02話.[絶対に無理な話]
「あ、やっと見つけた」
いま自分の家から出てきたばかりなのに戻りそうになった。
が、登校しなければならないことには変わらないから出てみると、お客さんが「隠れるなんて酷いな……」と。
いや別に、あのときの子がいたからとそうしたわけでは――いや、自分の家から出てきたはずなのに間違えてしまったような気持ちになってしまったから似たようなものかと片付ける。
「この前はありがとね」
「前も言ったように、あのまま見て見ぬ振りをしたら不安になって落ち着かなかったからしただけだよ」
今更だけど同じ高校だったんだなと。
できれば違う高校であってくれた方がよかった。
何故なら、やっぱりどう考えてもかなり危険な行為をしてしまったからだ。
「着いたね」
「うん――うん?」
当たり前のように三年生ゾーンに行っていらっしゃる……。
ということはつまり、
「あ、うん、私は三年生なんだよ」
「そ、そうですか……」
まあ、これしかないと。
これまで当たり前のようにタメ口でいてしまったから冷や汗が出てきてしまった。
で、そういうのを雰囲気で分かったのか「気にしなくていいよ」と柔らかい笑みを浮かべて言ってくれる先輩さん。
「それに田中君は私の貴重な百円玉を見つけてくれたわけだからね」
「そういえばどうして川に落ちてしまったんですか?」
「あー……、お店に着いたらすぐに出せるようにって持ちながら歩いていたんだ。やっとお金が貯まって欲しい物が買えるという状況だったからちょっと浮かれちゃっててね……」
僕も近いお店に行くときは財布を持たずにポケットに突っ込んで行くときがあるからなんとなく気持ちは分かった。
ただ、川に落としてしまうぐらい浮かれてしまうようなことはなかったため、なにが欲しかったんだろう? と少しだけ気になってしまった。
が、そこは相手が麻衣子というわけではないから聞くわけにもいかず、ただ一緒に歩くことしかできなかった。
「懐かしいな、私もこの教室だったんだよ?」
「どこに座っていたんですか?」
「それがねー、なんと真ん中なんだよ……」
それはまた、なんともコメントに困るな。
この人が明るさ全開だったら気にならないだろうけど、マイナスに考えがちな人なら多分嫌な場所だろうから。
微妙そうな顔をしているぐらいだし……。
「左右どっちも男の子でね? 私を挟んで会話するものだから間違えて反応することも多くてさー」
「あー、それで反応してしまったら最悪ですよね」
「うん、何回も危なかったーって内で呟く羽目になったよ」
頼むから仙馬君でも麻衣子でもクラスメイトでもいいから来てくれっ。
この階に着いたときに自然と別れるものだと考えていた自分、が、先輩は話すのが好きなのかこうして残ってしまった。
コミュニケーション能力に自信がないとかそういうことではないものの、相手が慣れない異性だということなら話は変わってくる。
それでもひとつだけいいことがあって、それは先輩が誰かと付き合っていそう、ということだった。
その前提が崩れなければ勘違いして好きになるようなこともないから安心できる。
「よう」
「あ、おはよう」
あの日だけというわけではなく、毎日早めに来ているようだった。
とにかく、仙馬君は僕にとってかなりいいこをしてくれたことになる。
これは後でジュースかなにか奢らなければならない。
「おいおい、野地じゃない異性とも仲良しなのかよ」
「違うよ、そういうのじゃないよ」
先輩はにこにこと笑みを浮かべているだけでなにかを言おうとはしない。
あ、これこそ挟んで会話~みたいな感じだから難しいのか。
「のち……さんって女の子だよね?」
「そうですね、田中と普段一緒にいる異性です」
「会ってみたいな」
「それなら待っていればすぐに来ますよ、あ、俺はこれで」
なんで出ていくんだぁ……。
でも、普段から一応いい人間であろうと動いていたのがよかったのか、麻衣子がすぐに来てくれた。
今日は寄ってもいなかったから怒られるかと思ったのものの、幸いそういうことはなく楽しそうに話しているふたり。
僕はそれを見つつ、平和だなあ、なんて内で呟いてみたりもした。
「田中君、麻衣子ちゃんって可愛いね」
「そうですね」
「友達になってもらったんだ」
「よかったですね」
先輩と後輩だということを考えれば、どちらかと言えば麻衣子が友達になってもらった側になるわけだけど、先輩が嬉しそうだったから余計なことは言わなかった。
麻衣子もまたいい顔で先輩を見ているだけだったし、うん、だったら黙っていた方がいい。
「高橋先輩、ちょっと直人を借りてもいいか?」
「うん、私もそろそろ戻らなければいけないから」
「じゃあまた昼休みにな」
「うん、行くから食べるの待っててね」
やっぱり女の子ってすごいな、もうお昼休みに一緒に過ごそうとしているぐらいなんだから。
元々知り合いだったとかそういうベタな展開ではなかったけど、そういうところはやはりらしかった。
「で、だ、直人君」
「うん」
「……登校したらいきなり知らない女子が教室にいてびっくりしたぞ……」
そう、こういうところも彼女って感じだった。
責めてくるかもしれないというところで不安になったりほっとしたりと面白いところを見せてくれる。
こういうところが彼女の好きな部分のひとつだった。
「でも、すぐに友達になれるのは麻衣子らしいね」
「ああ、話していていい人だって分かったからな」
「ちなみになんだけどさ」
制服とかを着ていない状態で先輩を見ることになっても先輩だと分かったか、ということを聞いてみた。
もしこれで先輩に見えると答えられたら僕は相当失礼なことをしていたことになるわけで。
だって勝手に年下だとか同級生だとか考えて行動していたわけなんだから。
だからやっぱり、直接助けを求められてからじゃないと動くのはやめた方がいいのかもしれない。
「んー、あくまでシューズの色とかで判断しただけだからな」
「あ、そうなの?」
「ああ、結局外面だけではなにも分からないぞ」
よかった、少しはマシになった。
でも、これからああいう場面に出くわしたら麻衣子を呼んでから話しかけようと決めたのだった。
「田中君! ちょっと来て!」
伊藤さんの元気さだけは見習いたかった。
さあ、今日はなにを言ってくるのか。
ああいう系統の服を着ることが好きだったから問題はなかったものの、今度ばかりはそうはいかないかもしれない。
本人が嫌がっているようなら止めるつもりでいるから、できればそういう展開にならなければいいと考える。
「次はね、あなたの学生服を着ている麻衣子ちゃんを見たいんですよ」
「あ、そんなことなの?」
「ええっ」
そういうことなら全く問題ない。
麻衣子に話をしてみたら今日の放課後に早速実行してくれるということだった。
僕のやつだって普段から洗濯とかだってきちんとしているわけだし、拍子抜けしてしまうぐらいには早く終わってしまうことだろう。
というわけで放課後、
「着てきたぞ」
何故か僕の家で開催ということになってしまったものの、これまた余計なことは言わず。
それに今回は完全に見ているだけでいいし、学生服であれば僕に見られたくないとかそういう風に考えはしないだろうから気楽だと言えた。
「おお! って、あのー……」
「ん? どうした?」
僕も同じことを聞きたかった。
こうして見たかったものが見られたというのになにが不満なのだろうか?
想像していたのとは違うとか?
「照れたりとか……しないんですか?」
「まあな、これは直人のだからな」
伊藤さんは納得がいかなかったのか大きな声で「つまらない!」と言う。
やがて、そう言われても困る的な顔で見ていた麻衣子ではなく、僕の方を見て彼女は「田中君も着て!」と重ねてきた。
なにをと考えて、もしかして女の子の制服じゃないだろうな? と恐れていると、
「麻衣子ちゃんの制服、着てきて?」
「やっぱりそうきたか……」
彼女は今日もぶれなかった。
自分の目的を達成するまでは他人を振り回そうが一切気にしない――かどうかはともかくとして、結構大胆に行動する子だ。
とにかく、着方だって分からないから無理だとしっかり言っておく。
嫌なことは嫌だと言う、それが大切ではないだろうか。
「直人、あたしが教えてやるから心配するなよ」
「待って、どうして麻衣子も乗ってるの」
「だって面白そうだろ?」
うわあ、分かりやすくにやにやしていらっしゃる。
こうなったら仕方がない、こっちもやられっぱなしというわけにはいかないのだ。
「じゃあ麻衣子の下着も貸してよ? どうせやるなら完璧にやりたいから」
「な、なに言ってんだっ」
「形から入るタイプなの、だから早く下着を貸してよ」
麻衣子じゃなければこの時点で社会的に死んでいる。
が、ここにいるのは麻衣子と伊藤さんだけだから気にする必要はないのだ。
もちろんこんなことは二度と言ったりしないから安心してほしい。
だって自分に自分がひぇってなっているんだからね……。
「田中君、さすがにそれはないよ……」
「あ、そう……」
彼女は「なんか萎えちゃった」とか言って家から出ていった。
最初からこういう作戦だった、ということにしておこう。
そういう風に片付けておかないと心が駄目になってしまうから。
いやまあ、自業自得だと言われてしまえばそれまでだし、相当気持ちが悪いことを言っていた自覚はあるから言われても仕方がないんだけどね。
「……なんかむかつくから着ろ」
「えぇ、むかつくからって勢いでさせていたら後悔――」
「いいから着ろっ、それともあたしが全部やってやろうか!?」
「わ、分かったから……」
数分後、女の子の制服を着た
正直、どうしようもないぐらい落ち着かない。
いまならあのときの彼女の気持ちが分かる気がした。
いい点はこれで外を歩けとか言われたりはしていないこと。
なので、黙って過ごすことだけに専念した。
「そんなことがあったんだ、私も見たかったなー」
翌日、高橋先輩は無邪気にそのようなことを言ってくれた。
せっかく可愛い笑顔なのに、Sっ気たっぷりの笑みに感じるのはなんでなのか。
なんかわざと恥ずかしい気持ちを味わわせて楽しんでいそうだった。
「ウィッグとかをつけていたわけではないからただの直人ですよ?」
「でも、恥ずかしがりながら目の前にいてくれたわけだよね? 私、田中君みたいな子が恥ずかしがっているところを見るのが好きなんだ」
絶対に無理な話だけど、先輩と付き合うのはやめた方がいいと分かった。
もし付き合うようなことになったら毎日落ち着かないまま過ごすことになりそうで怖い。
それこそ女装で歩かせたりとかしそうだから絶対にやめた方がいい。
「田中君――うわ、凄く嫌そうな顔……」
「嫌ですよ」
「協力してあげるからっ」
「なにをですか?」
先輩は少しだけ慌てたような感じで「麻衣子ちゃんと仲良くできるように協力してあげるからっ」と言う。
別に誰かの力を借りなくてもそんなの自分でできるから全く問題ない。
というか、これだと結局僕が損するだけでいいことなんてなにもないんだから騙されてはいけない。
「問題ありませんよ、ほら、写真だってここにありますし」
「おお! この気恥ずかしそうな感じがぞくぞくするねっ」
「笑顔でなにを言っているんですか……」
あんなことをしても新しい扉が開いたりはしなかったよっ。
いやまあ、しなくていいんだけどと、麻衣子と楽しそうに話をしている先輩を見てそんな風に内で呟く。
「それにしても田中君は相当麻衣子ちゃんのことを信用しているということだよね。だって、そうでもなければ写真として残させたりしないだろうしさ」
「そうですね、昔から一緒にいるから信用してくれていると思います」
昔から一緒にいてくれているのならそんな恥ずかしいことをさせないのが一番だと思う。
まあ、もう終わった話だからどうでもいいと言えばどうでもいいけど。
寧ろ下手に口に出すことで再発する可能性もあるから危険でしかない。
「羨ましいな、私は小学校でも中学校でも転校することになっちゃったから長く一緒にいられている相手もいないんだよ」
それはまた……過酷な話だ。
友達が、クラスメイトが転校していってしまったという経験はあるけど、それとは全然違うだろう。
新しい環境にまた慣れなければならないという不安とか色々あるから。
ただ、こういう話を聞いたときに僕はそうじゃなくてよかったと考えてしまうのはクソだろうか?
「それなら少なくとも卒業まではあたし達が一緒にいますよ」
「ははは、ありがとう」
まだ五月だから幸い時間はある。
就職活動か受験勉強で忙しいのは確かだけど、全ての時間をそれに費やすわけではないから大丈夫なはず。
それに、転校することに比べたら多分マシだろうからね。
「田中君、私はお喋りするのが好きなんだ」
「はい、なんとなく分かりますよ」
この前みたいにすぐに別れずに残られれば少しぐらいは分かってくるものだ。
こちらも特別、コミュ障というわけではないから話しかけてくれればそれでいい。
面白いことは言えないものの、受け答え程度なら問題なくできるから。
あ、だけどこちらが困るようなことはあんまり言わないでほしい、というところ。
恥ずかしい思いを味わわせて楽しむようなことだけはやめてほしいと言える。
「だから麻衣子ちゃんだけじゃなくて田中君も相手をしてくれると嬉しいんだけど、どうかな?」
「はい、僕ならいつでもこの教室にいますから」
「えっ、トイレとか行かないの?」
「そ、それ以外の時間は、ということですよ」
移動教室があるときもいなくなるけどっ。
先輩はそれだけでいい笑みを浮かべて「ははっ、冗談だよっ」と言う。
……悪い意味で笑われているわけではないから正直一緒にいる側としては悪い気持ちにはならない。
とにかく、友達と話したいということで先輩は戻っていった。
「ふぅ」
「緊張したのか?」
「麻衣子以外の異性と話すときはいつもこんな感じだよ」
余計なことを言ってしまう可能性もあるからいつもそわそわする。
こればかりは昔からそうだから仕方がないと片付けることもできるけど、いちいち乱されずに堂々と存在していたいところだった。
多分、そういう雰囲気というやつに女の子は敏感だと思うから余計に。
「僕は麻衣子とだけいられれば正直、それでいいんだ」
「あたしが誰かを好きになったときにそれは困らないか?」
「大丈夫だよ、あくまでそういう風に考えているだけだから」
寂しくは……あるけど。
でも、彼女の側にいる人間が変わるというだけだから悪い話じゃない。
寧ろ、相手が魅力的な異性であればあるほど、関係ない自分としても嬉しくなれると思う。
昔から一緒にいるからっていつまでも昔のままのように甘えてはいけないのだ。
そういう常識は一応あるから安心してそういう人を探してほしかった。
「あ、だけど好きな人ができたら教えてほしいかなって」
「ああ、それは言うつもりだけど」
「うん、それでいいからよろしくね」
この先どうなるのかなんて誰にも分からないけど、自分らしく存在していればいいだろう。
必要以上に悪く考えず、だけど、自分の直さなければならないところとかはしっかり把握して行動する。
極端な選択をしたりはせずを守っていけばきっと彼女もいてくれるはず。
「やあやあ! 今日も一緒にいるねえ!」
「おはよう」
「おはよう! あ、うーん、普通に挨拶を返しちゃったけど田中君は変態さんだからなあ……」
相手が麻衣子だからって調子に乗って危ない橋を渡ったのは確かだ。
なのでこの前のあれがある以上、そう言われても黙っているしかない。
「じょ、冗談だよ、そんな顔をしなくていいよ」
「
「うん、麻衣子ちゃんがそう言うならこれ以上言う必要はないしね」
「ああ、ありがとな」
「ううん、お礼なんかいいよ」
お礼を言わなければいけないのはこちらの方だった。
だから、ちゃんと内だけではなく本人に対して言っておいた。
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