魔女のメガラバー
龍鳥
魔女のメガラバー
私、
なので、15歳の誕生日に独り立ちをして一人前の魔女になるため旅に出るのです。玄関前にいるお母さまとも、今生の別れです。
「可憐。生贄を沢山と作って来いよ」
「はい。お母さま」
住所は明かせませんが、日本の東側にある深い山に私達の家があります。何千年と生きた樹木が生えてきた間に挟まった、高い場所にある煉瓦造りの外装をしています。内装は、薬品塗れの虹色の空間で、生ごみ処理機の中にいる匂いが充満しています。私はこの匂いが、お気に入りです。でも、世間体が気になるので消臭の魔法を体中にかけときました。
「それじゃあお母さま、行ってきます」
前置きが長くなりましたが、そろそろ出発の時です。
私が人間の世界に行く目的はただ一つ、どれだけの人間と契約していくかです。そうすることで、私の魔女の力が増す魔力が蓄えるわけです。通常の魔女なら100人と契約すれば合格ラインですが、私の目標はそれを超えることです。
よし、陽が完全に落ちたら頃合いだ。ワクワクする気持ちを乗せて…さあ、箒に乗っていざ出発。
***
「私と契約しなさい、
お母さま、朗報です。都会を適当に飛んでいたら、深夜の公園にいた1人を生贄として捕まえました。私と同じ歳に見える学生服と呼ばれる服装を着た男の子を捕らえました。これから、魔女の儀式を初めて契約を結ぶことにします。
何故、相手の名前を知っているか疑問に思われるかもしれませんが、魔女なので相手の目を見るだけで、名前・履歴・性癖が判別することができます。
「あなたは、誰ですか?」
「私は魔女だ。お前と同じ人間ではない。さあ、儀式を始めるぞ」
もう一つの疑問、魔女の倫理観についてお話ししましょう。基本的に、人間とは全く違います。人間が生物の生命を食しているように、魔女も同じで人間のことは虫けら以下としか思っていません。ですので、目の前にいる男の子が、これからどうなろうが私は一切と責任を問わないのです。魔女とは、そういうものです。
彼に向けて、契約用の魔方陣を一筆書きして、はい終了です。肌に痣とかはできないので、私の頭の中に契約した相手の情報が入ってくるので、特に目立った証とかはいりません。さて、彼に大事な説明をしなければなりません。
「加藤陽一。今から話すことをよく聞け。お前が家に帰っても、お前を覚えている者は1人もいない。何故なら、お前の親族、友人たちの記憶を全て消去したからだ」
「な、なんですって」
「それが魔女というものだ。人間界では、魔女とは生物を生贄にして悪魔を召喚したりとか脚色を加えているが、魔女にも色んな種類がある。私の家系は、特に例外だからな」
「それは一体?」
「人間の不幸を膨張させる。不幸を蜜にして、私の魔力は増大させるのだ。だから、まずは手始めにお前を孤独という絶望を味合わせたのだ。最初にも言ったが、契約に拒否権もない、私が人間界に来て最初に目にした人間が、加藤陽一だったからだ。お前を一生かけて、不幸のどん底に落ちるまで絞らせてもらうからな」
…私は天才である。だから賢いので、相手の異常性にも気づいた。
ぼさぼさの天然パーマ、太い一本線でも書いたようなメガネ、私より身長が低い小柄な体。なにより…私が絶望の魔法をかけたのに、反応が全く薄い。
「いいですよ。あなたの奴隷になっても」
「はっ?」
いやいや、ついさっき人間にとって最大級の不幸を与えてやったんだぞ。それを何?奴隷だと?
「…不思議な奴だ。お前みたいな奴を自暴自棄と言うのだろうか。よっぽど、家庭に何か暗い事情があったのだろう」
「ありませんよ?」
…なんだこいつ。何千と人間に関しての書物を見聞したのに、こんなの知らないぞ。普通は、人間がパニックになって泣いて私に懇願する場面だろ。それにこいつ、私の魔眼から通しても、感情のオーラが一切感じない。
「私の魔法の証拠を見せてやろう。お前の家に案内しろ」
「わかりました」
「ちょっとまて、これから使い魔を出す。その方が移動が楽だ」
私はお手製の人形を内ポケットから出し、使い魔を召喚した。上半身がクロコダイル、下半身の足が馬で合成したお気に入りのペットだ。
「さあ、これに乗れ」
「はい、わかりました」
あれ?人間だと『うわあ!!気持ち悪い!!』とかの反応はするよね?こいつ、ひょっとして普通の人間ではないのかもしれない。恐ろしく冷静だからな。
殺しておくか…内心と呟いて私は彼の家へと向かった。
「着きましたよ。ここが僕の家です」
「なんだ、一軒家じゃないのか。マンションに住んでいるとはな」
「じゃあ、インターホン押しますよ」
「ああ、きっとお前の姿を見ても他人と思うだろうな」
ピンポーン、とインターホンのチャイムが鳴る。ドアスコープの内側から、室内の灯りが点いて、足音が聞こえてくる。ドアの鍵が開かれエプロンを着た女性、恐らく彼の母だろうが、怪訝な表情でこちらを見ている。私は、人間の目に映らない、視界を阻害する魔法をかけているので、姿が見えない。
「…あの、どちら様?」
「あなたの息子ですよ」
「…申し訳ないけど、うちは娘が一人しかいません」
「お母さん、僕です。陽一です」
「えーと…」
2人の会話が嚙み合わない。人間で使うのは初めてだったが、確かに私の記憶を消去する魔法は成功したようだ。玄関にある名札には、確かに加藤の名字が書かれている。それに、彼の言葉にも嘘が言っていないと魔眼を通してでも分かる。
「どうした、母さん」
妻が戻ってこないと心配したのか、加藤の母の後ろから今度は、父らしき男がズカズカと足音を立てて、やってきた。父も同様、加藤陽一が視線に入っても赤の他人の目でしか見ていない。
「誰だい?その子は?」
「わからないのよ。あなた、誰か知っている?」
「知らんな。近所の近くにある学生服を着ているが、顔は見たことないな」
「あっ、ごめんなさい。住所を間違えました。失礼します」
両親の反応によほどショックを受けたのか、玄関の扉を勢いよく閉めた加藤は、どうやら事の状況を理解したようだ。私は更に追い討ちをかけるべく、空中に円を描いて彼が数時間前に、この家で家族一緒に夕食を楽しんでいた映像を映し出す。
「私の魔法は本物だったろ。お前の両親は、目の前にいた息子の存在を完全に忘れていた。この映像から見るに、お前たちの家族関係は悪くなかったらしいな」
「ええ、そうですね」
「私がそれを奪ったのだぞ。この幸せな記憶を潰したのだぞ。殺すなら殺してみろ。魔女だから死なないがな、ははっ」
私らしくない渇いた笑いが零れてしまった。冗談交じりで言ったが、まさか本当に私を殺そうとするのでは?期待をしているが果たして彼の反応は…
「いえ、寧ろ感謝しています。ありがとうございます、1人にさせてくれて」
…はっ?思わず動揺して、私が魔法をかけていた記憶の復元映像が、空中で消えてしまった。今、こいつは何と言った。
「魔女に感謝するとは、大した度胸だ。強がらなくてもいいんだぞ」
「いいえ、本心です。魔女なら、それくらい分かりますよね?」
いや、確かにこいつは嘘を言っていないが…って、なんだなんだおい。普通、孤独になった人間は絶望して落ち込むはずだろうか。待て、こいつからの絶望から抽出れる魔力は、間違いなく私から受け取っている。
つまり、こいつは絶望しているのに、この状況を有難いと思っているのだ。
私は天才だ。だから、目の前の人間の不可思議に理解が及ぶことができない。
「な、なんだお前は…」
「魔女さんには、とても力になって頂きました。僕の夢が、叶ったのですから」
こいつとの会話中は、急いで記憶映像を脳内で復元して異常な性癖がないか調べる。過去のどかに、辛い事件があったはずだと。
「夢とはなんだ?」
「僕が1人になったことですよ。それに、こんな可愛い魔女っ子と一緒にいられるなんて、得ですよ得」
駄目だ、こいつの人生の中に異常な出来事は見られない…はあ!?可愛い!?何をそんな平然とした顔で言うのだこいつ!?
「その整ったポニーテール。白くて美しい雪化粧が似合う銀髪。まるで妖精のような顔立ち。これで惚れないなんて、おかしいですよ」
こいつ、私のことを好いているのか…家族の記憶を抹消させた私を…待てよ?
「そんなに私のことを気にっているのか?」
「はい」
馬鹿だなこいつ。なら、私の選択肢には1つしかない。
「魔女の契約に、奴隷のように一緒に連れ添う理由はない。だから、今ここでお別れする事もできる」
「それは残念」
「じゃあな、加藤陽一。短い間だが、お前といて楽しかったぞ」
こいつに構っている理由なんて、存在しないじゃないか。私は箒に跨り、彼を置き去りにした。なんとも、人間とは奇妙な生物だ。いや、あいつだけが例外かもしれない。私は次の契約を探す獲物を見つけるべく、あいつがいたマンションを後にした。
***
「最悪だ」
あいつと別れて数日後、色んな人間と契約して絶望を味合わせたが、どれも加藤陽一とは違う普通の反応をしてくれた。
ある者は、泣いて絶望し。
ある者は、すぐに自殺し。
ある者は、他人に悪用したりと。
だが、問題は魔力の増え方だ。あいつ程の絶望から抽出される魔力が、全く現れないのだ。つまり、並大抵の人間では私の魔力は小粒くらいのものだと、最近の契約状況で分かったのだ。
「あいつともう一度、会わなければならないのか」
加藤陽一から摂れる魔力が絶大な量なら、私がもっと彼を絶望にしなければならない。とは言っても、別れたっきりだから場所がどこにいるかは不明だ。いや、魔法を使えば簡単に探し出せるが、あいつだけに使うのはどうも気が引ける…それが天才である私のプライドが許さない。
ふと、人々が混じりある巨大な交差点で棒立ちして空を見上げたら、電光掲示板に流れてくるニュースの文字が目に入った。
『無銭飲食の未成年(15)、逮捕。少年は容疑を認めているもよう』
「あいつだ…」
私は、ある留置場にいる。留置場とは、人間界の警察が犯人であろうと特定した人物を、逮捕状などを通して拘束する場所のことである。ニュースから情報を得た近くの警察所を訪れると、そこに奴はいた。
「逮捕されたことを、絶望しているのか」
「お久しぶりですね、魔女さん」
こいつは金も払わず、タダ飯で腹を満たしていた容疑があるのだ。なのに見ろ、この痩せこけた顔を。こいつの記憶を復元して映像を出すと、どうやら私と会ってから何も食べてないまま、フラフラと過ごしたらしい。そして、我慢が出来ずに近くの定食屋で…
「うん?お前の他に定食屋に入っている人間がいるぞ。隣にいるのは?」
「ああ。空腹で倒れていた所を優しいお兄さんが介抱してくれたんですよ。そこで、近くの飯を奢ってやると誘われて定食屋に入って、一緒にご飯を食べたんですよ。でも、僕がトイレ行っている間にいなくなっちゃって」
「騙されたのかよ…」
うーん、やはり加藤陽一からの絶望は、通常の人間より遥かに濃い。私を置き去りにした分と、タダ飯を騙された分、それらを合わせただけでも、私が今まで契約してきた人間たちより倍の量だ。悔しいが、こいつが日々に絶望を感じてるのは本物だ。
だが、何故こんなにボロボロなっても、彼は笑顔でいられるのだ。
家族に愛されてないわけでもない、友達から虐めを受けたわけでもない、何故だ。
「お前、私に惚れたから今まで生きてこられたのか」
「はい」
「はいって…それでいいのかよ。1人なんだぞお前。それを自覚しているのか」
すると、牢屋で蹲っていた彼がおもむろに立ち上がった。最初に会った時よりも解れた服を気にせずに、汚れたままの姿で私へゆっくりと近づいてくる。
「断じて、僕は絶望などしています。それは本当です。家族を失い、家もない、行く当てもないまま僕は絶望していました。1人で生きていくことが、こんなにも大変なことだとは、知りませんでした」
「なら尚更…」
「なぜなら、僕は日々、絶望していたからです。家族が当然のようにいる絶望。生まれてきてから道が決まった絶望。趣味が同じだからと群がる友達が来る絶望。僕は、人間で生まれてきたことに全て絶望していたのです。そんな時、あなたに出会ったのです」
「はっ、はああ!?」
人間でいることに絶望!?それじゃもう、こいつは自分で自分の存在を否定しているのと同じじゃないか!!何のために生きているんだこいつは!!
「なら、私のおかげで夢を叶えたとでも言うのか!?」
「はい」
私が認識を阻害する魔法をかけても、思わず大声で叫んでしまう。こんな人間がいたら、いくら私が絶望させても効かない…いや、効いてるよな?なにせ、こいつが絶望してるからこそ、私の魔法力が調子が良いんだ。
魔法力が高いと根底的に何が違うかと言うと、いま私がかけている認識の阻害魔法、これが通常なら数十人程度だが、こいつのおかげで数万規模の人間を見えなくさせることができるのだ。だから、都会の真ん中に立っても私の姿を誰一人として見ることができない。
「くそ…お前がいたからこそ、色々と出来たことが多いし、契約の活動がしやすいし…ああ、もう!!天才である私がなぜ最初にこいつと契約したんだ!?」
「良かったと思いますよ?だって僕がいれば絶望が沢山するし。なにせ生きるのに絶望しているし」
笑顔で言い切ったよこいつ…けど、こいつが矛盾していることが一つだけある。
「なら、なんで私を好いたのだ。人生に絶望にしているのに、おかしいじゃないか」
「絶望はしていても、貴方のためなら何でも絶望しますよ。好きな人のためなら、この体をいくらだって差し上げますよ?」
「わ、わけがわからん…」
絶望してるのに愛してるのに…つまり愛が希望となって、その希望が絶望と同一視とされてるなら…ダメだ!!こいつにいくら絶望させても、結局は私の為の行動になるから意味がないじゃないか!!いやしかし、こいつから得られる絶望は相当なものだし…
「なにを悩んでいるのですか?」
「誰のせいだと思っている!?」
私はある決断をした。牢の鍵を魔法でこじ開け、自由な身にさせた。彼は驚いた表情をして見ているが、私は怒りが収まらないままだった。
「いいか!!私の名前は可憐だ!!覚えておけ!!お前を生かすのは、私の魔力を増幅させるためだからな!!わかったなら、私についてこい!!」
イライラしながら、私は前回に見せた同じ使い魔を、床に思いっきり投げつけて召喚した。これで警察署の玄関から出て、こいつを救出する形になるのが、さらに腹立つ!!
「僕を認めて下さるのですね!!」
「うるさい黙れ!!ゴタゴタ言う前に一緒に乗れ!!お前は家畜だ!!」
「家畜に昇格したのですね!!やったああ!!」
「うるさっ!!」
私が使い魔に跨って両手が塞がってるのを狙ったのか、後ろから乗ってきた加藤が唇を合わせてきた。私のファーストキスが、この変態男に奪われたのだ。
「これで真の契約の証ですね」
「なっ、なななっ」
加藤の記憶を復元する映像を見ると、私とのキスシーンが反復されている。顔が茹でるように熱く、人間からの求愛行動は文献で読んだがイメージとの違いに、戸惑ってしまう。というか、魔女とのキスの意味は。
「こ、この馬鹿ああああ!!」
警察署内のサイレンが響く。さっきのキスのせいで私の魔法が途切れてしまい、私達の存在があからさまになってしまった。加藤の処分は後から決めるとするが、今は脱出が先決だ。私が人間のキスごときで、動揺するなんて!!
「なにを顔を赤くしてるのですか?」
「うるさいうるさい!!誰のせいだと思っているのだ!!いいから逃げるぞ!!」
窓ガラスを割って、馬の足をしたクロコダイルで全力疾走する。勿論、これに魔法はかけていない。きっと、このことが明日の新聞の一面に載るだろうな。
…魔女とのキス。それは魔女にとっては、永遠の愛の証を誓うものだと意味をする。つまり、高宮可憐は加藤陽一の夫として迎えたのだ。私はこれから彼を…ダーリンとして…そんなのいやだああ!!
魔女のメガラバー 龍鳥 @RyuChou
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