第11話 義賊ローランドの正体
「ただいま」
宿の部屋の扉を開き、キリルは言った。
「……お帰りなさい」
昼寝でもしていたのか、首を上げたラナの声はどこか眠気を帯びている。
「寝てた?」
キリルはカバンを布団に投げた。
「少しね」窓から入り込む西日が、彼の顔を照らし出していた。やはり銀糸の、美しいドラゴンである。「なにじろじろ見てるのよ」
立ち上がったままただこちらを見るキリルに、怪訝にラナは口を開いた。
「いや、綺麗だな、と思って」
「お手入れには気を使ってるから──ってなによ突然」
と、ラナはキリルから視線を反らした。人であれば、その頬は赤く染まっているように見える。
「そのままを言っただけ。少し休んだら、夜市へ行こうか」
ベッドに腰かけ、キリルは言った。
「そ、そうね」
話が途切れた事と、突然の告白にラナは取り繕うように答えた。
一刻ほど経ち、キリルはラナを連れ、昨日の夜市へと向かった。市場には西の諸島からのガラス細工が売りに出されており、明かりと同調し、きらきらと輝いて見える。
「綺麗……」
それを物欲し気に見遣るラナに、
「それをカバンに入れたら砕けちまうよ」
と、説得し、キリルは昨日の店に歩を進めた。
やはり店先はルネとエレーヌの姿があり、エレーヌは果実のジュースと、ルネは酒をあおっていた。
「飲まないの?」
ラナがエレーヌに尋ねると、
「お酒は苦手なんです」そんな答えが返された。しかし、そのあとラナにこっそり「う、そ。お互いに泥酔してしまったら帰り道に困るでしょう?」
と、ささやいた。
「考えた事もなかったわ……」
「うちのご主人も、もう立派な中年ですから、私がしっかりしないと」
ドラゴンたちの秘密の話し合いはしばらく続いていたが、キリルが席に着くと、ラナはエレーヌの元を離れ、キリルの隣へと座り込んだ。
「果実酒と、ピニャール一つづつ」注文を取りに来た店員に酒を頼むと、キリルは前へ向き直った。「ルネは料理、頼んだのか?」
「パニャーニャの浜焼きと、ビエイのオイル煮──あとはサマーサの刺身だな」癖のように顎をさすり、ルネが言った。「ちゃんとお前の分も頼んであるぜ」
「美味しそ」
と、キリルは微笑した。
やがて酒と料理が運ばれて来、乾杯から簡単な飲み会が始まる。料理はやはり美味であり、キリルの舌を楽しませた。特にビエイと言う食べ物は海老の亜種らしく、似た味わいに思わずつかの間、東の大陸の夢を見た。
店と店の間を、リヤーマを持った楽士が流している。リナかと思い目をこらしたが、違う男の楽士であった。
「なんだ? 楽士に興味あるのか?」
しばらく見つめていたのであろう、ルネが不思議そうに声をかけた。
「いや、知り合いに楽士がいてね。まぁ、女性なんだけど」
「そうか。美人か?」
楽しげにルネは身を乗り出す。
「凄い美人。顔のあざを除けばね」
少しあきれた風に、キリルが答えた。
「あざ?」
「大昔に顔の片側を引き換えに永遠の命を得たそうなんだ。そして、そのあざには毒が埋め込まれているみたいでね、一つの町に長居するとその町を滅ぼしかねないとか」
その言葉を聞くと、ルネはなにか悩むように鼻と口元に手をそえていたが、やがて思い出したようにテーブルを軽く叩いた。
「思い出した、思い出した。俺も知ってる。神の罪人リナ・カートンだろ?」
「なんで知ってるんだ?!」
キリルがおどろくと、
「俺はこの世界の事をなんでも知ろうとしてるからさ。無知ほど罪なものはないって、大昔に親父から聞かされて育ったからな」自慢げにルネは言った。「彼女の演奏は一度聞いた事があるぜ。綺麗な声をしているよな」
「そうなんだ、聞いた時から惚れこんじまって」キリルは果実酒を一口飲むと、「それに、同じ地方の出身なんだ」
「そうなのか! そいつは知らなかったな」と、ルネも再び果実酒をあおった。「どんな場所なんだ?」
「なんにもない、良くあるへんぴな田舎さ。森にエルフも棲んでるし、洞窟にはドワーフの工房もある。あとは草や木、小川が流れてるだけだよ」
「良い場所じゃないか!」
ルネは声を張り上げた。
「そうかな……」キリルが髪を掻く。「じゃあ、あんたはどこで育ったんだ?」
「俺か? 俺は北の大陸のカザークたちの村で生まれたんだ。でも親父はカザークじゃあない。旅人で、たまたま村の娘に恋をして、俺が生まれてからは薪割りとかの手伝いで家計を支えていた」ルネの持つグラスへと注がれた果実酒が揺れた。「でも他からの風当たりも強くて耐えきれなくなったのか、ある日とうとう俺とお袋を連れて村を出ることにしたらしい。それからはずっと根なし草の旅人さ。親父もお袋もずいぶん前に死んじまった。エレーヌは親父のドラゴンだったから、俺のガキの頃から知ってるんだ」
「まぁ、歳がばれてしまいますわ」
隣でエレーヌが顔を背けた。
「お前は何年経っても美人のままだよ」
と、ルネはエレーヌを撫でる。
「類は友を呼ぶ……」
ぼそりとラナがつぶやいた。
もうしばらく店を見て回りたいと言うラナの言葉で、店先でルネと別れ、互いにほろ酔い気分のまま華やかな店の間を冷やかして歩いた。収穫月である事もあってか、物売りの他に、小腹を満たす屋台が並んでいる。
「北カラ来タ饅頭ダヨ! オニサン、食ベテミナヨ!」
片言の売り手は、湯気のもれるせいろの蓋を開け、”マンジュウ”なるものを見せてくる。溢れ出でる煙の中から垣間見えるのは、白くふっくらとした蒸しパンのようなものであった。
「美味そう……」
キリルの様子をうかがいながら、ラナは唾液を飲み込む仕草をしてみせる。
「食べてみる?」
と、キリルが言うと、
「え、良いの?!」
と言う歓喜の声が返ってきた。
「食いしん坊……」
そう言いながらも、己の分も頼み、その一つをキリルはラナへと手渡した。一口食べると、饅頭の中身は味付けされた肉であり、独特な香ばしい香辛料の匂いが口の中に広がった。
「美味しいわね」
前足を器用に使い、ラナは饅頭を頬張っている。
「そうだな」
思いもよらない美味しい異国の味わいに、キリルはまばたきを繰り返した。
その後、いくつかの店を回り、そのたびに物を欲しがるラナを制止しながら、帰路に着こうと夜市から離れ、通りを歩いていた時であった。
「泥棒!」
昼間に立ち寄った富豪らしき屋敷の方面から、叫び声が聞こえた。
「行ってみない?」
好奇心満々でラナが言った。
「だな!」
と、キリルは声を弾ませた。やはり、子供の頃から養われた野次馬根性には逆らえないのである。かけ足で、屋敷へと向かった。
屋敷の前まで着くと、人込みができている。そこをくぐり抜けて前へ出ると、門の向こう側で、主人らしき男が外で頭を抱え絶望的な声にならない声を発していた。その視線をたどると、屋根の上に人物が立っているのが見える。体格から、男であろうか。月明かりに、手に持った宝石類がきらめいていた。
「義賊、ローランド……?」
キリルがつぶやいた時、あらわれたドラゴンに、男はまたがり飛び去って行った。その刹那、胸元の首飾りの宝石が輝いた。それは、見覚えのあるものであった。
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