05話.[彼女らしかった]

「これからどうしようか」


 まだ十四時になったばかりだから余裕はある。

 最低でも十七時ぐらいまでは外にいたいから付き合ってくれるとありがたかったりする。

 とはいえ、無理そうならここで解散でもいい。

 目的は達成しているわけなんだから彼女としては無理して外にいる必要なんてないだろうしね。


「な、直人さんはまだ大丈夫なの?」

「うん、あ、呼び捨てでいいよ」

「えー!?」


 そ、そこまで驚くこと……?

 今回もまた、嫌ならしなくていいと言っておいた。

 どう呼ばれようと正直どうでもいいけど、なんかさん付けは気恥ずかしくなるからやめてほしかったんだ。

 あと、こちらが呼び捨てにしているのに彼女にだけさん付けさせるのはやっぱり違うから。


「わ、私が呼んじゃっていいの? 麻衣子ちゃんだけの特権とかじゃないの?」

「特権とかじゃないよ、普通に家族だって呼んできているんだからさ」

「いやほらっ、余所の人間縛りでは麻衣子ちゃんだけが――」

「そういうのはないから、したくないならしなければいいんだよ」


 彼女はしばらくの間、あっちを見たりこっちを見たりを繰り返していたものの、前に進めないと分かったのか「な、直人」と。

 異性から名前を呼び捨てにされるのなんてそれこそ麻衣子ぐらいだったからなんだか新鮮な感じだった。


「……でね? 実はこの服を買うためにお小遣いのほとんどを使い切っちゃったんだよね。だから、実は……さっき払ってもらえたのはありがたかったというか……」

「そうなの? じゃあ残念だけど今日はここまで、かな」


 まあ、たまには公園でひとりゆっくりするというのも悪くはないだろう。

 昔だって麻衣子が来るまでの間、延々とすべり台を滑って遊んでいたりしていたんだから大丈夫だ。

 いまやったら下手をしたら不審者扱いされてしまうかもしれないけど、少しぐらいなら遊んだって問題にはならないと思いたい。


「ま、待って!」

「慌てなくても家までは送るよ」

「そ、そうじゃなくて! まだ解散はしたくないんだよ!」

「そうなの? 僕としてもまだまだ付き合ってくれると嬉しいけど」


 でも、お金がないんじゃ歩いていても彼女的にはつまらないだろう。

 ここで楽しませられるのが陽キャラやイケメンだけど、残念ながら僕はそれには当てはまらないから。

 となると、今日はここで終わらせて解散するのが一番彼女のためになるわけだ。

 時間をつぶすために付き合ってもらうのは申し訳ないからするつもりはない。

 最初は彼女の目的のために動いていたから問題にならなかっただけだ。


「直人さえよければ私の家に――」


 全てを言い終える前に見知った顔の人が近づいて来ているのに気づいた。

 その人はスルーすることなく「あれ、直人君だ」と話しかけてくる。

 

「こんにちは」

「うん、こんにちは。ところで、今日は栞ちゃんと一緒にいるんだね」

「はい、約束をしていたので」


 友達の友達ではなくちゃんと友達なんだからすごい話だった。

 高橋先輩なんてそうでなくても最近知り合ったばかりだから尚更そう思う。

 こっちがゆっくりと積み重ねていくものを一気に飛ばしてしまった感じ、かな?


「そういえば麻衣子ちゃんのことなんだけど、なんか違う男の子と一緒にいるところを見たよ?」

「同じクラスの仙馬君ですね、一緒にいて楽しいんじゃないですかね」

「いいの?」

「当たり前じゃないですか、そんなの麻衣子の自由ですよ」


 彼氏でもないのに口出しするような人間がいたら正気を疑うぐらいだ。

 捕まるようなことをしていなければそんなの自由なんだから気にする必要はない。

 麻衣子本人が言っていたように変わっていくものなんだからね。


「あ、邪魔してごめんね、いまからどこかに行こうとしていたんだよね」

「はい、彼女の家に行こうとしていたところだったんです」


 僕的には自宅の方がいいものの、流石に家でふたりきりは嫌だったんだろう。

 それに自宅にはなにもないから彼女の家の方がいい、かもしれない。

 ただ、やることと言えばお喋りをするぐらいだろうから場所はどこでもいいなと。


「それじゃあね」

「はい、どこかに行くなら気をつけてくださいね」

「ありがとう、直人君達もね」


 単純に相手が先輩というだけでやりづらさがある。

 これは日が浅いとかそういうことだけではなく、僕自身に問題があることだった。

 だからいますぐに変わるようなことでもないので、とりあえずは内の中で片付けておく。


「栞、行こう――どうしたの?」


 待たせてはいけないから長く話すつもりはなかった。

 先輩だってなにかをしたくてああして出てきているわけだし、心配もしていなかったぐらい。

 もちろん、最後に言おうとした言葉だってちゃんと分かっている。

 あそこまで口にされて「そういえばなんだっけ?」なんて言う人間はいない。


「あ、やっぱりなしにしたいとか?」


 彼女は首を振った。

 別に固まってしまったわけではないみたいだった。


「行こうか」

「あっ、そ、それなんだけどっ、直人のお家でも……いい?」

「なにもないよ?」

「話せればそれでいいからっ」

「分かった、それなら行こうか」


 ひとりでは帰りたくなかっただけで、こうして彼女が来てくれるということなら問題もない、ないんだけど……。

 なんか無理をしているようにしか見えなくて心配になる。

 彼女としても○○時まで時間をつぶしたいのかもしれないものの、なにも無理して僕に相手を頼む必要はないだろう。


「麻衣子呼ぶ? その方が安心できるということなら来てもらうけど」

「ふたりだと嫌なの?」

「違うよ、あくまで栞のために言っているんだよ。今日はなんかちょっと無理している感じが伝わってくるからさ、気になるんだよ」


 何度も言うけどもう目的は達成したんだ。

 となれば、ここで自然と別れることもできる。

 残りの時間はもっと信用できる麻衣子だったり、他の友達と過ごした方が楽しいんじゃないのか、そう考えてしまうのだ。

 それもこれも、自分が中途半端な存在だからだった。


「そ、それは単純に、……なんか気恥ずかしくなってきたからだよ」

「新しい服もよく似合っているよ?」


 似合っている、ではなく、可愛いと言ってほしかったのだろうか?

 が、麻衣子が相手のときだって真っ直ぐ可愛いとは言ったことがないから諦めてほしかった。

 簡単に言えるようなことではないんだ。

 綺麗だと口にしても麻衣子みたいに慌てないような相手だと分かっていなければ僕にはできない。

 だって言った後の空気を想像するだけで若干うっ、となるぐらいだから……。


「ふ、服じゃなくてその、直人とこうして休日に行動していることについてだよ」

「だから嫌なら――」

「嫌じゃないって!」


 数秒経過してから「あっ、ごめん……」と彼女は謝ってきた。

 まあいいか、嫌じゃないと本人から聞けたんだから。

 僕の家に行くことは変えないみたいだったから家まで連れて行った。


「はい」

「ありがとう」


 家に着いてからの彼女は借りてきた猫のようだった。

 元々、ふたりだけのときは静かな感じの彼女だけど、これはまたそれとは違う気がする。

 これが初めてというわけでもないのになにを気にしているんだろうか?


「や、やっぱり麻衣子ちゃんを呼んでいい?」

「うん、いいよ」

「じゃあちょっと呼んでくるね」


 家が近いからということで直接呼びに行くみたいだった。

 ふたりで行く必要はないので、こちらはソファに座ってのんびりしておくこと。

 麻衣子が来てくれることで通常の状態に戻ってくれるということならありがたい。

 ああいう感じでいられると悪いことをしているような気分になってくるからだ。


「来たぞー」

「はい、飲み物」

「はは、準備がいいな」


 仙馬君と遊んでいて無理でした、という展開にもならなかった。

 が、栞は相変わらずいつもとは違う感じで彼女にくっついているままだった。

 まるで出会ったばかりの頃に戻ってしまったみたい。


「直人、栞になにかしたのか?」

「特になにもしてないよ、ここに戻ってくることになったのだって栞が言ったからでしかないんだし」


 仮に似合っているとか言ったことが駄目だったとしたならもう解散しているはず。

 つまり、今日の栞のそれは完全に本人に問題があるということだ。

 頼んで実際に行動してから我に返ってしまった可能性もある。

 なんで僕となんか行動しているんだろうと考えてしまった可能性もある。

 それでも、頼んでおきながら冷たく対応はできないから今日だけは~と考えたのかもしれない。

 その可能性が一番高そうだった。


「まあいいか、栞がおかしくなるのはこれが初めてというわけじゃないからな」

「その言い方は酷いよ……」

「事実だろ、ほら、あたしの服を掴んでないでしゃんとしろ」


 隠れるようにするのをやめて栞はソファに座った。

 麻衣子の方はご飯を食べるとき用の椅子に座ってこっちを見てくる。

 なんとも言えない不思議な感じがあった。


「そういえば栞、我慢しきれずに着たんだな」

「あ、そうなんだよ」

「いいな、可愛い栞によく似合っているぞ」

「ありがとう」


 こういうことを簡単に言ったりするから同性にもモテたりするんだ。

 基本的に格好いい子だから仕方がないのかもしれないけど、もう少しぐらいは気をつけた方がいいと思う。

 まあ、計算しているわけではなくこれが素の彼女なんだから無茶言うな、と言われてしまうかもしれないけどね。


「麻衣子ちゃんは最近、仙馬君とよく一緒にいるよね」

「ああ、妹との件で協力してからお礼がしたいお礼がしたいとうるさくてな。いらないと言っても毎時間そうやって近づいて来るから正直ふたりに助けてもらいたいぐらいだ」


 こういうところも彼女らしかった。

「礼をしてほしくてしたわけじゃない」とか言って受け取ろうとしないんだよね。

 で、そこがまた格好良く見えてしまうということになる。

 だから周りは余計に近づきたくなる、というところかな。


「そういうのは受け取ってしまった方が結果的に楽になると思うよ。それに、麻衣子は確かに仙馬君にとっていいことをしたんだから悪くはないでしょ?」

「んー、でも、ちょっと話した程度だぞ? 勝手に仲直りしたようなものだ」

「でも、麻衣子が背中を押したことによって妹さんもちゃんと向き合えたのかもしれないよ?」


 拒めば拒むほど仙馬君も意地になるはずだ。

 そうなったら余計に疲れるだろうから、ここで折れておく必要もあるんだ。

 先程も言ったように、悪い話ではないんだからある程度自由にやらせておくのが一番で。

 それかもしくは、ジュースを買ってほしい、とかそういうことで済ませてしまうのがいいかもしれない。

 そうすればお金を無駄遣いさせることもなくなるし、顔を合わせる度に同じような話をされることはなくなるだろうから。


「……つか、礼がしたいから今度どこかに行こうって誘われてるんだよ」

「仙馬君はいい子だよ、だからちょっと付き合ってあげてもいいんじゃないかな? ただ、本当に嫌なら断った方がいいけどね」

「……直人以外の異性と出かけるとか全くしてこなかったからな……」


 こういうのは行ってからじゃないと分からないことだ。

 初対面というわけでもないし、行ってから判断するのも悪くない。

 行ってないなと思ったら次はやめればいいんだ。


「栞も同じ意見か?」

「うん」

「そうか。じゃ、明日行ってくるかな」


 すぐに動こうとするところも彼女らしかった。

 これで仙馬君もお礼をすることができる。

 もしかしたら新しい欲求が出てきてしまうかもしれないものの、それは人間なんだから仕方がない。

 僕としてはもっと彼女と仲良くしてくれると嬉しかった。

 大切なのは重ねた時間の長さより質なんだ。


「楽しめるといいね」

「まあ、そうだな」


 いま連絡をしたいということで彼女は出ていった。

 流石に栞も落ち着いてきたのか「麻衣子ちゃんらしいね」と言って笑っている。


「栞は仲のいい異性とかいないの?」

「いないかな、直人とぐらいしか一緒に過ごしたことがないよ」

「なんかもったいないね、積極的に動いてみればいいのに」

「直人は知っているでしょ?」

「そうだけどさ」


 初めて出会ったのは中学一年生のときだった。

 だからつまり、それなのに修学旅行のあれがあるまでは苦手意識を持たれたままだった、ということだ。

 が、それは正直僕だったから、という可能性もある。

 いまからでもあっという間に変えてくれるような存在が現れるかもしれない。

 そう考えると、いま言ったようにかなりもったないことをしてしまっているように感じてきてしまう。


「栞――」

「いいの、私は麻衣子ちゃんや直人といられればそれで十分だよ」

「そっか」

「うん、考えて言ってくれるのはありがたいけどね」


 相性の問題だってあるんだからすぐにどうこうできることじゃないか。

 僕はもっと考えて発言する必要がある。

 麻衣子や仙馬君ならこんな余計なことを言ったりはしないだろうな。


「静かだね」

「うん、他に誰もいないからね」

「私だったら土日になる度に寂しくなっちゃいそう」

「どちらかと言えば、暇、かな」


 寂しい気持ちよりもそっちの方が遥かに強い。

 普段から掃除とかそういうことをしておくとやることが途端になくなるから我慢した方がいいか? と考えることすらある。

 でも、自分の部屋ぐらいいつでも綺麗なままであってほしいからしてしまうんだよなあと。

 なので、荷物持ちでもなんでもやるから呼んでくれたらありがたかった。


「麻衣子ちゃんはあんまりアプリを使ったりしないんだ、だから、その……」

「送ってきてくれれば相手をさせてもらうよ」

「……うん」


 携帯を使ってやり取りをしているところを想像してみたらなんかむず痒くなった。

 もちろん、そこから発展する可能性が限りなく低いことは分かっている。

 それでも、異性とそういうことをできる、というのは普通にいいことではないだろうか。


「ふぁぁ……」

「眠たいの?」

「あはは……、実はこの服が手に入るんだと思ったら寝られなくてね」

「それなら客間に行こう、布団を敷いてあげるよ」


 じゃあ帰って寝た方がいいとか野暮なことを言ったりはしない。

 そうしたいのであれば彼女の方から言ってくるだろう。


「はい、敷けたよ」

「……どこかに行っちゃうの?」

「うん、寝顔を見られたくないだろうから」

「い、いてって言ったら……」

「いていいならいるけど」


 その場合は僕もお昼寝をさせてもらおう。

 流石にずっとどこかを見ておくというのは現実的じゃないから諦めてほしい。

 少し歩いて疲れたのもあるし、丁度いい感じに休憩ができるのではないだろうか。


「よいしょっと」

「……直人も寝るの?」

「うん、一緒にお昼寝をしよう」


 反対側を向いて寝るから安心してほしかった。

 これぐらい仲が良ければ普通にすることだから気にしなくていい。

 やっぱり無理だということなら部屋で寝るから言ってくれればいい。


「今日は本当にありがとね、直人がいてくれたおかげでテンションを抑えることができてよかったよ。この服だって手に入れられたし、甘いものだって食べられたから幸せな時間を過ごせたよ」

「こっちこそ誘ってくれてありがとう」


 暇……と三十分毎に呟かずに済んだだけで嬉しかった。

 それにたまには誰かとどこかへ出かけるということもやっぱりいいと分かったから大きい。

 あとは彼女のいい笑顔が見られたのがよかったな。

 ぐさりと痛いところを突かれる~なんてことも多々あったものの、諦めずに一緒にい続けてよかった。


「栞――はは、早いな」


 それは見習いたいところだった。

 寝顔をじろじろ見るような趣味もないから戻して寝ることに。

 が、今回は全く眠気というのがやってきてくれなかった。

 なので、今日のご飯はなんだろうとかそんな普通のことを考えて時間をつぶしたのだった。

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