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Nora
01話.[少し問題だった]
「
家に帰ってしまうとだらだらしてしまうからここでやっていく、そう言ったのに全く届いていなかった。
それにもう高校生なんだから帰りたければひとりで帰ればいいと思う。
「直人」
「はぁ、
「なんで家が近くなのにわざわざそんな面倒くさいことをするんだよ」
野地麻衣子、こんな喋り方でも普通に女の子だった。
昔からそうだから急に変わって困惑しているとかそういうことは一切ない。
あるとすれば、それはもう本当に昔から変わらなさすぎる、ということだけだ。
あ、空気が読めないとか、一方的にこちらを振り回すとか、自分勝手とか、そういうことではないけど、なんというか距離感が昔のままだからたまに危うくなるときがあるんだ。
「家で集中できないということならあたしの家でやればいい」
「じゃあそうしよう、このままここにいても集中してできないから」
「ああ、いますぐ帰ろう」
帰れるとなっただけで嬉しそうな顔をされたらまあ……嫌な気はしない。
彼女は犬みたいな存在だった。
こっちが要求を受け入れないと露骨に悲しそうな顔をしたり、受け入れたら嬉しそうな顔をしたりと、分かりやすくていいんだけどね。
ただ、他人に優しくできる子だから人気があるというのも少し気になるところではあるんだ。
だって他の男の子からしたら僕の存在は邪魔になってくるでしょ?
彼女も彼女で、そういう誘いを断ってこっちに来てしまうから昔と同じように仲いいというのも問題だな~なんて考えたりもする。
「頭を撫でてくれ」
「それはいいけど」
昔と違って髪の毛も綺麗にお手入れをしているし、余計に周りは放っておかなくなるんだけど……。
「昔からされてきたからな、これをしてもらわないと一日が終わらないんだ」
そんな大袈裟な、とは思いつつも特になにかを言ったりすることはしなかった。
前にこれでそんなわけないじゃんと言ったら大喧嘩に発展したことがある。
とにかく彼女にとってこの行為は大切なことらしいので、これからもこれに関してだけは触れないようにしておこうと決めたのだ。
まあ、実際のところは彼女に触れているわけだから、はは、って感じだけど。
「だからあたしはこうしてあげるぞ」
「ちょっ」
さ、流石に抱きしめるのはやりすぎだ。
もう昔とは違うんだからもっと気をつけてほしかった。
だって下世話な話だけど、その、む、胸だって成長しているわけなんだからさ。
しかも、情けないことに彼女の方が身長が高いからどうしてもそこに顔が触れることになってしまうんだ。
「直人はずっとこれが好きだったよな」
「ち、違うよ、麻衣子が勝手にしてきていただけでしょ?」
「そうだったか? あたしがこうしたらよく泣き止んだぐらいだけどな」
……そういえば実はそんなこともあったんだよなあ、と。
本当にどうしようもないぐらい悲しいことがあったときにこれをされて涙が引っ込んでしまったんだ。
別にそれでずっと揶揄してきているというわけではないものの、僕としては恥ずかしい記憶だからなんとかしたいところだった。
僕も彼女のそういうところを見られていたらまた違ったのかもしれないけどね。
「着いたな」
「そうだね」
彼女の家は僕の家から三軒先にある。
これでも幼馴染だとかそういうことではなく、たまたま四年生ぐらいから一緒にいるというだけだった。
関わるようになったきっかけは、僕がひとりぼっちでいるところに彼女が来てくれて話しかけてくれたから、ということになる。
彼女は女の子なんだけどとにかく格好いいんだよなあ。
同性の子が告白したくなるのも無理はないかなって感じの子だった。
「麻衣子の家にはもう何回も来ているから今更緊張とかしないかな」
「当たり前だろ、寧ろいまでもしていたらそれはどうなんだって目で見ているぞ。ほら、ちゃんと飲み物を飲め」
「ありがとう」
とにかく、お喋りをしにここに来たわけではないから課題の続きをやっていく。
彼女もまた鞄の中から取り出して終わらせようとしているみたいだった。
お互いにあまり聞いたりはしないから凄く静かだった。
これは放課後の教室と似ているかもしれないなどと考えつつ、解いていく。
「終わったよ」
「あたしはもう少しだな」
しっかりと鞄に突っ込み、まだやっている彼女を見ておくことにした。
彼女はどちらかと言うと可愛いより綺麗、かもしれない。
なにも知らない初対面の人だったら怖いと感じてしまうこともありそうだった。
「終わった――あたしの顔を見ても飲み物以外はあげないぞ」
「狙ってないよ、ただ、麻衣子は綺麗だなと思っただけ」
「綺麗か? 直人はたまによく分からないことを言う奴だな」
「それなら格好いいと言われる方がしっくりくる?」
「綺麗と言われるよりはな」
彼女に対してだけは思ったことを沢山言ってきたからこんなのは僕らにとって普通だった。
こういうことで照れたりしないからこそ、こっちも自分らしさを貫けているということになる。
でも、そろそろいい加減照れているところを見たかったりするわけで……。
「そろそろ帰るよ」
「ああ、また明日もよろしくな」
「うん、よろしく」
そういう事を考えるのは自由だけど、口にするのはずっとしていなかった。
先程も言ったように、同性異性問わずどちらからも人気だから足を引っ張りたくないんだ。
って、それなら綺麗とか言ったりするなよって言われてしまうかな?
とにかく、一応僕なりに気をつけて行動しているということだけは分かってほしかった。
「直人、入るぞー」
こちらが返事をする前に入ってくるのが兄だった。
なにか変なことをしていたわけではないから困らないと言えば困らないけど、麻衣子が部屋に来ていても急に来るからそこだけはやめてほしい。
「直人、お前と会いたいって言ってる女子がいるんだけどさ、どうだ?」
「どうだって言われても……」
残念ながら麻衣子以外の異性とは上手くいかないと思う。
それは麻衣子と過ごしてきた時間が長いというのもあるし、その距離感に慣れてしまったから失礼を働いてしまう可能性があるからというのもあるし。
相手の人のためにもここはなかったことにしてそれぞれの生活に集中するのが一番なのではないだろうか?
「ちなみに明日の放課後に来るって話だからさ、明日は麻衣子とゆっくりしていないですぐに帰ってきてくれよ」
「それなら『どうだ?』って聞かなければいいのに……」
ただ、兄の友達なんだからそこまで心配する必要もないかと片付けておく。
が、そう片付けていても全く話したことがない人と話すことになるということで少しだけ翌日はそわそわとしていた。
「今日はなんか直人らしくないな」
「なんか兄さんが余計なことをしてくれてね」
できれば彼女も連れて行きたいぐらいだった。
別にただ会うだけだからそれでも怒られたりはしない……かな?
まあでも、それで巻き込むのは違うから誘ったりはしないけどさ。
「というわけで帰ってきたけど……」
まだ兄達は帰ってきていなかった。
家に既にいた、という展開よりは落ち着けるからいいけど、どうせならさっさと終わらせたいからやっぱりさっさと来てほしかった。
「ただいまー!」
来たっ、そう構えている内にリビングの扉ががちゃりと開けられた。
「直人くーん!」
「って……」
これは一番つまらない流れだった。
というか、そわそわしたのが無駄だったとしか言いようがない。
この人はずっと前から兄と付き合っている女性だった。
「むぎゅー!」
強い、とにかく強かった。
自分から会わせておきながら怖い顔をしている兄も怖かった。
「ちょっと直人くんっ、メッセージを送ってきてくれなくなったのはどういうことなの!?」
「送られてきたら返しているじゃないですか」
「それじゃ足りない!」
それは兄に止められているとかではなかった。
単純に僕が兄の彼女とやり取りをするのはどうなんだ? と考えてしまっただけ。
美苗さんも優しくしてくれるのは嬉しいけど、嫉妬されても嫌だから兄とか他の友達と楽しくやってほしかった。
「直人はすぐに不安になるからな、そんなことを続けていたら俺を裏切っているようで嫌だったんだろ」
「うーん、そういうものかー」
「それにいくら仲良くなろうと彼女にはなってもらえない人間だからな」
「私、あくまでお友達として直人くんといるんだけどなー」
僕だってそうだ。
彼女がほしいとあんまり考えたことはないけど、仮に頑張ろうとなった際に彼氏がいる人間を狙ったりはしない。
ましてや兄の彼女ということなら尚更なことだろう。
「とにかく、直人に抱きつくのはやめてくれ」
「あー!
にやにやされたのがむかついたのか兄は美苗さんを連れてリビングから出て行く。
なんだこれと虚しい気分になってしまったから麻衣子のところに行くことにした。
「あ、結局そんなことだったんだな」
「うん、そわそわして損した……」
異性の友達は麻衣子だけで十分だ。
もちろん束縛なんかするつもりはないから安心してくれればいい。
誰か他の異性といたいと言われたら大人しく引くから大丈夫だ。
「美苗さんは直人のことを気に入っているよな」
「んー、多分だけど」
「まあ、直人は可愛い奴だからなー」
可愛げがあるような人間でいられるようには頑張っているつもりだった。
不満を出しつつもなんだかんだ付き合ってあげるというのは相手からすれば悪くはないことだろう。
相手がそうしてくれなくても積み重ねていればいつかいいことがあるかもしれないから、マイナスに考える必要はない。
が、付き合ってあげている、そう考えてしまっている時点でまだまだなことが分かった。
「っと、いきなり来たのに付き合ってくれてありがとう」
「どうせ暇だからいいんだよ、これからもどんどん来てくれ」
「うん、行かせてもらうよ」
それでもそろそろご飯の時間になるからということで帰ることにした。
これからもこんな感じで平和なままならいいなどと考えつつ、家まで歩いた。
「暖かいなあー」
もう少しで五月になる、というところまできていた。
つまり、二年生になってから全く時間が経過していないわけだけど、なんにも不安や不満なことというのはなくて助かっている。
「ということなんだけど野地さん! お願いできないかな!」
話し終わるのを待っていた。
ただ、終わるどころかどんどんと伸びていくから独り言を吐きたくなってしまったわけだ。
ちなみに彼女は麻衣子の友達だから別に不安視はしていないけど、どうしてそこまでひらひらな服を着させたがるのか……。
確かにそういう服装の麻衣子は見たことがないから見ることができたらレアだろうけどさ、本人が嫌がっているなら諦めるのが一番だと思うんだ。
「まあまあ、本人が嫌だって言っているんだからさ」
「じゃあ田中君が頼んで!」
いやでもね、本人がこんな感じならやっぱりできない。
それにいまあんなことを考えておきながらここであっさり頼んでしまったら馬鹿だろう。
仮に他の女の子に嫌われても麻衣子に嫌われなければそれでいいから受け入れないようにした。
「直人がどうしてもと言うなら別に着てやってもいいぞ」
「ほらっ、田中君っ」
……完全に欲望に従うのであれば見てみたい。
ひらひらということは下はスカートだろうし、普段制服のとき以外はズボンばかりだから新鮮だろうし……。
でも、ここで「どうしても!」と頼んでしまったらかなり気持ち悪いのではないだろうか?
自分から首を突っ込んでおきながらなにを言っているんだという話になってしまうものの、こっちを巻き込まないでほしかった。
だって女の子同士なら「そっか」で終わる話も男が絡むだけで大事になってしまうかもしれないから。
「分かった! 麻衣子ちゃんはその姿を田中君にしか見せたくないんだよね!?」
「え? あー、いや別にそんなことは――」
「うんうん、分かってるよ! じゃあ邪魔者は去るねー!」
伊藤さん、そういう空気の読み方はいま一番いらないよ。
ふぅ、だけどこれでよかったのかもしれない。
もし見ることができてしまったらどうなっていたのか分からないから。
「ふぅ、栞はいいやつなんだけどああなるときがあるから少し大変だ」
「お疲れ様」
その点、彼女はあの子みたいに暴走することもなかったから本当にいい子だった。
たまにハイテンションになることもあるものの、そんなのは人間なんだから普通だと言える。
それに彼女と伊藤さんではやはり扱いに差が出てしまうというか、同じようには相手をできないというのが本当のところだった。
「待たせて悪かったな、帰ろう」
「うん、帰ろう」
距離が近いのに勘違いしてぎこちなくなったりしないのは彼女が昔と変わらないままでいてくれるからだ。
あとは……そう、教室で本当のところってやつを見ることができるからだった。
自然と周りに人が集まる彼女と、それを遠くから見ている僕とでは全く立場違う。 あ、こんなことを考えているけど卑下をしているわけではなかった。
たまに寂しく感じるときはあっても、ずるいと感じたり、独占欲とか働かせたことはない。
寧ろ、仲のいい女の子がみんなから好かれているというのは嬉しいことだし。
「直人」
「なに?」
「……実はそういう服を持っているんだよな」
「そうなの? でも、気にしなくていいよ、誰がどんな服を着ようとそれは自由なんだから」
それはまた意外、とは思えなかった。
彼女は格好いい物も、可愛い物も、綺麗な物も好きだからね。
露出が多すぎれば問題になるかもしれないけど、そこそこであれば他者の目なんて気にしなくていい。
「……見たいか?」
「さっきはあんなことを言ったけど、正直、見たいよ」
やはり引かれない程度に正直に言うのが自分らしくてよかった。
先程のあれは仲良くない伊藤さんがいたからというのもあったんだ。
だってそこでがっついていたら「彼氏でもないのに?」とかちくりと刺されそうだったから。
あと、真っ直ぐに気持ち悪いとか言われたら寝込む自信があるから装うしかなかったというのもある。
で、結局彼女の家が近くなった辺りで「や、やっぱりなしな!」と言われたから無理になってしまった。
「じゃ、じゃあな」
「うん、また明日――あ、月曜日にね」
家に着いたら明日は休みなのをいいことにソファに寝転んだ。
金曜日の放課後からこの土曜日になるまでの時間が好きだった。
語彙がないから上手く言えないけど、物凄く幸せな気持ちに浸れる。
「ただいまー」
ただ、金曜日は必ず兄が美苗さんを連れてくるのが少し問題だった。
遅い時間までハイテンションを維持して寝させてくれないからだ。
兄はその場合でもさっさと寝てしまうし、布団を敷くのも僕がやらなければならないから毎回どうなの……? と疑問に感じる。
「直人くーん!」
「こんばんは」
「うん、こんばんは!」
もちろんいい点はあって、それは美苗さんがご飯を作ってくれるということだ。
本人が何度も「昔からやっているんだよ」と言っているだけであって、本当に美味しいんだ。
真似したいところだけど、残念ながら一朝一夕で身につくようなことではないから毎回教えてもらう形になる。
「ふふ、あなたはいつ見ても可愛いわね」
「僕は男ですよ」
「あら、男の子だからって可愛くないというわけではないでしょう?」
「その喋り方やめてくださいよ」
「あははっ、ごめんごめんっ」
それでも今日もお世話になるから頭を下げてよろしくお願いしますと言っておく。
美苗さんは少しだけ挑発的な笑みを点かべつつ、僕の肩に触れてから「分かった」と言ってくれたのだった。
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