第13話 レン・ベンダーの町
「やっぱりおどろかせた方が良かったかしら」
空を飛びながら、ラナは声をひそめる。
「そうだなぁ、あの手のヤツにはそうやった方が良かったかもな」頬に当たる風を感じながら、キリルは言った。「トラウマにしてやっても良いくらいかもね」
「あなた、案外意地が悪いわね」
「お前が意外なところで優しいだけだよ」
と、キリルはラナの毛を撫でた。心地よさ気に、ラナは目を細める。見回すと、ドラゴンに乗った旅人が飛んで行くのが見える。向こうもこちらに気が付いた様子で、気さくに手を振り、近付いてきた。
「お兄さんどこに行くんだ?」
旅人は言った。茶の髪が陽光に反射してきらめいて見える。そうしてなにより、彼の鼻にかかる片眼鏡のレンズが、きらりと刹那、輝いた。
「レン・ベンターの町まで」
キリルは答えた。
「ずいぶんと遠くに行くんだな。俺はニェリーの町まで飛ぶ予定だ」
と、山の方を顎で指した。
「この辺りの地理はわからないや」
キリルが言うと、
「この大陸は初めてかい?」旅人は尋ねた。「古竜を連れている点からして、お兄さん商人か」
「そう、ご名答」キリルは笑った。「まだ一つの町に留まっただけ」
すると旅人が前方を指差し、
「そうか。レン・ベンターの港は海岸沿いをまっすぐ行けば見えてくる」
「ありがと!」
旅人の言葉に前方を見れば、かろうじて見えるほどの場所に港が見えた。
「じゃあな、お兄さん。旅の無事を祈ってるぜ」
「俺もあんたの無事を祈るよ!」
迂回する旅人に手を振り、キリルは声を張り上げた。
ラナにも港町が見えたのか、そこを目指して翼を羽ばたかせる。この距離ならば、二刻もかからないであろう。果たしてレン・ベンターの町には、どのような事が待っているのであろうか。新しい町や出逢いに、キリルの心は踊っていた。
やがて町の前まで着くと、白く塗られたレンガで造られた門前に降り立ち、キリルは門番へと話しかけた。
「通行料は?」
と、いつもと同じ台詞を発する。
「そんな古くさい物はなしだぜ兄ちゃん」
そう言って、門番は門を開けた。
「この大陸じゃあ、みんなそうなのか?」
キリルが問うと、
「なんだ兄ちゃん別の大陸から飛んできたのかい?」門番は尋ねる。それにキリルがうなづくと、「この辺りは観光で稼いでいる所が多いからな。わざわざ通行料を取らなくても十分やっていけるのさ」
「へぇ! なるほど」キリルは感嘆のため息をついた。「じゃあ、この町にはなにがあるんだ?」
「本格的なドワーフの鍛冶屋があるぜ。見学もできるし、納期に追われていなきゃ鍛冶体験もできる」
「面白そ」
そう言ってキリルはラナを連れ、町へと足を踏み入れた。
マリヤ・ゴルドーの町と同じように、町は白亜に染められていた。門からまっすぐにのびた目前の坂道の先には、青々とした海が見える。かもめが空を飛びかい、日差しがまぶしいほどであった。そして遠くに、白に埋もれた灯台があった。
さっそく商人ギルドを探し町をぶらつけば、楽団が町角で演奏をしている。それに合わせて人々は集い、歌い踊っていた。
「面白そうね」
興味深げに、ラナはつぶやいた。
「お前が入ったらみんなびっくりしちまうよ」
「遠くで見てるだけで良いのよ。音楽が心地いいわ」
と、彼は音楽を聞き入るように目を閉じた。キリルはそれに寄り添い、軽く体重をかけた。
南国の旋律は至極魅力的で、旅人の耳をつかの間なごませる。やがて演奏が終わると、たくさんの拍手が沸き上がった。キリルはラナをうながし、商人ギルドへと向かった。
ギルドは海の見える坂道沿いにあり、キリルはラナを外で待たせ、中へと入った。
中は天窓から差した陽光が照らし出し、扉の裏側には来客用のベルと、その下には色とりどりの花があしらわれた花輪が飾られていた。
「はいはい、お客さんか?」
ベルの音に、奥から男が顔をのぞかせる。褐色の肌に、金髪が光っていた。キリルはカウンターの前に置かれた椅子に座ると、懐からアリの紹介状を取り出し、
「アリ・スベルテからの紹介で来たんだ。手紙を預かってる」
「アリからか」男は紹介状を受け取り、言った。「元気にしてたか?」
「元気だったよ。あんたがオリヴァー?」
キリルが問うた。
「ああそうだ。オリヴァー・スベルテ。よろしく。良い商売をしようぜ」
オリヴァーは、握手を求め手のひらを差し出した。
「キリル・ヴェロスだ。こっちこそ」
キリルもそれにならい、握手を交わした。
「さっそくだけどキリル、紹介状を読ませてもらうぜ」
「ああ」
キリルはオリヴァーが手紙を開ける様子を見つめ、言った。
「んん、中々良い商売をしてるみたいだな」足を組み、オリヴァーがひとりごちる。「アリの所じゃ上客だったのか──よしわかった。契約しよう」
「ありがとう!」
二人は再び手を握り合い、キリルは目前に差し出された契約書にサインした。
「売り上げ金の二割を仲介料としてうちに納めて欲しい。他に質問は?」
「ないな。大丈夫だよ」キリルは立ち上がり、「あ、そうだ」
と、オリヴァーへと振り向いた。
「どうした?」
オリヴァーが首をかしげる。
「有名なドワーフの鍛冶屋って、ドラゴンも入れる?」
「サイズによるな。まぁ、扉は大きかったと思うぜ」
「了解。ありがと」
キリルは幾度かうなづき、ギルドを後にした。
外へと出ると、ラナが退屈そうな面持ちで地面に座りこんでいた。南の大陸には古竜が少ないのか、道行く大抵の人間が、物珍しげな表情で彼を見、歩いて行く。
「ほんと、珍獣扱いよ」
と、ため息を一つついた。
「なぁ、ドワーフの鍛冶屋に行ってみないか?」
無理を承知で、キリルは話を持ちかけた。
「これ以上私を見世物にする気?!」
ラナが声を張り上げた。どうやら相当気が立っているらしい。
「ドラゴン用の扉があるって言うから、大丈夫だと思ったんだけど……」
と、キリルが言いよどむと、
「……そうなの?」ラナの声が優しげなものに変わった。「じゃあ、見るだけなら……」
キリルは前々から、鍛冶に興味があった。できうるならば剣を打つ体験もしてみたいとも思ったが、ラナがいる以上、それはできないであろう。キリルはラナをうながし、鍛冶屋への道を急いだ。
剣とハンマーの交差する看板により、すぐ鍛冶屋を見つける事ができた。オリヴァーの話していた通り、扉は大きなもので、ラナでも中へと入る事が可能であった。
扉を開けた途端、炎のむっとした熱気が、身体の感覚を支配する。金属をハンマーで叩く音がレンガの壁にこだまする。じんわりと肌に汗のにじむ中、キリルの頭一つ小さなドワーフたちが、たんたんとハンマーを振り下ろしていた。
キリルたちの他にも、数名の見学者がおり、皆芝居を見ているかのように、普段見かけない、非日常の風景に見入っているようであった。
やがて仕事が一段落すると、一人のドワーフが顔を上げ、見学者たちへと近付いてきた。彼はうやうやしく一礼すると、口を開いた。
「お待たせいたしました。ようこそ、我が工房へ。私は責任者のウレンと申します。ここでは有料になりますが鍛冶の体験や見学ができます。あなた方はどれを希望なされますか?」
ウレンはキリルへと話しかけた。
「俺たちは見学かな」と、キリルは言った。「人一人とドラゴン一匹。時間は一刻。いくら?」
「350オーロになります」
「わかった」
キリルが硬貨を手渡す。ウレンは金を受け取ると、持っている革袋へと入れた。その後見学者それぞれに話しかけ、金を貰い、体験を希望する者をともなって一段低くなった工房へと入っていった。
希望者たちが加わり、ハンマーの音が更に工房内を響き渡っていた。
「すごいわね……」
ラナがささやく。
「あぁ、」
と、キリルが相づちを打つと、
「あなたの横顔、まるで少年みたい」ラナは笑った。「やっぱり男の子なのね。本当は体験してみたかったんじゃないの?」
「俺はそれほど子供じゃないよ」
己に言い聞かせるかのように、キリルは答えた。
見学を終え、鍛冶屋から出ると、既に日が暮れかけていた。急いで宿を探し、部屋に入る。人々の反応に反して、やはりドラゴン連れの観光客も多いのか、価格は少し高額だが、マリヤ・ゴルドーの町と同じく寝床は羽毛のそれであった。
「この扱い……癖になりそう」と、ラナはため息をつく。「もうずっとこの大陸で良いわ……」
「妙な言い方するなよ」
出された食事に手を付けながら、キリルは言った。今夜は魚のトマト煮であった。薄焼きのパンに浸けて食べると、絶品である。あまりに美味しいのか、ラナもピニャールを飲まずに食事を楽しんでいる。
「だって今まで干し草だったのが、こんなふかふかなお布団なのよ? もう戻れないわ……」
「こんなの偶然だよ」
キリルは言った。もし次の町では、また取って付けた物置小屋に、干し草の寝床かもしれない。確証はないのである。
「そうかしら……なら良いわ。今を楽しみましょ」
と、ラナは笑った。……
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