんなところにいる?
次々と浮かんでくる疑問。しかし、一番妙なのは俺は男ではないのか?あるものが無くて、ないものが有る。
この妙な感覚は記憶が無くても間違いないはずだ。
しかし、記憶がないのだから自分は女で間違いないのだろう。この妙な違和感もじきに薄れていくのだろう。【俺】という言葉も人前では使わないでおこう。私、私…そう頭の中で呟いていると見知らぬ四十代ぐらいのおばさんが入ってきた。
「カナちゃん、良かった。本当に良かった。」
目に涙をいっぱいにしてそのおばさんは俺に抱きついてきた。
「えっえっ。」
状況が飲み込めず固まっていると次に入ってきたこれまた四十代ぐらいのおじさんがおばさんの肩に手を当て、
「今起きたばかりでカナは混乱してるんだ。離してやりなさい。」
と言った。二人の会話から推察するにこの二人は俺の両親ではないだろうか。
さっきからおばさんは泣いているし、おじさんはそんなおばさんの肩をさすりながらなだめている。
俺は無言のままそんな状況を見ていた二人の素性はすぐにカナの両親だということが確定した。
というのも俺が二人を見て何も反応を示さないことを後から入ってきた医者が不審に思い、俺の記憶がはっきりしているか確認してくれたからだった。
もちろん俺にはベッドで目を覚ました後の記憶しかないため、その旨を伝えるとおばさんはさっきとは違う涙を流しながらうずくまり、
おじさんはそんなおばさんを抱きしめ、よく飲み込めない言葉を口にしていた。
「しょうがないじゃないか。あんなことがあった後なんだから。」
「あんなことって?」
俺は思わず尋ねた。しかし、おじさんはこちらをチラと見、またおばさんに視線を向け黙ったままだった。
おばさんは一瞬言葉を失ったように静かになったがまた泣き出した。
俺は何があったか知りたくて仕方なかったがこんな雰囲気では黙ることしか出来なかった。
そうこうしているうちに黙り込んだまま面会時間は終了し、俺は病室のベッドで横になり真っ白な天井を眺めていた。眠気は全くない。
明日は検査が行われ早ければ3日後には退院になるらしい。
しかし、記憶は未だにはっきりしない。一般的な事は分かるのだがこれまでの思い出というものが全く浮かんで来ない。
医者が言うにはアルバムなど過去のものを見ると何か思い出せるかもしれないらしい。
明日あのおばさんが持ってきてくれるそうだ結局、寝付けないまま夜が明けた。
・・・
気付くとそこには昨日の母親がアルバムを持ち、横にたたずんでいた。どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
とりあえず、俺は自分が映っているであろうアルバムを見ることにした。
「これがあなたよ。」
おばさんが優しい声で説明しながらクラスの集合写真の中の一人を指差していた。髪型はロングのストレート、大きな目、端正な顔立ちの美人だった。
そう思ったのと同時に不思議な感覚に襲われたこいつが俺自身なのか?しかし、俺はこいつを知っている気がする。
知っているというのは自分ではない誰かという意味でだ。どうなっているんだ?結局、アルバムを見終わっても俺の記憶は戻らなかった。
そんな俺を見ておばさんは肩を落としていたが帰り際、
「明日は家族旅行の時のビデオ持ってくるから。」
と言って去っていった。おばさんが帰った後、俺はおばさんが持ってきてくれた着替えの入ったバッグの整理をする事にした。
中には替えの下着、俺が普段使っていたであろう化粧道具などいろいろ入っていた。
ふと思いつき化粧ポーチの中から手鏡を探したまじまじと自分の顔を見てみる。ア
ルバムで見た写真の顔がこちらを興味深げに見ている。ここである疑問が浮上してきた。俺はいったいいくつなんだ?
さっき見た高校のアルバムの写真とこの鏡に映った顔はあまり違いが無い気がするそもそも、
なぜおばさんたちは俺に年齢や近況を教えてくれなかったのだろうか?真っ先に説明してくれてもいいような気がする。
それに俺は何故病院にいるのだろう?どうして記憶を失ったのか?次々と浮かんでくる疑問。明日なんとしてもはっきりさせなくては。
・・・
翌日、早く起きた俺は今日おばさんに何を聞くべきか頭の中を整理しおばさんを待ち構えていた。
しかし、時間というものは不思議なものでこうして待っている時間はとてつもなく長いものだった。
やっとパタパタと廊下から足音が聞こえてきた。ガラッと扉が開いた。やっとか。そう思いながら顔を向ける。
しかし、そこには全く見覚えのない男性二人組がいた。
一方は痩せ型で眼鏡をかけた30代くらい、もう一方は40代くらいのいかつい顔をしていた。俺の知り合いか何かなのか?
それにしてはやけに歳が離れている気がする。そんなことを考えていると二人は俺に近づき、眼鏡のおっさんがこう言った。
「私たちは警察の者ですが、二、三お尋ねしたいことがあるのですがよろしいですか?」
どう説明したらいいのか。あまりの出来事に俺は言葉を発することが出来なかった。呆然としていると物凄い形相をした新たな来訪者が現れた。
「ちょっとあなたたち何をされてるんですか?」
俺の【母親】であろうおばさんの姿がそこにいた。
「あの子はまだ安心出来る状態じゃないんです。」
「お母さんそれは分かりますがこちらも遊びでやっている訳ではないんですよ。それに、事件の目撃者も多数いて、
後は娘さんに話を聞いて終わりなんですし。」
「やめてください。娘の前で。」
俺は閉められたカーテン越しにその妙な会話に聞き耳をたてていた。俺も会話に参加したかったがカーテンを開ける勇気が出て来ない。
聞こえてくる会話からどうやら俺は事件の関係者らしい。事件現場に俺はいたのか?ならどんな事件なんだ?
耳に神経を集中させながら頭の中でそんなことを考えていた。
「記憶喪失状態ですか。それは困ったな。どうします?」
「うーん、本人の証言なしってのはなあ…」
しばらく警察の人たちとおばさんの問答は続いていたが、
「今日のところは帰ります。」
と警察の人たちは帰り、おばさんがカーテンを開け、妙に明るい声で、
「カナちゃん、今日はちっちゃい時のビデオを持ってきたの。一緒に見ましょ。」
納得がいかなかった。さっきのことは何だったんだ?俺は思い切って聞いてみることにした。
「あのさ、さっきの警察の人たちって何しにきたの?」
しかし、言葉にしてしまった瞬間、俺の心の中は怖いという感情でいっぱいになってしまった不思議なものでさっきまであれほど知りたいと思っていたのにいざ知れるという状況になると途端に知りたいという思いよりも知りたくないという全く逆の思いが俺を支配していた。
それをおばさんは知ってか知らずか、
「それはまだ知らなくていいのよ。さっビデオを見ましょ。」
遊園地ではしゃぐ小さな女の子。
『カナね~。きょうはのりものいっぱいのるんだ~。』
そう無邪気に話している。
「この頃からずっとあなたは自分のことカナって言ってるわね。あなたももう21なんだからそこは直さなきゃね。」
思わぬところで自分の今の年齢を知ることが出来た結局、今日知れたのは年齢のみで何も思い出すことは無かった。
今、何が起きているのか、事件、警察…そんなことから自分を守るかのようにベッドの中で身体を丸くして眠りについた。
夕暮れのどしゃ降りの雨の中、俺は路上に横たわっている。
視線の先には、ずぶ濡れになってペタンと座った状態でこちらを見ている女性。
見たことがある顔だった。
しかし、顔は恐怖に満ちた表情だ。
どしゃ降りの雨の中、俺はどうしたのだろう。
俺は訳が分からずぼんやりと自分の右手を動かす、その手は真っ赤に染まって―――
「はぁはぁ。」
俺はベッドから跳ね起きた。呼吸はひどく、全身から大量の汗が流れている。ひどい夢を見たものだ。しかし、あれは本当に夢だったのか?
妙にリアルな感覚だった。時計を確認する。午前3時。再び眠りにつく勇気は無かった。さっきの悪夢を思い返してみる。
横たわっていた俺。座り込んでいた女性。そして真っ赤に染まっていた右手。あれは本当に夢だったのだろうか?
現実に俺はあんな体験をしたのではないか?馬鹿馬鹿しい考えが頭を巡る。しかも、あの女性は【俺】だったような気さえしてきた。
手鏡で自分の顔を見ながら夢の女性を思い浮かべる。一緒な気がする。どうしたんだ、俺はいったい。自分を見たってのか?
「ふふっ。あなたは今本当に不思議な気持ちでしょうね。」
「!?」
いきなり隣から声が聞こえてきた。聞き覚えのない声だった。思わず声のした方向を向く。
そこにいたのは長髪で真っ白なワンピースを着た少女だった。俺は言葉を発することが出来なかった。どうしてこんな時間にいるのか?
何故、俺の考えていることが分かったのか?そもそもこいつは誰なんだ?そんな次々出てくる疑問を考えることで精一杯だった。
しかし、その少女はまたも言葉を投げかけてきた。
「この暗い真実が真実だと分かるのはこの世界ではあなただけ。この世界の他の誰にもこの真実にはたどり着けない。どうするかはあなたの自由。それじゃ。」
それだけ言うと少女は部屋を出ていってしまった。追いかけたが廊下には誰もいなかった。廊下からベッドに戻った途端、俺は急激な眠気に襲われた。
「あれ?こんなに眠かったっけ?」
そうつぶやきながら俺の意識は途絶えていった。次に目覚めたのはお昼過ぎのことだった。
しかも目覚めて最初に目に飛び込んできたのはあの二人の刑事だった。
「お休みのところすみませんがちょっと尋ねたい事がありましてね。」
今日はあのおばさんが来ないことをこの二人は知っているのか。何が俺の身にあったのか。やっと知るときが来たようだ。
最初刑事の二人は俺の様子を伺いつつ一枚の写真を見せてきた。
その写真は高校のアルバムを切り出してきたようなもので一人の男性が制服姿で映っている。見た瞬間俺の心がざわついた。
そんな俺の表情を観察していた刑事の一人がこう切り出してきた。
「どうかされましたか?記憶が蘇ってきましたか?」
記憶は定かでは無いがはっきりとこの男のこと知っていた気がすることを説明した。
その後も、いくつかの質問をされたが、どれも俺にとっては、ピンとくるものがなく、
「うーん。やっぱり記憶が戻ってからのほうが無難ですかね?」
「どうすっかねー。」
「すいません。今日はこれで帰ります。失礼しました。」
俺は正直安心した。何らかの事件に巻き込まれている…ふと思いつき、スマホを取り出し検索をかけてみる。ついでにテレビもつけた。
検索の最中、テレビから正当防衛というワードが飛び交っていることに気づいた。ふと、スマホの画面から目を離し、テレビに目を向ける。
そこには、先ほど心がざわついた男の写真が右上にこんなテロップと一緒に表示されていた。
-ストーカー被害の女性、ストーカーを刺殺。正当防衛の範囲は?-
突然、頭がガンガンと割れるように痛み出した。意識が朦朧としてきた。ナースコールを押さないと…
そう考える頃には俺の意識は遠のいていて手遅れだった。
・・・
さっきまでの頭痛が嘘のように収まっていた。今まで靄がかかってはっきりしなかった記憶も今はすっきりしている。
そう。全てを思い出した。
コンビニで彼女はレジ打ちをしていた。彼女を見た瞬間に俺は恋に落ちた。
それからというものカナのシフトの時間を調べ、自分の仕事に支障をきたさない範囲でコンビニに行くのが日課になっていた。
しかし、なかなか声をかけることができず…
過去のことを思い返しながら、俺はそんなことは全く意味のないものだと感じた。そうなのだ、俺はカナなのだ。
この事実を知るものは誰もいない。
ふとあの少女のことが気にかかった。
あの子はいったいなんだったのだろう?
まぁいいか。恐らくあの口振りだと俺に危害を加えるつもりもないだろう。
万が一の場合は…
私は新しい人生を手に入れたんだ。
カナこれからはずっと一緒だよ。
俺の身体? たかみ真ヒロ @takamimahiro
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