04話.[少しだけ強引に]

 五月になってからもう二十日も過ぎた。

 テストがあった以外は特になく、相変わらず変わらない毎日が続いている。

 変わらない毎日に退屈だと言う人はいるけど、僕的にはこれでよかった。

 でも、それは麻衣子や栞がいてくれているからだと思う。

 誰かと話せるような状態じゃなければ変わってほしいと願い続けたに違いない。


「田中、ちょっといいか?」

「うん、大丈夫だよ」


 廊下に出ても賑やかな感じは変わらないから好きだった。

 ひとりでいたって寂しくはならないし、こうして誰かといられたら楽しくなる。

 単純と言われてしまえばそれまでだけど、それで損しているわけではないんだから気にしなくてもいいだろう。


「田中って兄貴がいるんだよな?」

「うん」

「……喧嘩したときって、どうしてる?」


 喧嘩か。

 相手が同性か異性か、というだけでも変わってきてしまうことだから難しい。

 それに、そのときによって正解が違うから余計に。

 

「すぐに動いたっていい結果になるとは限らないからそっとしておくかな」


 それでもこういう風に答えておいた。

 これの本当のところを言うと、近づいたところで相手をしてもらえなくて離れておくしかできない、ということになる。

 が、いまそんなことを言われたら気になってしまうだろうから少し変えることにしたんだ。

 誰だって不安なときに悪い情報なんて聞きたくないだろうからこれでいい。

 もちろん、正直に言わなければならないときだってあるんだけど。


「だよな……、でも、もう十日もそのままなんだよな……」

「えっ、それはちょっと……」

「だよな……」


 ちなみに彼の場合は相手が妹さんになってくるから余計に難しそうだ。

 甘い物を買って食べてもらう作戦も上手くいかない可能性が高いし、かといって、放置ばかりというのもよくないし……。

 自分が原因でそうなっているのなら謝ればいいけど、理不尽なそれならどうしようもなくて足を止めてしまうかもしれない。


「田中が代わりに説得……なんてことを頼んだら余計に嫌われるよな」

「なんで喧嘩になっちゃったの?」

「……妹が食後のために買ってきていたちょっと高いアイスを暑いからという理由で食べてしまったからだ」


 あー、そういうのって意外と長引いたりするからなあ……。

 同じ物を買えばいいとかそういう単純な話じゃない。

 ……でも、十日も経てば「も、もういいよ」とか言って近づいてきてくれたりしそうなんだけどな……。

 食べ物の恨みというのは本当に怖いことなんだと彼の件で分かってしまったような気が……。


「ごめん、すぐに意見を変えてあれなんだけど、それはもう謝るしかないと思う」

「毎日謝っているんだけどなー」


 相手からしたら言葉が軽いとか感じてしまうかもしれないけど、悪いことをしてしまった側としては正直それしかやりようがないんだ。

 だって、物を買ってきたところで「それで変えると思った?」とか言われてしまうだろう。

 謝って謝って、それでも許してもらえないようなら、僕なら諦めることを選ぶ。

 家族だからって誰でも仲良くできるというわけじゃない。

 こっちにも感じる心があるように、向こうにだってあるんだから上手くいかないことばかりだ。

 それだけ拒絶するということは向こうにだって一緒にいるメリットがないわけだから仕方がないんだと片付けることもできてしまう。


「それなら逆に一切近づかないって手もあるよ」

「それって全く接しようとしないってことだよな? 俺、これまでは普通に仲良くしてこられたから辛いんだけど……」

「僕だったらそうするってだけだよ」


 まあ、普通はそうだ。

 余所の人とはともかく、家族とぐらいは仲良くやりたいと考える人は沢山いる。

 家族とは上手くいかないから余所の人と仲良くなりたいと考える人もいるだろうけど、圧倒的に前者の方が多いと思うから。


「どうしたんだ?」

「野地か、それが――」


 彼は彼女になにがあったのかを説明する。


「それならあたしが協力してやるよ」

「いいのかっ?」

「ああ、直人が動くより妹も警戒したりしないだろ?」


 こういうところは実に彼女らしかった。

 彼女も彼女で、困っている人を見つけたら放っておけないんだ。

 こうして直接聞いてしまえば尚更なこと。

 

「助かるっ、ありがとなっ」

「まだ礼を言うのは早いだろ」


 よかった、これで少しはいい方に傾きそうだ。

 友達が暗い顔をしているところを見たくないからこれでいい。

 残念ながら僕にできることは仲直りできるように願うことだけだけど、動かないことが相手のためになるってこともあるんだということも忘れてはならない。


「麻衣子らしいね」

「直人だって普段からしていることだろ」

「でもさ、麻衣子曰く、僕は女の子にしかしていないんでしょ?」

「冗談だよ。それに相手が異性だけでも他人のために動けているということだろ。それは責められるようなことじゃないから安心しろ」


 まあいいか、彼女がこう言ってくれているんだから信じておけばいい。

 異性のときだけ絶対に動くという人間ではないんだから気にしなくていい。

 それにあんなリスキーなことはもうしない。

 そういうところだけ気をつけていれば問題にはならない。


「頑張ってね」

「おう」

「仙馬君も仲直りできるといいね」

「そうだな」


 彼女がいれば大丈夫だ。

 だからあとはしっかり向き合おうとするだけで十分だった。




「わわっ」

「っと、危ないよ」


 手伝おうかと言ったのに無理して断ったりするからだ


「あはは……、まさか落としそうになるなんて思わなかった」

「手伝うから貸して」


 もう今度は有無を言わせずにぶんどってしまうことに。

 係だから~ということではないものの、一緒にいるときに急に彼女が思い出したんだから仕方がない。

 一緒にいるのになにもしないようなら離れた方がいいだろう。


「や、やっぱり私にはそういう強気な態度でいられるんだね」

「え?」

「な、なんでもない」


 強気な態度、かどうかはともかくとして、相手が麻衣子のときでも同じようにするから勘違いしないでほしかった。

 相手によって露骨に態度を変えているつもりはない。

 ただまあ、どうしても一緒に過ごした時間の違いで多少変わってきてしまうというのが実際のところだ。

 つまり、麻衣子や彼女といるときと、高橋先輩といるときでは全然違う。

 でも、そればかりは仕方がないんだと片付けてほしかった。

 誰だって慣れない相手にはそうだろうし……。


「手伝ってくれてありがとう」

「これぐらい誰だってするよ」


 やることがなくなってしまったから大人しく席に座っていることにした。

 なんとなく麻衣子はと確認してみた結果、仙馬君と楽しそうにお喋りをしていた。

 麻衣子と、そしてなにより、仙馬君が真っ直ぐ向き合ったおかげで妹さんとも無事に仲直りできたみたいだからよかったと思う。

 で、それからというもの、ああしてふたりで話していることが多くなったということになる。

 これは……、案外いい流れになるかもしれない。


「な、直人さん」

「ん? どうしたの?」


 複雑そうな顔でこちらを見てきている栞。

 先程から変なことを言ったり、変な態度でいたりするから少し気になるところではある。


「……今週の土曜日に荷物が届くんだけど、直接家にじゃなくて受け取りに行かなければならないんだ。で、なんだけど、そのときに一緒に行ってくれるとありがたいなーって……」

「別にいいよ? え、それを言いたいだけだったの?」


 彼女は違う方を見つつ「う、うん、ほらっ、土日は休みたいかなーって」と言う。

 確かに家にいるのは好きだけど、誰かといられる時間はもっと好きだから全く構わなかった。

 麻衣子とだけいられれば正直それでいい――あのときの発言は間違いだったんだ。

 麻衣子、美苗さん、そして彼女、それなりに一緒にいるんだから麻衣子だけが~とはならない。

 自覚していないだけで独占欲みたいなのがあったのかもしれないし、ああ言ったら麻衣子がずっといてくれるんじゃないかと期待していた面もあったのかもしれないから、かなり恥ずかしくなってくる。


「じゃあ栞の家に行くよ、お昼からの方がいい?」

「うん、お昼ご飯を食べてから行こうとしていたんだ」

「分かった、それならそういうことで」


 これで土曜日はだらだらしなくて済む。

 午前中は掃除とかそういうことに使えばもっとよくなることだろう。

 兄はバイトで両親も仕事へ行くからどうしてもやれることはそれぐらいしかない。

 一緒に行ってほしいということは結構大きな荷物なのかもしれないから当日は頑張ろう。

 流石に情けないところは見せられない。

 笑ったりはしてこないだろうけど、できるだけ格好悪いところを見せないのが一番なんだ。

 だってほら、もしたかだかそれぐらいの物でひーひー言っていたら頼ってもらえなくなってしまうかもしれないからね。


「直人、さっき栞となんの話をしていたんだ?」

「土曜日に付いてきてほしいって言われてね」

「ああ、またあれを頼んだのか」

「え、知っているの?」

「ああ、この前はあたしが手伝ったからな」


 僕にも頼めるということは危険物、というわけではなさそうだ。

 僕にとって危険な物、という可能性はあるけども。


「またサイズが大きくなったんだな」

「大きくなった?」

「あ、下着とかの話じゃないぞ?」

「ああ、ということは服か!」

「こだわりがあるみたいでな、ネットじゃないと頼めないからいつもそうしているんだよ」


 ということは太っ――余計なことは考えないようにしておこう。

 どんな理由でも正直、悪いことじゃなければどうでもいい。

 僕は頼まれたから付いていくというだけだ。

 持って問題ないようなら運ばせてもらうつもりでもいる。

 でも、服なのにどうして家まで運んでもらわないのだろうか?


「教えてくれてありがとう、少しすっきりしたよ」

「ああ、行くときと帰るときは気をつけろよ」

「うん、ありがとう」


 仙馬君とのことは聞かないでおいた。

 きっとなにかが進展したら話してくれるだろうからそれを待てばいい。

 焦る必要も、焦らせる必要も一切なかった。




 問題なく例の物を受け取ることができた。

 ただ、テンションが上ってしまったのか、いますぐ着たいということだったから着替え終えるのを待っている状態だった。


「ご、ごめん、ちょっと時間がかかっちゃって……」

「大丈夫だよ。それより、なんか栞にぴったりって感じがするよ」


 なんとなく○○はこういう服を着ていそうというイメージを抱くことことがあるけど、彼女の場合は自分の中のそれとほとんど変わらないからなんか安心できる。

 これまた露出が激しいとかそういうことではないのが大きいのかもしれない。

 美苗さんも、この前見た高橋先輩もそう。

 目のやり場に困るということにはならないから本当にありがたかった。


「む、それって褒めてるの?」

「当たり前だよ。特になにも感じていなかったり、似合っていなかったらなにも言わないから安心してよ」


 ちなみに、麻衣子がよく分からないへにゃへにゃのキャラクターがプリントされた服を着ていたときは本当になにも言わなかった。

 いや、正直に言うと、なにも言えなくなってしまった、と答えるのが一番正しいかもしれない。

 もちろん、自分にセンスがあるわけではないから偉そうには言えない。

 でも、流石に酷すぎるとえぇと感じてしまうことはあるんだ。


「まあいいや、ありがと」

「うん」


 さて、これで目的も達成したわけで。

 僕としてはここで解散ではなく、もう少しぐらいは一緒にいたかった。

 単純に時間をつぶしたいからだけど、別に強制させるわけではないから安心してほしい。

 あくまで彼女から返ってきた言葉で判断して動けばいいんだ。

 もし無理そうなら公園にお世話になればいい。


「でも、これで解散はなんか寂しいからどこかに行こうよ」

「それなら甘いものでも食べようか」

「お、いいねっ」


 いい選択をしてくれたのはきみの方だっ。

 とはいえ、ここら辺りにあるお店に詳しいわけではないから任せることにした。

 彼女も特に気にした様子もなく、自分の胸を優しく叩いてから「任せて!」と言ってくれた。

 当たり前だ、だってデートじゃないんだから任せたって問題にはならない。

 会計時に無理をしなくたってあくまで友達同士ならそんな感じだから。


「あんみつを食べたいっ」


 決まったらしいので依然として付いていくことに。

 僕的にはパフェとかにしてくれた方がよかった。

 何故なら、あんことかが苦手だからだ……。


「いらっしゃいませ」


 きな粉なんかも食べられないから結構大変だぞこれは。

 が、気を遣わせてはいけないから黙って食べてしまうことにしよう。

 まあ、シンプルなアイスクリームだってあるんだから気にしなくていい。


「これをふたつお願いします」


 ……無理になってしまったからやはり最初に考えた作戦でいくことにした。

 食べたら吐いてしまうというぐらいではないし、胃に流し込んでしまえばいい。

 その際はゆっくりにして異変に気づかれないようにしなければならないけども。


「あ……、勝手に注文してごめんね? でも、ここの食べ物は本当に美味しいから直人さんにも知ってほしかったんだ」

「そうなんだ、連れてきてくれてありがとう」

「う、うん」


 相手のことを考えて行動するということがちゃんとできている気がした。

 これだったらいつか誰かを好きになってもそう問題ばかり、ということにはならない気がする。

 問題があるとすれば、上手く対応できていても好きになってもらえるかどうかは分からないということだろう。


「お待たせしました」


 それよりも、だ。

 いまはこれと戦うことの方が重要だ。

 彼女は目をきらきらさせて「美味しそうっ」とハイテンション気味。

 一切顔に出してはならない。

 この楽しそう、嬉しそうな感じのままでいてほしいから最後までやり抜くんだ。


「「いただきます」」


 大丈夫、これなら問題なく食べられる。

 お店の人と彼女的にはもっと美味しそうに食べてほしかっただろうけど、そこまでは求めてもらわないでもらいたい。

 周りに聞こえる声で不味いとか言ったりするような人間よりはマシだろう。

 嘘をついてしまって点については……。


「美味しいねっ」

「うん、そうだね」


 それこそ中学三年生の修学旅行前ならこんな笑顔を見ることができなかった。

 特別見たかったというわけではない、ただ、ふたりきりになりそうになると露骨に嫌そうな顔をされていたから気にはなっていたんだ。

 だから、本当に終わってから少しずつ変わってくれたときは嬉しかったなあと、彼女の笑顔を見つつそんなことを考えた。


「んぶっ!? ごほっ、ごほっ」

「だ、大丈夫? ほら、水飲んで」


 寧ろゆっくり食べていたのにどうしたのだろうか?

 器官が衰えているというわけでもないだろうから、単純に変なところに入ってしまっただけなのだろうか?


「はぁっ」

「大丈夫? 慌てなくていいから」

「……うん、ごめん」

「謝らなくていいよ。それよりほら、いまさっきみたいに幸せそうに食べててよ」


 それを見ていれば苦手でもいちいち引っかかったりせずに食べられそうだから続けてほしい。

 が、余計なことを言ってしまったのか、後半からはどこか落ち着かなさそうで駄目だった。

 それでも、ほとんど彼女の方に意識がいっていたおかげで無事に食べ終えることができた。

 反応的にも顔や態度に出ていた、ということもないと思う。


「余計なことを言っちゃったからここは払わせてよ」

「えっ、そんな……悪いよ」

「いいからいいから、それに普段から栞にはお世話になっているわけだからね」


 仙馬君にはジュースを買ったりしたのに彼女には一切していなかったからこれは丁度いい。

 ここも少しだけ強引にそれ以上は言わせないようにした。

 日頃のお礼ぐらいさせてほしかった。

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