06話.[言葉が出てきた]
「うぅ」
あれからもう一週間が経過しているのに未だに落ち着かなかった。
男の子の家で夜まで爆睡してしまうなんて恥ずかしすぎる。
しかも電気も点けないで直人はずっといてくれたわけで、申し訳無さが限界突破しそうになっている。
救いはこうして前に進めていなくても時間だけは過ぎていってくれることだろう。
もし解決してからじゃないと次の日にならないなどといったシステムだったら間違いなく私だけ置いてけぼりになっていた。
「栞――」
「麻衣子ちゃん!」
こうなったらもう彼女に頼むしかない。
もう既に話を聞いてもらっている状態だけど、再度どうすればいいのかを聞くことにした。
いまのままだと直人のところに行けなくなってしまうからなんとかしなければならないのだ。
「んー、別に直人は気にしていなかったんだろ?」
「うん……」
「ならいいだろ、ただ直人の家で沢山寝てしまった、というだけの話なんだから」
彼女は笑いつつ「おもらしをしてしまったとかじゃないんだから気にするな」と。
確かにそんなことに比べたら遥かにマシ……だよね。
直人のことだから絶対に寝顔をあまり見ないようにしてくれていただろうし、私が重く考えすぎてしまっていたのかも。
それのせいで一週間を無駄にしてしまった気がする。
恥ずかしくて全く話していなかったとかそういうことではないけどさ……。
「というわけでほら、直人のところに行こうぜ」
「う、うん」
移動を始めた瞬間にちょっと待ってと足が止まった。
麻衣子ちゃんに可愛い服を着て着て着てと何度も頼んでいた自分が直人に変態さんとか煽ってしまったことをいまさら思い出した。
やばいぞ……、寧ろ直人はよく私みたいな人間といてくれているな……。
「栞、なに止まってるんだ?」
「あ、い、行くよ」
って、どこへなんだろう?
だってクラスメイトなんだからわざわざ廊下に出なくても問題ないとまで考えて、そのときになって初めて教室に直人がいないということに気づく。
内にあるごちゃごちゃがあまりに多量すぎると周りのことがどうでもよくなるんだと分かった。
今度からなにか恥ずかしいことが起こりそうだったら考えに考え抜いてやろうと決める。
「直人」
「あれ、どうしたの?」
「どうしたのはこっちのセリフだ、おかげで移動しなければならなくなっただろ」
「ははは、ごめんごめん」
本当になんでこんな中途半端なところで留まっていたんだろう?
彼にもなにか悩み事がある……ということなのかな?
あ、最近は麻衣子ちゃんが仙馬君とよくいるからかも。
本人は問題ないとか言っているけど、自覚していないだけで傷ついてしまっている可能性がある。
「で、なんなんだ? 言いたくないならいいけど」
「最近、栞に避けられている気がしていてね」
ぎくぅ!? って、分かるよね。
ふたりきりになりそうになったら慌てて用事を思い出したとか言って逃げていたんだから。
逆の意味で懐かしい気持ちに浸れた。
それをする度になんかよく分からない数値が減っていくような気がしながら、だけどね……。
「それでも教室にいればいいだろ?」
「だって教室では麻衣子が仙馬君といちゃいちゃしているんだからね」
「し、してねえよっ」
「それは冗談だけど、いまはちょっと賑やかな場所から離れたかったんだ。自分が考えている以上にそれがショックだったのかもしれない」
ごめん、無駄に重く考えて避けたりなんかして。
こういうところは昔からずっと変わっていなかった。
昔の自分にはあったいいところというやつはどんどん変わっていくのに、悪い部分だけは残り続けるのが困るところだ。
「つまり、栞に避けられたら嫌だってことだよな?」
「当たり前だよ」
あ、当たり前なのか……。
私なんてそうでなくても彼女と比べてイメージがよくないのに(してきたことによって)、それでもこうやって言ってくれるんだ。
彼女と同じように、なんて言うつもりはないけど、彼は私にも変わらず優しく接してくれる。
「じゃあほら、栞のこと頼んだぞ」
「うん、任せてよ」
……やばいやばいやばい、顔が見られなくなりそうだ。
でも、避けるようなことはしたくない。
私だって彼といられないともう嫌だと感じるようになってしまっていた。
「で、やっぱり僕は避けられていたのかな?」
「……寝ちゃったことが恥ずかしくて……」
この話になることは分かっていた。
いまからは冷静に対応しなければならない。
なにかがある度に麻衣子ちゃんに動いてもらうのは申し訳ないというのもあった。
あとは……。
「気にすることないでしょ。神様に誓って言うけど、じろじろ見たりはしなかったからね?」
「ごめん……、悪く考えすぎちゃって」
「じゃあこれからはちゃんといてね、同じような思いを味わうのは嫌だからさ」
その点は安心してもらっていい。
もう出会ったばかりの頃とは違うから。
ただ、相手が麻衣子ちゃんというわけじゃないのにいいのかな……? と不安になったりする。
だけど誰にでもこんなことを言うような子じゃないことも分かっているから余計に影響を受ける。
だ、だってさ、麻衣子ちゃんじゃなくて私に、こんなことを言っているんだよ?
「もし破ったらなにかをしてもらおうかな」
「えっ」
「はははっ、冗談だよ」
こ、怖い冗談はやめてほしい。
でも、またこうして自然に話せるようになって本当によかった。
今度麻衣子ちゃんにはお礼をしようと決めたのだった。
「直人くーん! 来たよー!」
「こんにちは……」
「ちょいちょいちょい! なんかテンションが低くないっ?」
最近の僕は調子に乗ってしまっている。
けど、気づくのは終わった後で、どうしたものかとずっと考え込んでいたんだ。
ここで問題なのが考え込んだところでなにがどうなるというわけではないことだ。
してしまったことには変わらないし、考えてから行動しているわけではないから意味がない。
で、意味がないと分かっているのに無駄にしてしまうから駄目になっていってしまう、ということになっている。
多分、栞も最近はそんな感じだったんじゃないかな。
とにかく、あまり意味もないけど聞いてもらうことにした。
「一緒にいたいってことは伝わってきたよ」
「はい、それはそうなんですけど」
栞が来てくれるからって態度を変えてきてしまっているのが問題なんだ。
正直、麻衣子に対するそれと変わらなくなってきているから悪いことばかりではないけど、とはいえ、破ったらなにかしてもらうとか冗談でも言うのはね……。
「ふーん、麻衣子ちゃんじゃないんだ」
「麻衣子とだって一緒にいたいと思っていますよ?」
「でも、最近は栞ちゃんとばかり行動しているよね?」
「まあ、麻衣子が仙馬君と行動していますからね」
栞にとってはそれが結構影響していると思う。
麻衣子が他の人を優先してしまっているから仕方がなく僕といてくれている面もあるはずなんだ。
だからここで調子に乗ってしまうのはかなり危険な行為ということになる。
だって暇をつぶしたいから行っているだけなのに、まるで一緒にいたくて来ているんだ、なんて思考をされたら困るだろう。
「なんか違うんだよなー、直人くんは麻衣子ちゃんと仲良くするべきだよ」
「……栞に不満があるということですか?」
美苗さんの口からそういうことを聞きたくはなかった。
こんなことを言うのはあれだけど、普段から一緒にいる僕の方が分かっていることだった。
嫌いになったりはしたくないからできればそのままの意味じゃないといいけど。
「だって栞ちゃんってさ、仲良くなるまでは直人くんにとって痛いことばっかり言ってきていたんだよ? その点麻衣子ちゃんはそういうことを一切していなかったし、直人くんのために必死にフォローしてくれたりしていたでしょ?」
あー……、そういえば当時は耐えきれなくなって聞いてもらったりしたことがあったなと思い出した。
栞のそれも、麻衣子のそれも、彼女の言うように事実だった。
彼女は僕のことを考えて言ってくれているんだ。
それなのに僕ときたら……。
「それに私、栞ちゃんとはあんまり一緒にいたことがないからね……」
「はは、それとこれとは関係ないじゃないですか」
「あるよ! 直人くんの彼女ちゃんにいっぱい昔の話とかしたいの!」
相手が麻衣子だったらする必要がなくなるし、栞だとしても小学生時代のことを話しても意味がないだろう。
というか、彼女とだってずっと昔からいるというわけじゃないから知らないことばかりのはずだ。
兄弟とはいえ自分の人生じゃないんだから細かいことまでは兄も覚えていないだろうし、兄に聞くというのも現実的ではない。
つまり、彼女がしようとしていることは本当かどうか定かではないことを話そうとしているということで……。
「余計なことをしなくていいです」
「うわーん! 直人くんが冷たいよー!」
「はぁ、あなた本当に大学生ですか……?」
「大学生だよ!」
これからどうなるのかは分からない。
僕が求めたところで相手がそれを受け入れてくれなければ意味のない話だ。
ただ、少し避けられた程度であそこまでショックを受けるとは思っていなかったんだよなあ。
僕にとって栞という女の子の存在は大きくなっている……のかな。
ああ、もしかしたらあの笑顔にやられてしまった可能性もあるか。
「それに、他の子にデレデレしている直人くんなんて見たくないし……」
「あなたは僕のなんなんですか……」
「そんなの……お姉ちゃんだよ!」
僕には兄しかいないし、自分より大きいお姉ちゃんなんていらないんだよ!
結局変なことしか言わないから兄の部屋に戻ってもらうことにした。
兄ももう少しぐらいは彼女をコントロールしてほしかった。
「――というわけで、調子に乗っていたら怒っていいからね」
「え、あ、え?」
あれ、ゆっくり分かりやすくを意識して説明したというのに残念ながら届いていなかったようだ。
彼女の協力がないと駄目になってしまうから再度、ゆっくり分かりやすくを意識して説明しておく。
「直人は調子に乗ったりしていないと思うけど」
「いやいや、栞はあれから僕に甘いよね」
「違うよ。甘い、というか、私が変なことをしちゃっても優しくしてくれるのは直人の方でしょ」
いや、彼女が変になるのはあくまで麻衣子が関係しているときだけだ。
それだって求めている内容は可愛い服を着てほしいというだけだったし、麻衣子も多分本気で嫌がってはいなかった。
だから厳しくする必要がなかったと言う方が正しいんだ。
相手が悪いことをしているのであれば、そりゃ僕だって言わせてもらうけどさ。
「直人こそ不満とかがあったらどんどん言ってくれていいからね。あと、なにか困ったことがあったら頼ってくれると嬉しいかな……って」
「分かった」
「うん」
待て、なんだこの沈黙は。
彼女も特に動こうとはしない。
伝わりやすくなるように教室以外の場所を選んだのは間違いだったとしか言いようがない。
「戻らないの?」
「な、直人こそ……」
「それなら戻ろうか」
教室というのは最強だった。
自分も所属しているクラスなんだから自分の席に座っていれば文句も言われない。
友達が同じクラスにいれば話すこともすぐにできるから、というのもある。
授業が始まりそうになってもここなら待っているだけでいいというのも大きい。
それに通常の状態であれば賑やかな場所も好きだからそこでも楽しめるというのがよかった。
ということで、今日も最後までしっかり集中して過ごした。
「麻衣子、帰ろう」
「悪い、仙馬に呼ばれてるんだ」
「あ、そうなの? それなら仕方がないね」
それなら急いでも仕方がないから教室に残っていくことにした。
部活に所属している子が多いから教室からはあっという間に消えてしまうものの、静かな教室で過ごすというのも悪くはないから問題ない。
「珍しいね、残っているなんて」
「高橋先輩は勉強のために残っているんですか?」
「うん、家だと他のことをしちゃうから」
先輩は横の椅子に座ると「やっぱり懐かしいな」と。
僕は一年生の教室にもう入ったりできないから懐かしさを味わうこともできない。
まあ、それでいいんだけど。
「栞ちゃんはいないの?」
「今日は帰りました」
「一緒に帰ればよかったのに」
「いいんですよ、たまにはこういうことも必要なんです」
一緒にいればいるほど仲が深まるというわけではない。
一緒にいればいるほど悪いところが見つかる可能性だってあるのだ。
特に僕の相手をする栞の方がそうなる。
「ね、一緒に勉強しよっか」
「いいですね」
課題が出ていたから丁度いい。
僕も家に帰ってしまうとだらだらしてしまうこともあるため、ここで終わらせておけばこの後の自分のためにもなる。
また、集中力が高そうな先輩とやることで効率的にできそうという願望もあった。
「って、言っていたのに……」
課題を終えた頃にはすやすやと寝てしまっていた。
流石にこのまま放置はできないから起こそうとしたんだけど、それでも起きないという最凶の状態で。
触れるわけにもいかないから起きるまでひたすら待つ作戦に切り替える。
放課後だったら携帯をいくら使っても問題ないという校則なのもあって、今日はそれに頼ることにした。
前後左右や上下を見ているだけじゃすぐに限界がくるからだ。
ただ、栞は今日眠たいということですぐに帰った形になるから、残念ながらやり取りを続けて時間をつぶすということができない。
麻衣子もまた仙馬君と出かけているわけだからこっちもまた頼ることは不可能ということになる。
ネットを見て過ごすというのもプランの関係からあまりするべきではないと……。
「暇だ」
最近、こういうことが増えた気がする。
栞はともかくとして、先輩の場合は勉強をしすぎて眠たくなっているだけだろうけどさ。
それにしてもよく僕なんかの前で寝られるなと。
一応、信用できる人間ではある、ということなのだろうか?
それとも、そんなことがどうでもよくなってしまうぐらいには眠たかったということだろうか。
もしそうなら授業中なんかやばいだろうし、もう少し計算して勉強をした方がいいと思う。
「直人」
「あれ、仙馬君と帰ったんじゃなかったの?」
いつも通りの麻衣子って感じだった。
こうしてふたりきりで話すのはなんだか久しぶりな感じがするから、少しだけそわそわとしてしまっている。
また、何度も近づいている仙馬君的には面白くないことかもしれないので、そういうのも気になっているかもしれない。
「ただ少し話しただけだった――っと、なんでここで高橋先輩が寝ているんだ?」
「一緒に勉強をやろうって話をしていたんだけど、残念ながらすぐに寝ちゃったんだよね」
「なるほど。声をかけても起きないし、触れられもしないから起きるまで待つ作戦にしたということか」
「はは、正解」
やっぱり麻衣子が相手のときは同性の友達を相手にしているときみたいに接することができる。
そこがやっぱり先輩や栞とは違うところだろうか?
でも、僕も彼女も少しずつ変わってきている状態だから引っかかるようなことを言ったりはしない。
「あたしが背負って帰るよ、それなら問題ないだろ?」
「それなら麻衣子と高橋先輩の荷物は僕が持つよ」
「ああ、頼む」
特に物を出しているとかそういうことではなかったからあっという間に帰る準備が整った。
こうなったらいつまでも残っている必要はないので靴に履き替えて帰ることに。
昇降口のところで少しだけ問題が出てきたけど、それもすぐに終わらせて帰路に就いた。
「直人は変わらないな」
「それなら麻衣子だってそうだよ」
こうして一緒に帰ることも当たり前ではなくなった。
家は近いのに放課後になったら自然に別れることも多くなった。
いいことか悪いことなのか、それは分からない。
ただ、こういうことを考えたときだけ寂しい気持ちになるというのはなんだかね。
だって、それがもう僕にとって自然なことと片付けられてしまっているということだから。
……麻衣子といられなくても――って、考えてしまっているのかもしれない。
「直人、これからは
「仙馬君だよね」
「ああ。いい奴だし、一緒にいて楽しいからあたし的にもそれがいいことなんだ」
「そっか、教えてくれてありがとう」
「ああ――っと、荷物を貸せよ、あたしがひとりで送ってくるからもういいぞ」
そうか、もうよくなったということか。
いやでも、いちいち無駄だったとかマイナス思考をする必要はない。
それぞれいい方へ変わっていけているんだと考えておけばいいんだ。
「ありがとう」
なんか自然とそう言葉が出てきた。
それからなんとも言えない気持ちになってしまったからすぐに家に帰ったりはしないで、外で時間をつぶすことにしたのだった。
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