第11話 ―最後のもくろみ―

 等々力警部補に保護された形で役場に到着した俊作と音禰は、宿直室のような部屋に通され、厳重な警備下におかれていた。俊作の足のケガはたいしたことは無かったが、音禰と二人で行動していたあとでもある。一応、事態が落ち着くまでは警察の管轄下においていた方がいいだろうという等々力警部補の判断であったが、後々この判断が適切であったことを全田一から称賛される。

「何かあったら、遠慮なく表の警官に申しつけて下さい。但し、このことは本陣と諏訪さんや古舘さんには報告させていただきますから、そのおつもりで」

 等々力警部補は二人を部屋に残し、誰かに本陣への使いをやった。

 部屋に残された二人は野宿で冷えた体を温め合うように抱き合っていた。さすがに分別をわきまえている二人なので、みだらな行為に及ぶことはなかったが、部屋にあった毛布や布団を身体中に巻きつけて身体を温めた。

「足は痛む?」

「大丈夫さ。キミこそ風邪ひいたりしてない?」

「意外と強いのよ、私」

 俊作は布団に包まれたままの音禰を引き寄せた。そして偶然にも窓の外に目をやった刹那、一瞬体が強張った。

 そこには二人がいる二階の様子を吟味するかのように見上げている老婆の姿を見つけたからである。二人の部屋がどこにあるかはわからないようだったが、明らかに二人を探しているようだった。

 俊作は音禰を抱きかかえたまま、首をすぼめて隠れるような姿勢をとった。その様子が不自然に見えた音禰が不安げな顔で聞く。

「どうしたの?」

「いや、何でもない。それよりもお腹が空いたな」

「うふ」

 音禰は手元にあるリュックから昨夜の残りのビスケットを取り出した。

「とりあえずこれで我慢してね」

「まだ残ってたのか。まずはこれで充分だ。キミもお食べ」

 そういうと、二人は食べさせあいながらビスケットをかじっていた。


 全田一と磯川警部が役場にたどり着いたのは、昼どきを少し過ぎたころだった。途中、千光寺の前を通ったとき、寺の中の様子を気にしたようだったが、誰も表に出ていないことを確認すると、そのまま通り過ぎた。

 磯川警部は、役場に到着するなり等々力警部補を探して、俊作と音禰の安否を確認した。

「二人なら、二階の宿直室にいますよ。警備もつけてあります」

 それを聞いて安心した全田一は等々力警部補に深く礼を述べた。

「よかった。ありがとうございます」

「えっ?今度はあの二人が狙われてるんですか?」

「おそらくは。ここ数時間の間にあやしい老婆の姿が見られなかったか、付近を聞き込みしてみてください。それともうお昼時でもありますし、役場の向かいに食堂があるでしょう、あったかいうどんでもとってもらえませんか。ボクと磯川さんの分も全部二階にお願いします」

 全田一は等々力警部補に口早にことづけると、磯川警部をつれて二階へと向かった。


 二階では、二人の警官が宿直室の前に立っており、厳戒態勢と行った雰囲気だった。磯川警部は二人に休憩するように伝えて労を労った。

 ドアを開けると二人は壁にもたれて布団にくるまったまま、しっかりと手を握って座っていた。磯川警部と全田一が部屋に入った瞬間、家来が姫様を守るような格好で半歩まえにでたが、それが磯川警部と全田一だとわかると、安心したように布団を脱いだ。俊作は全田一の前にひざまずくと、催促するように目線を投げかけた。その目線を受け止めるように全田一は答えた。

「大変遅くなりました」

 俊作は、目をキラキラ輝かせながら、

「全田一さん、例のものはありましたか」

 と全田一の顔を見るなり、即座に尋ねた。

 全田一はニコニコしながら、懐から巻物を取り出し、

「ありましたよ。これであなたは今日から正式に高頭俊作さんです」

 その言葉に驚いたのが磯川警部だった。

「えっ?まさか、この人が?」

「ボクは三人の身元調査から手がけていたので、警察が知らない情報を持っていました。あのニセ者はボクが入手した高頭俊作の印象と全く違ったんです。さらにいうと、高頭俊作の印象はは謎だらけだったんです。彼はとてもそんな風には見えなかった。やがて出生のルーツが岡山だろうとわかったときに、若林さんから高頭俊作の発見の知らせが入ったので、ボクの調査はそこで途切れてしまいましたが」

「そうなるとあのニセ者は誰なんですか」

「おそらくは俊作さんの従兄弟の高頭五郎、違いますか?」

 全田一はその回答を俊作に求めた。

「そうです。高頭五郎は父方の従兄弟で、古坂史郎は母方の従兄弟になるんですが、やつら、父や祖父から聞いたのでしょう。近年、事業に失敗した史郎が幾度か無心に来たりしてたんですが、無視してたところ、ついには五郎をそそのかして強硬手段に出たのだと思います」

「しかし五郎君はキミと間違えて誰かに殺されましたよね。まさかキミがやったなんてことは?」

「あの日はまだ新見の事務所にいたはずです。事務所に確認してもらえればわかるはずです。一人じゃありませんでしたから」

 そのとき、ドアをノックする音が聞こえ、警官が四人前のうどんを運んできた。全田一は押し入れの中からテーブルを引っ張り出すと、部屋の中央に置いた。

 磯川警部は取り次ぎに来た警官に何やら耳打ちをしてオカモチを受け取った。

 全田一はオカモチからうどんを出しながら、

「さあ、お腹が空いたでしょう。食べながら話をしましょう。ボクも腹ペコですからね」

 その言葉に四人が一斉に笑うと、皆一様に丼に手をつけ始めた。

「ボクはね、このお見合いは、誰かが仕組んだ出来レースだと思っています。まだ明らかにされていませんが、犬神佐清、それに鬼頭千万太の二人は、賢蔵さんや英輔さんの義弟か甥なんじゃないかと思います。いやいや、磯川さん、佐清は自分が元佐兵衛翁の妻月代の甥だと言っていましたか、それだと飛鳥家の遺産には全く関係がなくなります。月代の血縁だからこそ、遺産を受け取る権利があると思ったのではないでしょうか」

 するとその意見に反対するように磯川警部が口を挟んだ。

「しかし、それでも相続の権利はないように思いますが」

「それはね、元々賢蔵さんや英輔さんの生母にあたる人たちが、飛鳥の遺産目当ての結婚だと後になってわかったんですね。ですから佐兵衛翁は離婚ではなく、追い出すように離縁という形をとっています。離縁された側には、恨みつらみが残っていたでしょうね、もしかしたら、お前は佐兵衛の胤だなんていうウソもついたかも知れません」

「なるほど、で、俊作君の出生は?」

「これは、本人に確認したいのですが、あなた、早苗奥様の親戚じゃないですか?」

 今まで黙ってうどんをすすりながら全田一の話を聞いていた俊作だったが、箸を置いて、

「さすがですね。その通りです。ボクは早苗奥様が一度嫁いだ旦那さんの妹の息子です。つまり、早苗奥様の義理の甥になるわけです。母は言ってました。早苗さんには随分と可愛がってもらったと」

 磯川警部は驚いた表情で、

「キミは音禰さんと結婚することになってるとしってたのかね」

「何となくですけど。だからあの塔にあった手形のことを思い出したんです」

 磯川警部は今度は音禰にも尋ねてみた。

「私は全然知りませんでした。でも、後になると思い当たることがいくつかありました」

 音禰は自分も手形を押した記憶があることや家庭教師として三島東太郎なる人物が派遣されて、それが俊作だったこと、堀井敬三として、自分のことを守ってくれたことなど。

 今の磯川警部の頭の中は、ハチがブンブン飛び交ってるかのようにざわついている。

「全田一さん、あんたどこまでわかってたんですか?」

 全田一は頭をボリボリかきながらも、

「いえ、高頭俊作がニセ者だろうということと堀井敬三なる人物がもしかしたら、ぐらいのところですよ」

 うどんを食べ終えた俊作は、箸をおろして全田一に古坂史郎の行方を尋ねた。

「まだわかりません。結局、やつが首謀者なのか、誰かの片棒を担いでるのかもわかりません。もちろん最初は前者だったでしょうが、五郎が殺されてからは・・・」


 そのとき急に窓の外から声が聞こえてきた。

「こら、待たんか!」

 全田一が外をのぞくと、猛烈な速さで逃げていく老婆の格好をした人物と、さらにはそれを追いかける警官たちの様子が見てとれた。元々老婆姿の人物と警官たちとの距離があったため、役場裏の林に逃げ込んだ後は、いくつもある出口のどこから出たのかわからず、結局は取り逃すハメになってしまった。あの老婆はいったい誰なのか。少なくとも本物の老婆でないことは、今の寸劇で証明された。

 磯川警部はその老婆についての憶測を全田一に投げかけてみた。

「もしかして、あれは古舘史郎の変装なんじゃ?」

 全田一は色々と推理を混ぜ返すかのように、

「そうだと思うのですが、恩田幾三の動向が気になるんですがねえ」

 というと、磯川警部は、俊作を見て、

「しかし、古舘史郎にはチャンスなどありゃせんじゃないですか?こうしてちゃんとした高頭俊作がいるのだから」

「いいえ、高頭俊作は殺されたことになっています。今なら、音禰さんは誰と結婚しても良い状態です。なんせ、この巻き物のことまでは知らないですしょうからね。ですから三人の候補に代わって自分がという野心を持たなかったとは言い切れない」

 すると激しい口調で音禰が反論した。

「私、どんなことがあってもその人となんか結婚しませんわ」

 音禰は起こったような表情だったのだが、

「例えばあの男なら、もし俊作君がいなければ、どんな手段をとってでもあなたを自分のものにするでしょう。その後に逆らえずにいられないような状況を作ることだって、あの男ならやりかねませんよ。それでもあなたはそう言い切れますか?」

 音禰には覚えがあった。すんでのところで俊作に助けられたが、もしあのとき彼が現れなかったら、どうなっていたかわかったものではなかっただろう。そう思うと今さらながら震える音禰だった。

 磯川警部はますます困惑した様子で、

「しかし、古坂史郎がどこまで遺言状の内容を知っていたのでしょう。高頭五郎から聞かされてたんですかねえ」

「いやいや。候補者といえども、遺言状の詳しい内容までは聞かされてはいなかったんじゃないでしょうか・・・」

「だから古坂史郎が連続殺人事件の犯人じゃないとでも?」

「一番の容疑者ではありますが、第一に偽者の高頭俊作を殺す必要がないんですよ。彼は高頭五郎を俊作に仕立てて乗り込んでいるんです。なのになぜ殺す必要があるのでしょう。しかも一番はじめにです。ボクが思うには、少なくとも高頭五郎を殺した犯人は別にいる。そして高頭五郎が殺されたために古坂史郎のプランが狂った。そこから先、誰を味方にしたかによって変わってくるんです」

 そこへ、清水巡査がノックもせずに入ってきた。

「磯川警部、また事件です。また人が殺されました」

 それを聞いた磯川警部は、驚いて清水巡査に尋ねた。

「誰が殺されたのかね」

「それが、恩田幾三なんです、副村長の。村長には連絡を入れておきましたので、おっつけ現場に来ると思います。それにしても妙なのは、なぜか婆さんの格好をしてるんですよ。あやしい婆さんって恩田の変装だったんですかね」

 磯川警部と全田一、俊作と音禰がそれぞれ顔を見合わせて驚いたが、すぐに磯川警部は清水巡査にさらなる説明を求めた。

「その現場というのはどこかね」

「それがね、千光寺の西側の林なんです。こないだ犬神佐清が殺されたところです」

 全田一の顔が曇った。

「とうとう仲間割れが始まったかもしれませんね。早急に止めないと、何人死ぬかわかりませんよ」

 磯川警部は困ったような顔をして、

「そんなに多くの人間がからんでるんですか」

「多くないことを望むだけです」

 そういって立ち上がったが、俊作と音禰にはここに残るように伝え、等々力警部補に厳重な警備を依頼した。


 磯川警部と全田一は警察のクルマで現場へと向かった。途中のクルマの中で、磯川警部が持っていたいくつかの疑問を全田一に問いかけていた。

「もし、高頭五郎や鬼頭千万太を殺したのが犬神佐清で佐清を殺したのが古坂史郎と言われても、理屈的には納得できるんじゃが、なんであげえな判じものにする必要があるんかね、誰が知っとったんかね」

 全田一はしばらくうつむいていたが、やがて意を決したように顔をあげると、

「あくまでも想像、いやボクが求めてる答えの妄想といってもいいかも知れません。ボクは磯川さんと違ってプライベートデティクティブですから、勝手なことを言っても許されるという観点でいうと、殺した犯人と判じものに仕立てた犯人は別なんじゃないか。いわゆる事後共犯というやつですな。ですから、妙な判じものに仕立ててあるのを見て、一番驚いたのは、実際に手を下した犯人なのかもしれません」

 全田一の推理を聞いたときの磯川警部の驚きようはなかった。犯人たちの思いが交差し過ぎて頭が割れそうである。


 現場に到着した二人を待ち受けていたのは、現場検証を行なっていた警官と出川刑事であった。

「戻っていきなり大変だな。わかったかい、彼らのおいたちが」

 そう、出川刑事は高頭俊作と鬼頭千万太の出自を調べていたのであるが、その結果は、ほぼ全田一が想像していた通りであった。高頭俊作については自分で告白したのだから、間違いはないだろうが、出川刑事の調査で裏付けされたことになる。千万太もやはり佐兵衛の二番目の妻の離縁ののちの子供であった。彼もまた母親からは佐兵衛への恨みつらみを聞かされて育ってきたに違いない。そういう意味では、千万太も佐清も哀れな子供だったのかもしれない。

 恩田は頭を石のような凶器でかち割られていた。老婆の格好をしている以上、ただの被害者とは言えぬであろう。しかも一連の事件と考える限り、恩田幾三が主犯であるとは考えられなかった。

 全田一が死体を調べているとき、ポケットから不思議なものを発見した。名刺である。そして、そこに書かれていた名前を見て驚愕する。

「椿探偵事務所 岩下三五郎」

 なにゆえこの男が岩下三五郎の名刺を持っているのか。その答えは名刺の裏にあった。


『古坂史郎殿

 今夜二十二時、飛鳥会館裏門にてお待ち候 

    鬼頭千万太拝』


 磯川警部にはその意味がわからなかった。

「ますます人間関係がややこしくなってきましたな」

 全田一はこう説明する。

「相棒を失った古坂は、当初は消してしまおうと思っていた千万太君を高頭五郎の代わりに味方に引き込もうとした。このときの条件はおそらく佐清君の抹殺でしょう。いや、もしかしたら同じ条件を佐清君にも提示していたかも知れませんね」

「しかし、これを恩田幾三が持ってるというのはなぜです?」

「これは古舘史郎を捕まえてみなければわかりませんが、一種の切り札だっのかもしれません。もしかしたら、古坂は千万太の誘いに乗ったのかもしれませんね」

「切り札だとしたら、古坂のですか?恩田のですか?」

「両方でしょう。もはや運命共同体だったでしょうからね」

 そこで鑑識が報告に現れた。

「凶器と思われる石が発見されまして、その石から検出された指紋が古舘史郎のカバンについていた指紋と一致しました」

「これで恩田を殺したのは古坂で決まりですな」

 磯川警部がぽつりと言った。全田一はただうなずくだけだった。


 そのころ役場では諏訪弁護士と古舘会計士が音禰を見舞いに来た。諏訪弁護士は、音禰の無事について心から安堵したといい、古舘会計士もため息ながらに目が潤んでいた。

 堀井敬三から自分が高頭俊作であること、それを証明する物がこれであると、手形を目の前に提示されると、一番驚いたのは紛れもなく諏訪弁護士だった。さらには岩下三五郎でさえもその人とだったと告白され、古舘会計士もびっくり仰天という様だった。

 さらに音禰は高頭俊作との結婚の意思を示した。そのことと自らの無事を本陣に戻って早苗に報告したがった。

 諏訪弁護士は早苗も久弥もみな夜には飛鳥会館に集まることになっているから、それまではここに留まるようにと諭した。

 そこで俊作が諏訪弁護士に提案する。

「さすがにここでは息苦しいので、那須ホテルで休ませてもらってはいけませんか。どうせ向こうに移動するのだし、着替えも必要でしょう」

 諏訪弁護士は賛成するも、

「わしは構わんが、表に立ってる人たちが何というかじゃな」

「ボクが相談してきますよ」

 俊作は表の警官に等々力警部補を呼ぶように依頼した。しばらくすると等々力警部補が何事かと飛んできた。

 古舘会計士が今夜飛鳥会館で一族が集まることになっており、今からその準備のために那須ホテルに移動したいといった。

「うーん、磯川警部らが戻られるまではここにいて欲しいんですけどねえ。でもいつ戻ってくるかもわからんし。いいでしょう、その代わり私の指示に従っていただきますよ」

 等々力警部補は厳重な警備を取り計らい、移動することを決断した。移動には役場のクルマが使われることになった。運転手は村長自らが勤めることとなった。

 俊作と音禰の乗るクルマには村長が運転し、助手席には等々力警部補が座った。その前のクルマには助役の河村治雄の運転で諏訪弁護士と警官が、後ろには清水巡査の弟で役場に勤めている京吉の運転で古舘会計士と警官が乗っている。

 役場から那須ホテルまではクルマだと十分程度で到着するのだが、岡山の山奥にある村のことである。都会と違って通りに人がいない。建物も少ない。あるのはタマネギを干すための小屋や稲刈りの途中で休憩するための小屋があるていど。そのかわり信号もほとんど無かったが、運転手は慎重に慎重を期して那須ホテルを目指した。

 やがて、那須ホテルのある字にさしかかるころ、目の前を大きな牛が二頭、道を塞いでいた。ここいらは博労業が盛んな土地である。牛がいるのも珍しくはない。しかし、この二頭の牛の回りには人影がなく、ただ牛が道を塞いでいるだけだった。

「なんじゃ、博労はおらんのかい」

 先頭のクルマを運転している河村治雄がクラクションをならすも、誰も現れず、牛も微動だにせず。困った河村はクルマを降りてあたりを見回した。そして土手の下を見おろした途端に声なき声で叫ぶこととなる。

「うぎぎぎぎえええええ」

 河村のおかしなようすに気づいた諏訪弁護士と警官はクルマを降りて河村の側に駆け寄り、同じように土手を見おろした。そこには牛飼いの井川丑松が白目をむいて死んでいた。同様におかしなようすを察知した等々力警部補や俊作も思わず彼らに駆け寄った。

「ズドン!」

 そのとき、どこからか銃声が轟き、弾丸が俊作の左上腕に命中した。

「うっ」

 肩口を押さえて膝から崩れ落ちる俊作、その様子を見てクルマから飛び出してきた音禰。

「あなた大丈夫、しっかりして」

「大丈夫さ、少しかすっただけだよ」

 幸いにも弾は腕をかすっただけのようだった。しかし、流血は免れない。

 腕を赤く染めた俊作の前に立ちはだかったのは古坂史郎だった。史郎は拳銃をかざし、俊作の前に歩み寄りながら警官を牽制した。

「五郎、潔くあの世へ行け。お前が俊作や鬼頭たちを殺したのはわかっているんだ」

 古坂史郎は最後の芝居を打とうとしていた。そう理解した等々力警部補は古坂に向かって、手毬首塔が発見されてから今までの顛末を聞かせた。

「お前はまだ知らないのだ。手毬首塔も見つかって、そこにあった手形によってこの男が本物の高頭俊作であることは証明された。お前が描いたシナリオはもうおしまいだ。あきらめてお縄につけ」

 それを聞いた古坂史郎は一瞬たじろいだが、再度気を取り直して俊作に罵倒を浴びせた。

「くそっ、お前を殺す最後のチャンスだったがな、やりそこねたぜ」

 警官たちも腰から拳銃を取り出し、銃口を古坂史郎に向けている。

「なんで俺をそんなに憎む?」

「ふふふ、お前にはわからんだろうが、オレたちはいつも不遇だった。親父たちや叔母にまでも、かわいがられたのはいつもお前だけだった。オレや五郎がどれだけ邪気にされたか」

「それはお前たちが悪さばかりしていたし、ちっとも家に帰らなかったからじゃないか」

「だからといって、飛鳥家の跡取りの座をお前一人が独占するなんぞ許せるか。オレと五郎はお前になりかわって飛鳥家を乗っ取ってやろうと思ったのさ。しかしそれも五郎が殺されて水の泡。五郎をやったのはお前か?いや、違うだろうな。だけどオレは五郎の代わりにしようと、犬神佐清や鬼頭千万太を抱き込もうとしたが、ヤツらも互いに牽制し合っていたようで、一人はオレが手を下すまでもなかったぜ。そう、千万太を殺したのは佐清さ。佐清を殺したのはオレだけどね」

 等々力警部補は俊作をかばうように前に出た。

「恩田幾三を殺したのはなぜだ」

「あいつは村長が邪魔だった。そんなあいつを上手く丸め込んで、後で謝礼を渡すことになっていたが、すんでのところで謝礼額の上乗せを要求してきやがった。ああいうやつは未来永劫脅迫者になるしかない。だから殺した。最後の仕事をさせてね」

「老婆の格好をさせて徘徊させたことか」

「そうだ。本当はその格好のままで自殺させる予定だったが、暴れやがって、上手くいかなかったよ」

「高頭五郎を殺したのは誰なんだ」

「おおよそ鬼頭千万太だろうよ。そういうそぶりを見せていたからな。だからアイツと会ってみる気になったのさ」

「高頭五郎をやられた腹いせにお前がやったのではないのか」

「五郎なんかただの替え玉さ。仕返しするほどの仲じゃない。誰でも良かったのさ」

 高頭俊作は怒りに目を震わせながら。

「仮にも従兄弟じゃないか。よくも五郎を」

「へっ、これからお前はオレたちの因果をずっと背負って生きていくんだ。オレは捕まらない。自分の裁きは自分でつける。だけどこれだけは言っておく。妙ちくりんな飾りをしたのはオレたちじゃないぜ。佐清や千万太もそう言ってたからな。誰が面白い事をやらかしたのか知らないが、オレの知ったこっちゃない。俊作!オレの最後を目に焼き付けておけ!」

 言ったが早いか、古坂史郎は手にしていた拳銃をこめかみにあて、その引き金を引いた。

「ズドン!」

 銃声と共に血しぶきをまいてくたくたと崩れ落ちた。


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