第12話 レン・ベンダーの町へ
翌朝起きてみると、やはり号外記事を持った少年が走り回っていた。市場に出向く前にキリルは記事を受け取ると、それを読み上げた。
「義賊ローランド、サーナ氏の屋敷に侵入。宝石類を盗み、病院の前に。なお、サーナ氏は不当なギャンブルで儲けていたという噂……」昨夜見た男の胸元に揺れる首飾りは、たしかに見た記憶があった。「──ルネ」
思い当たるふしのある男の名を紡ぎ、キリルは髪を掻く。今すぐにでも彼が目の前にいれば問いただしてみたい──そんな気持ちである。だが、もう彼はこの町にはいないであろう。あのまま、闇夜に消えてしまった。
しかし、この高揚感はなんなのであろう。世界中を騒がす義賊の正体を、己だけが知っているのである。
「どうしたの?」
神妙な面持ちのキリルに、ラナは不思議そうに話しかけた。
「あ、いや。なんでもないよ。行こう」
号外記事を丸めて放ると、キリルは歩き出した。
市場にてサマーサやパニャーニャを買い、再び町を後にする。山間の村を見つけると、そこへと降りた。
村の入口から中に入り、開催されているであろう市へと向かう。あまりドラゴンを見た事がないのか、村人たちは皆物珍しげにラナを見ていった。
店を広げると、魚介類の珍しさだけではなく、ラナへの関心から村人が集まってきた。それに古竜に触れると寿命が伸びると言う言い伝えがあるらしく、子供や大人、老人までもラナへと触れてくる。そのついでに、商品を買って行くと言う始末である。
「なんだか見世物になったみたいで嫌だわぁ……」
と、ラナは嘆いていた。
そんな彼の嘆きと反して、売れゆきも良く、普段の半刻の時間で売り切れてしまった。まだギルドは開いている。手続きを済ませて、今日中にマリヤ・ゴルドーの町を出てしまうのも、悪くはないのかもしれない。そんな事を考えながら、キリルは村を後にした。
「なぁ、ラナ」
道すがら、彼はラナへと話しかけた。
「なに?」
直ぐに返事が返される。
「いや、また次の土地に行こうと思って」
「良いんじゃない? 私たちは旅商人でしょ?」
前方を見つつ、ラナは言った。
「そうだな」
と、キリルはつぶやいた。
町に着くと、人込みの中を早足で商人ギルドに向かう。初めて入った時と同じように、カウンターに座りアリはリヤーマをつま弾いていた。
「商売は上手く行ってるみたいだな」
売り上げ票を受け取り、彼はカウンターから下りた。
「まぁまぁね」椅子に座り精算を待ちながら、キリルは言う。「そう言えば、アリ」
「ん? どうした?」
計算器をあやつりながら、アリは首をかしげる。
「この大陸にも他に商人ギルドはあるかな」
「あるある。なんなら俺の名前で紹介してやれるぜ? ──ほい、請求書」
「ありがと、本当か?」
金を払いながら、キリルは言った。
「あぁ、どこに行くつもりだ?」
棚から地図を取り出し広げると、アリが尋ねた。
「ここから西の方かな。レン・ベンターの町って気になる」
すると彼は笑顔を見せ、
「オリヴァーっつう従兄弟が経営するギルドがあるな。中々気さくな奴だぜ?」と、羊皮紙を引き出し、ペンにインクを滑らせた。そうして手紙を書き終えると、封蝋した封筒を差し出した。「手紙と一緒にアリ・スベルテの名前を出せばあとは大丈夫だ。この大陸の商人ギルドはほとんどが親戚なんだ。よろしく伝えておいてくれ」
「わかった。ありがと!」
手紙を受け取り、キリルは礼をした。
「また来いよぉ、あんたは上客なんだ
!」
アリの声に見送られ、キリルはギルドを出ていった。
外へと出ると、ラナが不機嫌そうな顔でキリルを迎えた。何故そのような顔をしているのかと良く見れば、少年が彼の尻尾を掴んで振り回していた。
「あらキリル」
見て頂戴、とため息をついた。
「なにがあったんだ?」
あまり見かけない光景に、キリルは思わず肩をすくめる。
「早く助けて頂戴よ」
「いつもみたく低い声でおどろかせば良いだろ?」
「トラウマにしたくないのよ」
と、彼には珍しい答えが返ってきた。
「わかったよ」キリルはそう言って、少年の方へと歩み寄った。「よう、少年」
「なに?」
少年はなおもラナの尻尾を離さない。
「なにか不満でもあるのか? このドラゴンは俺のなんだ」
「あら、やだ」
彼方からラナの声が聞こえる。
「お兄さんのドラゴン?」
「あぁ、そうだ」
と、キリルは腕を組んだ。
「銀色のドラゴンなんて見た事ないんだもん。ねえ、取引しようよ」
少年は微笑する。
「取引?」
「そう。お金をたくさんあげるからさ、僕に頂戴?」
「はぁ?」キリルは飽きれたように言った。それから、少年の手の中にあるラナの尻尾を奪い取り、「世の中金で解決できるものだけじゃないんだ。覚えておけよ」
と、ラナを連れギルドから離れていった。背後で少年が何かを叫んでいる。それを聞き流し歩いて行くと、門の前に甲冑姿の男たちが立ち塞がった。
「退いてくれる?」
キリルが言うと、
「坊っちゃんの命令ですので」
一人の男は言った。そうしてラナに触れようとするので、キリルは彼を守るように前に立った。
「あなたに用はありません。我々の目的はこの銀色のドラゴンだけで──坊っちゃん」
「門の前で捕まえられたか」“坊っちゃん”とは、先ほどの少年の事らしい。少年はキリルを見上げ、「さっきの話、考えてくれた?」
と、言った。金の髪が褐色の肌に更に輝いてみえる。
「全く考えてない。ラナ、行くぞ」
キリルはささやいた。
「ここで乗っても良いわよ」
「わかった」
キリルが急いで飛び乗ると、風を起こしラナは飛び上がった。
「アーサー坊っちゃん、今なら」
と、男の一人が鎖鎌をかまえる。
「だめだ、傷一つ付けずに捕獲したい。ちくしょう、今度こそ……」
舞い上がる粉塵に目をこすり、アーサーと呼ばれた少年は言葉を吐き捨てた。
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