第10話 ―手毬首塔の秘密―
鍾乳洞の中腹の窪みの中で休憩していた俊作と音禰だったが、少々肌寒くなってきたようだ。まだ秋口とはいえ、鍾乳洞の中も夜明け前にはかなりの低気温になるとみえる。しかし探索に備えてか、さすがに夏の昼間と同じような軽装ではないものの、鍾乳洞内の体感温度は寒いというよりは少々冷たい。それでも互いに体を寄せ合い。体が冷えるのを防いでいた。
「大丈夫かい?」
俊作は音禰を引き寄せて気遣う。
「ええ大丈夫よ」
音禰もあたたかな俊作の胸の中で微笑みながら答える。
音禰は俊作の胸の中で、きらきらと輝く青白い光を見渡しながら、自分が高校生だったころの話を始めた。
「私が京都の兄さんの所で勉強していたとき、あなたは私の先生だった。しかも兄さんの紹介で来た先生だった。あのころから、私のことを知っていたの?兄さんはあなたのことをどれぐらい知っていたの?」
俊作の答えは、あっけらかんとしていた。
「ボクは知っていたさ。それに京都でも賢蔵さんとは結局一度も会わなかったしね。内心ハラハラはしてたけど」
「賢蔵兄さんとは会ったことがないってこと?」
「そうだね。当時は何だか忙しそうだったし、帰りも遅かったでしょ。結局克子さんと鈴子さんにしか会ったことなかったよ。それにもう四年も前のことだ。今度会っても、ボクが誰だかなんて覚えてないんじゃないかな」
「それで?あなたっていったい誰なの?」
「ボクはきみが高校生だったころの家庭教師の三島東太郎、そしてあるときは諏訪弁護士事務所の優秀な助手の堀井敬三、またあるときは古舘会計士に雇われた探偵事務所諜報員の岩下三五郎、そして高頭五郎こと高頭俊作さ」
「どうしてそんなに自分を隠す必要があったの」
「古坂史郎がニセの高頭俊作を連れてここへ来た目的は、飛鳥家の財産を乗っ取るためなんだ。そのためにボクの従兄弟の高頭五郎をそそのかして、ボクに成りすまそうとしてたんだ。ちょうどそのころ、東京のアパートに岡山からパーティの案内状が来て、中身を確認していた時に、あいつらはボクを襲撃しに来たんだ。ボクは招待券だけを懐にいれて、そっと抜け出してきたんだけど、残りの案内状をみた古坂史郎がまんまとホテルの支配人をだまして、高頭五郎を高頭俊作に仕立て上げたのさ」
「でも、その人はすぐに殺されたわ」
「そうなんだ。だから最初の殺人は絶対に古坂史郎が犯人じゃないってことはわかってたんだ。じゃあ、誰が高頭俊作を殺そうとするのだろう。そう考えたとき、ボクは名乗り出るのはもっと後でいいと判断したんだ。そのうちに鬼頭千万太も殺されて、犬神佐清もそのうち殺されるかもしれない。だとしたら、この事件の犯人が捕まって、全てがはっきりしてから名乗り出るのが一番いい方法だと思ったんだ。だけど、そのときにはすでにみんなの前で名乗りを上げている高頭俊作は殺されたことになっている。だからこそボクには自分が本物の高頭俊作であることを証明するものが必要なのさ」
音禰が那須ホテルで見てきた一連の事件の流れと、この男との関係は、いまの説明で納得できるかもしれない。しかし、なぜ彼らが自分の結婚相手として候補に上げられたかは不明のままだ。
「佐清さんも殺されるってこと?」
「それはわからない。彼が犯人かもしれない。三人の候補者のうち二人を抹殺すれば、キミは佐清と結婚するしかない。もしそれを狙ったのだとしたら、そして彼だけが生き残っているのだから、現時点では最も怪しい容疑者かもしれない」
俊作はそうではないだろうと予想していた。彼は犬神佐清や鬼頭千万太のことをどれぐらい知っているのだろう。いや、相当のことを知っていたに違いない。そして彼の血筋はいったい誰の俗縁なのだろう。
音禰は俊作の腕に抱かれながらも明日のことを考えていた。
「明日になったら、私がここから出て助けを呼んでくるわ。道も一本道だし、大丈夫よ、すぐに戻ってくるわ」
「いや、その心配はない。ひねった足もそんなに腫れていないし、朝になったら歩くぐらいは何ともないさ。それよりも風邪をひかないようにしないとね」
二人にとって最も幸運だったのは、その日は穏やかな天候で、鍾乳洞の中もあまり気温の変化がなかったことである。音禰が前もって準備しておいたビスケットのおかげで二人は少々の空腹を我慢するだけで、無事に朝を迎えられることだろう。
磯川警部と全田一は、佐清の遺体とともにすでに役場まで戻っていた。今宵のうちに一つ目の目印まで確認できたことは、色んな意味で収穫があった。
一つは、全田一が想像していた音禰と堀井敬三が一緒に行動しているであろうこと。さらには、それは音禰が堀井敬三のことをここに来る前に見知っていた仲だったということ。ただ、全田一にとって不思議なのは、すでに音禰がホテルから姿を消していることは、諏訪弁護士や古舘会計士からの情報で本陣の早苗の耳にも届いているはずである。なのに、本陣側の意識がまったく現場に向いていないことである。
飛鳥会館で早苗が音禰に放った言葉も、かなり厳しい言葉に受け取れたが、それは決して冷徹な感じではなく、早苗の心のこもった叱咤であったように思えた。なのに、今回のこの失踪に対しての冷たいとも思われる態度は、いったい何を意味しているのだろう。全田一の頭の中にはいくつかの推理が立てられていたが、やがて出川刑事の報告により、それが一本化されることとなるのである。
しかしそれは今宵ではなさそうだ。
「磯川さん、そろそろ明日のために寝ましょう。今夜はこれ以上は何も起こらんでしょう」
「しかしねえ、全田一さん。ホントに堀井敬三と飛鳥音禰が一緒にいるんですかねえ。もしそうだとして、ホントに音禰さんの身は安全なんでしょうねえ。もしなんかあったら、ワシの首なんて一発で飛んでしまいますぞ」
「あははは、誰も磯川さんの首なんて欲しがりませんよ。例えここが獄門の村だったとしてもですよ。それに手毬首塔は必ず見つかります。きっと二人もそこにいるはずです。明日の朝、途中でばったり出くわすかもしれませんよ。帰りがけの彼らに」
「それはそれで問題じゃありませんか。なんなら今すぐ出発してもいいんですが」
「こんな夜に動くのは危ないですよ。それに彼らだって、夜遅くに移動するなんて考えられませんからね。その代わり明日の朝の出発は早朝の五時ということにしましょう。塔に着くころには昼ごろなっていますから」
そういうと、全田一は長椅子に寝転がり、スースーと寝息をかきはじめてしまった。そうなっては磯川警部もお手上げである。等々力警部補に明朝の準備と出立時刻を伝えると、見張り番だけを残して明日に備えるようにと指示を出した。
全田一の言った通り、この日の夜は静かに更けていくのであった。
翌朝、手毬首塔探索隊は、全田一や磯川警部を含め、新見署の警官、清水巡査、千光寺の典座了沢さん、荒木村長代理の恩田幾三、それに諏訪弁護士の代理として那須ホテルのボーイが一人参加し、総勢十余名にわたる集団となった。しかし、飛鳥家本陣からはひとりの参加もなかったが、名代として笛小路泰久が参加していた。
朝の五時、千光寺表門前に集合した一行は、等々力警部補を先頭に一列縦隊で歩を進めていく。朝の早いうちになるべく奥深くまで行きつきたかった。ラジオの天気予報によると、この日の最高気温は二十八度と予想されており、気温が不快なレベルに達する時間帯に洞窟探検をあてがいたかったのである。
出発後三十分ほどすると、昨夜、全田一と磯川警部がたどり着いた曲がり角まで到着した。過去に挑んだ探検隊は、ここを曲がっていったのだが、今回は全田一のサジェストにより、さらに奥へと踏み進めていく。
さらに三十分ほど歩いたところで、先頭の等々力警部補が、十字路を見つけたと列の後ろにいる磯川警部に知らせた。
それを聞いた全田一は先頭まで様子を見に来て、周囲の様子の観察を始める。昨夜、俊作と音禰が確認した天狗の鼻のような石筍を発見すると、
「これがいわゆる目印なんですよ。ちゃんと天狗っぽい形をしているじゃないですか」
うれしそうに笑うと、さらに足跡などを散策したが、このあたりは人の出入りが少ないと見え、最近、誰かが通ったことが明らかなのは、二種類の足跡が物語っていた。
太陽が昇り、洞窟の外では少しずつ気温が上昇してくるころ、俊作と音禰も初めて二人だけで過ごした夜を明け、二人だけのモーニングルーティーンに入っていた。
「おはよう、お嬢さん」
「おはよう。眠れた?足は痛む?」
「もう大丈夫さ。さあ、行こうか」
そういって立ち上がったまではよかったが、やはり痛みがないわけではなかった。それでもゆっくりと岩肌をよじ登り、這い上がりしてようやく元の道にたどり着いたとき、二人の目の前に立ちはだかる光と人影が見えた。
等々力警部補であった。彼はずっと全田一と一緒にいたわけではなかったし、堀井敬三についての容疑を持ったままであったので、二人を沿道に見つけるが早いか、走りよって取り押さえるような行動に出てしまった。いけないと思った全田一は即座に声をかけたが、間に合わず、いきなり襲ってくる男を暴漢と勘違いした俊作も音禰を守ろうと必死になって抵抗する。もつれあう等々力警部補と俊作は再び山裾へと転がり落ちた。
「やめて!その人はケガをしてるの。乱暴しないで!」
やがて列の後ろから出てきた全田一は上の方から等々力警部補に向かって叫んだ。
「等々力さん、その人は大丈夫です。絶対に犯人じゃありません」
その声を聞いた等々力警部補は、ようやく捕まえようとしていた手を止め、磯川警部を見上げた。
「どうやらそうらしい。二人とも上がっておいで」
等々力警部補は、バツが悪そうに、
「すみません」
といい、その言葉を聞いて、俊作も抵抗していた力を抜いた。
「あの、全田一さん」
「やめろ、まだ言うな」
音禰は全田一に向かって、何か言おうとしたが、それを見た俊作が止めた。
全田一は唇に人差し指をあてて、
「まだ言わなくても大丈夫ですよ。きっと、彼の方から教えてくれるときがくるでしょう。おおい、等々力さん、その人は大事な証人なんですから、安全なところで保護してください。もちろん音禰さんも同じです」
俊作は等々力警部補の肩を借りて、ようやくまた元の道へ戻って来たが、
「堀井さん、今日はボクの顔に免じて、素直に等々力さんと音禰さんを連れて帰ってくれませんか」
俊作は、しばらく全田一の顔を見ていたが、
「一つだけお願いがあります。ちょっと」
といいながら全田一にだけ耳打ちをした。かなり長いヒソヒソ話だったが、話の合間に全田一が、「なるほどなるほど」とか「やっぱり」とか「それは知っています」などと相槌を打ちながら聞いており、挙げ句の果てには「そんなことだろうと思ってました」とか言い出す始末。最後は、「わかりました、必ず」と何か約束をしたようだったが、全田一が理解を示したことで、おとなしく三人は村に戻ることになった。
三人を見送ってから、磯川警部は全田一に堀井敬三と何の話をしたのか聞いた。
「それはね、彼が音禰さんを連れ出した理由ですよ。ある程度はボクの思った通りでした。詳しくは役場に戻ってから話します」
と言ったきり、それ以上は口を割らなかった。それがこの全田一という男の方針だとわかっている磯川警部は、それ以上の詮索はあきらめた。そして再び、手毬首塔を目指して歩き始めた。
一方、村へ戻る等々力警部補ら三人の一行だったが、等々力警部補の目には、やや足を引きずるように歩く俊作と手をつなぎながら気づかう音禰の献身的な姿が印象的だった。
道すがら、等々力警部補は音禰にたずねた。
「お嬢さん、この男に乱暴なことはされませんでしたか」
音禰は、突然なにを聞くのだろうとも思ったが、まだこの人が高頭俊作であること、いや堀井敬三以外の誰でもないことが知られていないのだと理解した。それを前提に、
「諏訪さんのところの人ですもの。信頼していますわ」
等々力警部補は疑わしそうな目で、
「しかし、先ほどはお嬢さんを呼び捨てにされてましたからねえ。何かあったんじゃないかって勘ぐるのは普通です」
「なにもありませんわ」
すると、その会話を聞いていた俊作が音禰に代わって答えた。
「等々力さん、全田一さんはもうある程度のことを理解されているようでした。ですから、全田一さんが戻られたら全てがわかるでしょう。それまでは何も申し上げられません」
「わかった。そのかわり、役場に着いたらおとなしくしておいてくれよ」
「はい。それにこの足じゃ暴れられませんよ」
などと冗談をかわしながら出口へと歩いていた。それにしても等々力警部補の目には、二人様子が不思議でたまらなかった。
そろそろ千光寺に到着しようとするとき、等々力警部補は二人に佐清の話をした。
「ところで、犬神佐清が殺されたのは知ってたかい?」
俊作と音禰は驚きを隠せない顔を見合わせて、直後、音禰は俊作の胸に顔をうずめて泣き出した。
「やっぱりそうなったのね。みんな私に近づいたばかりに殺されたのね」
突然のことで驚いた等々力警部補は、
「お嬢さん、あんたのせいじゃない、誰かが勝手にやったんだ。気にしちゃいけないよ」
俊作は胸の中の音禰をなだめながら、等々力警部補に尋ねた。
「それはいつごろのことですか」
「ああ、昨日の夕方ってことになってるな」
「どこで?また、なんか判じものが残されてるんですか」
「千光寺の西側の林の中でね、またもやミョウチクリンな格好で殺されてたよ。詳しくは言えないがね」
俊作の頭の中には、(高頭俊作とされている)高頭五郎や鬼頭千万太が殺されたときの状況を思い出していた。
そのとき、俊作は不意に後ろから近づいてくる足音に気づいた。振り返るとそこには副村長の恩田幾三が急ぎ足でかけて来た。
恩田に気づいた等々力警部補は、俊作と音禰の前に立ちはだかり、
「やあ、恩田さんでしたっけ、どうかされましたか?」
「いやあ、了沢さんがね、和尚さんにことづけするのを忘れたってんで、じゃあオレが行ってやるよっていうことで戻って来たしまつでさあ」
恩田はこともなげに返事をしたが、等々力警部補は了沢のことづけをなにゆえ恩田が伝達するのか不思議だった。年齢も了沢の方が若いし、探索の途中で思い出し、急ぎ伝えなければならない用向きなら、誰かを通してではなく直接伝えるのが普通であろう。
「それってどんなことづけですか?なんなら我々もお寺の前を通るわけですから、私が和尚さんにことづけてもかまいませんが」
少し戸惑いながらも恩田が言うには、
「まあ、村祭のことですけん、ことづけついでに相談もありますんで」
何だかうまくごまかされたような感じもしたが、相談もあるというのならさもあらん。
やがて、道が千光寺の門に差し掛かると、恩田は「ではあっしはここで」といい、一行にと別れて門の中に入って行った。
探索隊の一行は、三人を見送ってさらに数十分奥へと進んでいた。岩と岩の間をくねくねと歩いていたが、やがて目の前には人が三人ほど並んで歩ける広い道に出た。なにゆえそこから広くなっているのかわからなかったが、明らかに人の手による整備なされているようだった。
そこからさらに歩くと一旦道が狭くなり、大きく右に下っていく間道となった。さらに進んでいくと、壁沿いに小さな洞穴を見つけた。恐る恐る道を辿っていくと、五メートル程度で行き止まりになり、正面には小さな祠が見えた。祠には『手毬首明神』とだけ書かれており、少なくとも近年のうちに、誰かがお参りを済ませた痕跡があった。
しかし、全田一は落胆した。少なくとも、全田一が考えていた祠はこんな小さな物ではない。少なくとも手毬首塔という以上は人が入れるぐらいの大きさの建造物であると考えていたのである。
全田一は、磯川警部らが祠の周囲を捜索している間、洞穴を出て、もう少し先まで足を延ばしてみた。すると、十メートルも歩くと左に大きくカーブし、その先に小さな出口を見つけた。少しかがむようにして穴から出てみると、そこには林のようなうっそうとした茂みが広がっていた。そして、その左手には、崖を背にそびえる大きな塔が建っていた。その塔の外見は三重構造になっており、一部にガラス窓が使われていたり、室内灯が電球だったり、おそらくは戦後に建てられたものであろう雰囲気だ。
ゆっくりと近づき、玄関までの階段をのぼり、ゆっくりと扉に手をかけてみると、鍵などはかかっておらず、「ギイ」という音を立てて開いた。
正面には誰の物かわからぬ三つの木造の首が祀られていた。そして木造の首が祀られていた、おそらくは祭壇なのであろう下に木枠の箱を見つけた。その箱の上面には古い墨書きで何やら書かれていたが、長年の腐食と紫外線照射による日焼けで全く読むことはできなかったが、きっと手毬唄に関する何かがあるに違いない。そう思った全田一は迷わず箱のふたに手をかけた。
箱の中にあったもの。それは手毬唄にまつわる古い書物だった。
かの昔、多くの侍たちがこの地で獄門に処されるために、諸国から連れてこられた。この塔は処刑場に隣接され、首をはねられた、または磔になった者たちの菩提を弔うために建てられたのだという。
手毬唄については、処刑場に連れてこられる前、村で過ごした数日間の間に、当時の殿様が最後の宴を催した折、男好きの姫様が自分の好みの若い侍を選り好みし、尋ねて行っては享楽をかさねていたとか。そのために現世に未練を残したため、成仏できなかった侍の霊が夜ごと村の中を徘徊したとかしなかったとか。その様を村の人たちが揶揄するように伝わったのが手毬唄であるという。
書物には手毬唄の文句が明瞭に残っていた。
その歌詞というのが以下の通りである。
うちのうらのせんざいにすずめが三羽とまって
一羽のすずめのいうことにゃ
おらが在所の陣屋の姫さん 歌好き酒好き男好き
わけて好きなは男でござる
男たれがよい 塩屋のせがれ
海に遊んで 小袖を濡らし
日がな一日 汐びたり
それでも足らぬとかえされた
わけて好きなは男でござる
男たれかよい 花屋のせがれ
白菊小菊を氷に乗せて
日がな一日 霜やける
それでも足らぬとかえされた
男たれがよい 鍛治屋のせがれ
甲冑かぶって 竈門をたいて
日がな一日 火をあぶり
それでも足らぬとかえされた
歌詞の最後にある「かえされた」の意味は「(首を)はねられた」ととる隠語であるらしい。塩屋というのは塩の生産、花屋は花卉の生産、鍛冶屋は鉄器の生産が盛んの藩主だったのではないかと予測される。
全田一は木造の首は手毬唄に歌われている三人の殿様であろうと考えた。まさかそれが東京、大阪、福岡の殿様ではあるまいが。
それを読んでいる最中に祠を探索していた磯川警部が全田一の姿の見えないのに気付いた。警部が周辺を探していると、結果、この塔にたどり着いた。中では全田一が何かを読んでいる。
「全田一さん、こんなところに塔があったとは驚きですな。おや、何を読んでおられるんですか?」
「磯川さん、ありましたよ。手毬唄の全容が。やっぱり二番も三番も、あの佐兵衛翁の三つの俳句の替え歌を暗示しています」
「それであの三つの句とこの手毬唄との関係って何です?替え歌にしたところで、特別な効果が出てくるんでしょうか」
「今はまだわかりません。でも佐兵衛翁が残した俳句の替え歌と手毬唄は何らかの因果関係があるってことが証明されたじゃないですか。それにボクはもう一つ探さなければならないものがあるんです」
「それはなんですか」
全田一はあたりをはばかるように、そっと磯川警部に耳打ちした。
「ええ?そんなことがあるんですか?」
「本人がそう言ってました。でも、それを証明するためにはあるものが必要だとも。しかも、それをなるべく村の誰にも知られないようにと」
「それはなぜですか」
「きっと聞かれてはいけない人が村人の中にいるのでしょう。ですから、ボクはそれを探しますので、あなたはみんなをこのつづら箱に集中させておいてください。この中にはもう他に宝物はないようですから」
そう言いおくと、全田一は神棚の脇に回り、別の探索を始めた。
磯川警部は、入口にたむろしていた探索隊の一行を「おうい」と呼んで、つづら箱中の書物について入念に調べさせた。
手毬唄についてはみな一様に驚きを見せたが、他の書物については時代考証的に興味をそそられる文献もあったようだが、事件に関与のありそうな証拠はなかった。
外側は三重構造になっている建物だか、内側は二階建ての構造となっているようだった。どこか二階に上る階段があるに違いない。そう考えた全田一は、階段を探し始めた。すると、祭壇の奥に隠し扉があり、その先に階段のようなものを発見した全田一は、コッソリと中に入って扉を閉めた。
階段を上ると、六畳敷ほどの和室が二つと板張りの広間があり、その広間の突き当たりにポツンと一つ、桐のタンスがあった。そのタンスの引き出しを上から順番に開けていくと、一番下の引き出しに目的のものを発見した。俊作の記憶の奥底に残っていた巻物だ。全田一はゆっくりと開いてみると、そこには二つの小さな手形が押されてあった。その横に達筆な文字で、飛鳥音禰四歳、高頭俊作九歳と書かれてあるのが読み取れた。安心した全田一はその巻物を大事そうに懐へ仕舞い込むと、再び階段を下りて探索隊と合流した。
それを見つけた磯川警部は、全田一にかけより、小声で尋ねた。
「お目当てのものは見つかりましたか」
全田一は軽くウインクしながら、胸をなでる。
「ええ、案外簡単に。この裏手に隠し扉があるんですが、そこの階段を上ると部屋があります。磯川さんもみなさんと一緒に探索なさったらいかがですか」
それを聞いた磯川警部は皆を集めて、全田一から聞いた方へ移動した。隠し扉が開かれた際には大きな響めきが聞こえ、我先にと先頭を争う声まで聞こえた。
皆を階上へ送り出した後、磯川警部は全田一の元へゆき、見つけた宝物について尋ねた。
「いったい何を見つけたのですか」
「そうですね。言わば音禰さんの結婚相手を確定する遺物、そして一連の殺人事件の首謀者を確定する証拠、そんなとこでしょうね」
「なんですって?首謀者がわかる証拠ですって?それは早急に村に戻って、しかるべき処置をとらねばなりませんなぁ」
ところが全田一は悲しそうな目をしょぼしょぼさせながら、
「もう遅いでしょう。首謀者だけでなく、手足となって動いた人たちも、すでに覚悟はできてるんじゃないですかねえ。特に音禰さんが役場にいるとわかった時点で」
それだけ言うと全田一は、はっとした。そして慌てるように磯川警部の手を引いて塔を出た。
目の前に清水巡査がいたので、後のことを任せて、急ぎ山を下りることにした。歩きながら磯川警部は全田一をなじるように詰問する。
「いったい何事ですか?」
全田一も急ぎ足で息を切らせながら答えようとするが、まだ考えがまとまり切っていないためか、言葉の語尾があやふやである。
「首謀者はいいんです。後がいけない。音禰さんが戻ってきたら、堀井君は佐清のことを聞きましたかね?等々力さんから。きっとそのはずです。まだ知らなかったはずです。だからさっきは耳打ちをだったんです」
さっきから全田一の話を聞いていても、何が何やらちんぷんかんぷんの磯川警部は呆れるばかりである。
「あんたさっきから何を言うとりんさるんですか?」
思わず国言葉が出るあたり、磯川警部も相当気が焦っている。
「つまりですねえ、まだ佐清君が殺されているのを知らないから、ボクに耳打ちをしたんです。つまり、あのとき捜索隊の中にいた誰かには聞かれたくなかった。そして先ほど気づいたのですが、あのときにいて、さっきの中にいなかった人がいるんです」
「じゃあ、そいつが犯人なんですか?」
「いいえ、そいつは別の犯人の片棒を担ごうとしてるやつに違いありません。こうなったら、古坂史郎の発見が大至急案件です。それと手毬首塔の発見をいち早く諏訪さんと古舘さんに知らせる必要があります」
「それはなぜですか?」
「これは早苗奥様に確認する必要がありますが、高頭俊作という男は、早苗奥様に関わる人選じゃないですかね。音禰さんの結婚相手の選択としては、その血筋の末裔しか残ってないんですよ」
「えっ、ということは・・・」
「そうです。音禰さんの結婚相手は、今回のお見合いパーティが始まる前から決まっていたんです。その相手が高頭俊作。そのことを諏訪さんや古舘さんも知っていた・・・としたら」
磯川警部は、少し考えたのち、それでも首をかしげながら、
「しかし、最初に殺されたのが高頭俊作ですぞ」
「そ、そ、そ、そこなんですよ。ボクがどうしても腑に落ちなかったのは。それも先ほどの堀井君の告白で明確になりましたがね」
「それはどういうことです?」
「最初、高頭俊作が殺されたとき、ボクは婿候補を探し出したときの資料をほじくり返してみたんです。すると、高頭俊作の人物像が那須ホテルに来た高頭俊作と違ったんですね。ですからボクの頭の中には、もしかしたら殺された高頭俊作はニセ者なんじゃないかという仮想がぼんやりとあったんです。そして高頭俊作が殺された後、古坂史郎が姿を消したことで、その疑いがさらに増したんです」
「古坂史郎という男は一体何者なんでしょう」
「今回の事件が一連のものだとすると、その原点は飛鳥家の財産にあるはずです。その唯一の手立ては音禰さんと結婚することです。そういうことから察すると、おおかた高頭俊作になりすませた相棒を送り込んだ首謀者ということでしょうね」
「ということは殺人事件の犯人は古坂史郎ということですか」
全田一は少し考えた後で、
「それはちょっと違うんじゃないかなと思います。色んなもくろみが交錯している感じがしますのでねえ」
「それで、一体犯人は誰なんです?」
磯川警部はその核心の部分を全田一から聞き出したかったのだが、それ以降、全田一は押し黙ってしまった。そして足を動かし、もくもくと歩くのであった。
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