03話.[決めていた通り]
「――ということなので、お買い物に付き合ってください」
リビングでゆっくりしていたら家に来ていた美苗さんが急にそう言ってきた。
なんでも、明日兄は急遽バイトが入ってしまったから、一緒に行けなくなってしまったから、だそうだ。
確認してみた結果、兄は少しだけ納得いかないといった顔をしていたものの、こちらの肩に触れてから「美苗のこと頼むぞ」と。
「でも、付いていくぐらいしかできないですからね?」
「それでもいいよ、ひとりで行かなくていいというだけで私的には安心できるから」
「って、なにを買いに行くつもりなんです?」
ひとりだと不安だということは慣れないお店に行くということだ。
……そう考えただけで一気に行きたくなくなったのはなんでだろうか?
別に美苗さんと一緒にいるのが嫌だというわけではないけど、彼女はどちらかと言えば高橋先輩タイプだから少し怖い。
あとはべたべた触れてくるところも問題だった。
相手にそのつもりはなくてもね、彼氏がいてもね、魅力的な異性に触れられたらドキッとしてしまうことはあるんだよ……。
「それはねー、下着――」
「じゃ、明日は女の人でも誘って行ってきてください」
「わーんっ、待ってー!」
騒がしくされると僕の立場が悪くなるから静かにしてもらった。
それで翌日になったのはいいんだけど……、
「なんでわざわざ別行動なんてするんだ……」
一緒に行けばいいのに無駄なことをしていた。
集合場所を決めて、時間差を作ってから向かうなんてアホらしい。
そういうのは兄が相手のときだけしておけばいいというのに。
「ま、待ったー?」
「はぁ、いいから行きましょう」
「うわーん! 直人くんが冷たいよー!」
で、実際は変なことに巻き込まれたりはしなかった。
それこそ彼氏と一緒であればまあ、こうやって一緒に歩いたりするよね、気になるお店に入るよね、という感じで。
彼女からすれば
……麻衣子にあんなことを言ってしまった後だから矛盾してしまっているわけだけどね……。
「私、直人くんといられる時間も好きだな」
「よしてくださいよ、兄と違って面白いことも言えませんよ」
「ううん、そういうことを求めているわけじゃないから安心してよ。私はただ、一緒にいて安心できる相手といられて幸せだなと思っただけ」
それはまあ装っているみたいなところもあるのだ。
だって弟がクソだったら兄がよくても離れて行ってしまうから。
少なくともあの家に来ることはなくなっていただろうから、うん、兄は僕に少しぐらいは感謝してほしい。
「それより早く次を見つけてくださいよ」
「まあまあ、ゆっくりでいいんだよ、どこに行くかなんて決めていないんだから」
早く夕方頃になってほしいと強く願った。
こうなるだろうからとお昼からにしたのは正解だった。
彼女とこうしてふたりきりで行動することはあったけど、これまでもずっとそうだった。
……彼女の横を歩いていると視線に突き刺されて痛くなるんだ。
というのは冗談で、なんか相応しくない気持ちになってくるから離れたくなる、そう答えるのが正しかった。
「あー、田中君だ」
「こんにちは」
遭遇するとしても仙馬君か伊藤さんであってほしかった。
麻衣子だったらもっとよかったけど、まあ、そう上手くいくようにはなっていないから妥協できると思ったのに……。
「ねね、誰なの?」
「あ、最近話すようになった一学年上の先輩なんです」
「そうなんだ? いいね!」
なにがいいのか正直分からないものの、そうですねと答えておく。
とにかくいまは無難に終わらせることだけに専念した方がいい。
そういうのを訂正しつつ流れも弄ろうとするなんて僕にはできないから。
慌ててしまってどうにもならないという状況ではないものの、こういうときに上手く対応できないのが残念なところだと言える。
「初めまして、私は平島美苗です」
「あ、私は高橋
自己紹介だけではなくお喋り大好き美苗さんは何回も話しかけていた。
こうして一緒に歩いている僕らなわけだけど、用事とかがあったのでは? と気になり始めてしまった。
年上の人に話しかけられたら相手が終わらせてくれない限り抜けづらいから仕方がないことなのかもしれない。
でも、余計なことは言わないってあのとき決めたわけだから黙っておくことにしようか。
「あ、そういえばどこかに行こうとしていたんだよね?」
「あ、終わらせてきたところだったので大丈夫ですよ」
「そうなのっ? じゃあ一緒に行こう!」
「はい、分かりました」
美苗さんとふたりきりでいるよりはマシだからこれはありがたかった。
女の人ふたりに普通の男がひとりということで見られるかもしれないものの、それなら簡単に片付けることができるから問題ない。
まあ、できれば先輩じゃなくて伊藤さんの方がよかったけど、贅沢を言うのはやめておこう。
「学校での直人くんってどんな感じなの?」
「多分変わらないと思います、最近知り合ったばかりで詳しく知っているわけではないですけどね」
「変わらない感じかー、ということは、女の子に優しくできてるってことだよね」
「そうですね、少なくとも私は助けてもらいましたから」
同性相手にもできるときはしているというのになんでだろうか?
別に他人からどう思われようと、言われようと構わないけど……。
「私なんて何回も助けてもらったからねー」
「仲がいいんですね」
「うん、あっ、だけど私は直人くんのお兄さんと付き合っているんだけどね」
「あ、そうだったんですね、雰囲気がよかったからてっきりお付き合いをしているのかと思いました」
「んー、直人くんも魅力的だけど、やっぱり歳が離れてるからちょっとね」
真っ直ぐに否定された方がマシだった。
僕と彼女が同級生であったとしてもそういう関係になれなかったことは容易に想像できる。
何度も言うけど、僕は彼女のことを好いていた、とかではないのだ。
だからそこを勘違いした彼女によって何度も振られるのはそれはそれできつい。
「でも、直人君には麻衣子ちゃんがいてくれますからね」
「そうだね、そこは私も安心できることかな」
Sっ気がある先輩だから別に気になったりはしなかった。
たかだか後輩の名前を呼ぶぐらいでドキドキする人間はいないし、先輩から名前で呼ばれたぐらいでドキッとする人間はいない。
あ、でも、なにを企んでいるんだ……? と不安になることはあるか。
「そういえばここだけの話なんですけど――」
そこから先は近くにいたのに聞こえなかった。
それが狙いなんだから成功しているわけなんだけど、目の前で内緒話をされると気になるものだ。
聞いている彼女は「え!?」とか「そうなんだ!?」とか派手なリアクションをしている。
「そうだったんだ……、お姉さん、前々から一緒にいるのに直人くんのことが分かっていなかったみたい……」
ああ、これはわざわざ聞く意味もないことだ。
どうせ麻衣子の制服を着たときの話をしたんだろう。
お喋り好きな人ってよく見れば明るくていい人だけど、悪く見れば教えてほしくない情報を喋りたがりなところもあるわけだから判断が難しい。
「直人く――」
「その話は終わりにしましょう、そうしないといますぐにでも帰ります」
「わ、分かったから、そんなに怖い顔をしないでよ……」
結局数店に寄っただけでお喋りばかりの一日となった。
分かったこと、それは間違いなく僕が必要なかったということだろう。
なのでそれをそのまま伝えたら兄もどこか安心したような顔をしていたのだった。
「私と田中さんって結構いい関係だと思うんだよね」
僕と関わってくれる異性はこうして急に流れを作ることが多かった。
「それよりどうしてさん付けなの?」
「よく考えたら年上の魅力的な異性ふたりが君付けで呼んでいるでしょ? それなのに私も真似していたらおかしいかなって」
「なにもおかしくないでしょ……」
そんなことでおかしいと言う人間がいたらなんで口撃を仕掛けに行くところだ。
でも、変えるつもりはないみたいだからそのままにさせておく。
だってそこは別にどうでもいいことだからだ。
名字や名前を呼び捨てにしてくれたって構わなかった。
「田中さんは変態さんだけど、私にも優しくしてくれる子だからね」
「伊藤さんは麻衣子の友達だからね、それなのに雑に扱ったりはできないでしょ。それに、僕に話しかけてくれる子だからね。尚更できないし、やるつもりもないかな」
発展することはないものの、そう考えると僕は結構恵まれている気がする。
友達のほとんどが女の子って正に理想みたいなものだし。
行動派が多いから置いてけぼりになる可能性も高いから少しあれだけど……。
「というわけで、そろそろ私も直人さんと呼ぼうと決めたんだけど、どう?」
「呼びたければ呼べばいいんじゃないかな、嫌なら名字呼びのままでいいわけだし」
「うん、じゃあ直人さんって呼ばせてもらうね」
最初は絶対にふたりだけで行動とかできる感じじゃなかった。
仮にそうなりそうになったら冗談でもなんでもなく悲鳴をあげられていたぐらい。
だからこの変化には結構感動を覚える。
なんだろう、あ、野良猫が警戒しないで近づいてきてくれるようになったときに似ている気がする。
「修学旅行とか何気に同じ班だったよね」
「あったね、麻衣子とは別々になっちゃったけど」
「あのときのあれで結構変われた気がするんだ」
彼女は自由行動の日に体調が悪くなってしまったんだ。
で、担任の先生が考えた班割りだったから仲良く行動、とはいかず、他の班員はさっさとどこかに行ってしまった。
いやまあ、どう見て回るかを話し合っていたわけだから仕方がないと言えば仕方がないんだけどね。
それでも放置するだけではなく悪口を言ったあの子達のことをいまでも許せないままでいる。
「先生に言うのも勇気がなくてできなかったし、班の子は文句を言ってくるしで正直泣きそうになった。でも、そのときに直人さんが『大丈夫だよ』って言ってくれて、凄くありがたかったんだよ?」
「うん、それは直接当時の伊藤さんが言ってくれたから分かっているよ」
ふらふらしていて歩かせるのも違かったからあの日はずっと背負って歩いていた。
慣れない土地なうえにじろじろ見られていたことによりかなり精神的に疲れたものの、彼女が「ありがとう」と言ってくれただけでどうでもよくなったぐらいで。
それからは確かによく彼女の方から来てくれるようになったから、疑うわけではないけど本当にそのとおりなんだなと。
「私、すごい力でしがみついていたよね」
「そうだね、人とすれ違う度に首を絞められて結構大変だったよ」
体調が悪くても気になることは気になるものだ。
あまり仲良くない異性に背負われているというのも気になっただろうし、せっかく他県に来ているのにもったいないというのもあっただろうし、それをじろじろ見られているというのも問題だっただろうし。
ただ、そんなことがあったのに三日目は元気に行動することができたのはすごいことだと思う。
多分、楽しまなければ損的な考えではなく、班の子に迷惑をかけないようにと頑張ったんじゃないかと想像していたわけだけど、どうだろうか?
彼女のことをあの頃よりも知ることができているから案外、楽しむために頑張った可能性もあるけどね。
「直人さん」
「うん? また麻衣子に可愛い服を着させたくなったの?」
「違うよ、なんか名前を呼びたくなっただけ」
そういうこともあるのかな。
用もないのに呼んだことがないから分からない。
こんな話をしていたから、だろうか?
体調が悪かったときのことを思い出して少しだけなにかが変わったのかもしれなかった。
「そろそろ帰ろっか、今日は残っても麻衣子ちゃんはもういないからね」
「分かった、帰ろう」
今日は、というか、彼女は麻衣子がいないところだと物凄く静かになる。
だからって話さないとかそういうことではなく、これもまた彼女って感じがした。
まあ、不快にさせるかもしれないから言ったりはしない。
「ねえ、栞って呼んでよ」
「いいの? じゃあ呼ばせてもらうよ」
元気な彼女も好きだけど、僕は正直、この静かな方が好きだったりもする。
でも、麻衣子と一緒にいられているときの嬉しそうな感じも見ていてほっこりした気持ちになれるから悪くはない。
「あっ、勘違いしないでねっ? さっきはあんなことを言ったけど、好きだとかそういうことじゃないからっ」
別にこっちがなにを言ったというわけでもないのに……。
そもそもそんな期待は麻衣子に対してだってしていないから安心してほしい。
そりゃもちろん、いつかはそういうのがあったらいいとは考えているけど、少なくともそれはいまじゃなくていいんだ。
「勘違いなんかしないよ」
「そ、そうだよねっ、よかった」
露骨にほっとしているような顔にダメージを受けたものの、特に言ったりはせず。
すぐに別れるところに着いたから別れてひとり帰路に就く。
「よう」
「これからお散歩?」
「いや、なんとなく外にいたい気分だったんだ」
彼女は「いまから一緒に過ごさないか?」と誘ってきたから受け入れて隣に座らせてもらった。
今日はいい天気だから雲も全然なくて綺麗だった。
ただ、夕方というのもあって結構眩しいのがなんとも言えない気持ちにさせてくれるけど。
「ひとりで帰ってきたのか?」
「いまはね、さっきまでは栞と一緒に帰っていたんだ」
「お、名前で呼び始めたんだな」
「うん、本人が求めてきたからね」
それなりに一緒にいるのに今更かって言いたいんだろう。
でも、僕はそこにこだわっていたわけではなかったし、栞もまたそこにこだわっていたわけではなかったから多分現状維持を続けていたんだと思う。
それはこれからも変わらないままだ。
というか、僕は求められない限りそんなことができたりはしない、と言うのが正しいのかもしれない。
「そろそろ変わっていくのかもしれないな」」
「人間だからね、変わることだってあるよ」
願ったところでずっと現状維持ができるわけではない。
相手が変わろうとしているときに邪魔なんてできないから見ていることしかできないだろう。
一ヶ月後には僕はひとりになっているかもしれないし、誰かといるかもしれない。
戻ることは不可能、だから後で悔やむようなことにならないように頑張るしかなかった。
「そういえば用事は済んだの?」
「ああ、荷物はちゃんと受け取れたぞ」
「どうせなら十八時とかに来てもらえるようにすればよかったのにね」
「一応、配達する人のことを考えて早めにしたみたいだな」
「はは、麻衣子のお母さんらしいや」
それにしても、僕でさえ利用したことがないネット通販を上手く活用しているのは素晴らしいことだ。
なんでも実店舗で揃えるよりも安いのが揃っているみたいだから、いつか覗いてみても面白いかもしれない。
例えば他県にしか売っていない物があったとして、それのために他県に行く、というのは現実的ではないからね。
「あ、もしかしてああいう可愛い服もネットで頼んでいるの?」
「そうだな、さすがに直接買いに行くのは無理だ」
「そっか」
お金さえあれば欲しい物を直接行かずに買えるというのはいい話だ。
が、デメリットも当然ある。
それは僕だったらの話だけど、覗く度にお金があるからとなにかを買ってしまいそうなところだった。
「今度、ああいうのを着てひとりで歩いてみようと考えているんだ」
「うん、気にしなくていいよ」
「直人の言うように、別に露出している部分が多いとか全くそういうことはないからな。なのに、自分が勝手に悪く考えて好きな服を着られないというのもださい話だからさ」
「似合っているから大丈夫だよ」
頑張れ麻衣子、応援するぞ。
彼女のお母さんが帰ってきたことによって自然と解散になった。
家に着いたらいつも通りベッドに転んで、なんとなく決めていた通り通販サイトを見てみたのだった。
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