六話
本棚に規則正しく並べられた本がある。背表紙を見ると同じ作者の作品を纏めて置いてあり、ちゃんと一段の中に収まっている所を見ると持ち主が几帳面な性格なのが分かる。
そんな本棚が複数存在し、図書館かとも思える内装の部屋が父――コウの自室である。
出入り口以外の壁に面した箇所に漏れなく本棚があり、全て空きがなく、埋まっている状態。喫煙家故に本にも臭いが染み付いており、吸い込んだ書物はこれまた不思議な独特な臭いを放っている。
本人曰く、「蒐集癖は元々なかったがこんな時世だ。手放すよりは手元に置いておきたい」との事。
実際、過去に刷られた物であっても現存するものはそう多くない。データとして残っている物は無数にあり、この部屋にある物も例外ではないのだが、その逆はない。荒廃した世界でわざわざ貴重な資源を使って嗜好品に位置する書物を作るのは無駄の一言。
読むだけならデータを用いた電子書籍で済む話だ。
故に本来なら紙の本など不要と切り捨てられるのだが……それはそれとしてそちらを好む者もいるのだ。
紙の書籍の持つ重み、ページを捲る特有の感触、読んでる途中で閉じる際に一々挿む栞。
かさばり、人によっては面倒と感じる所もあるだろう。
いやしかし、それが敢えて「良い」と言う人もいるのだ。
実際の所、幼い頃より紙の本に親しんだ健はそちらの方が良いと感じる。
自分の指でページに触れ、そして捲る。
これだけの動作のはずなのに不思議と高揚感を感じる。
選ぶジャンルが冒険や戦闘、戦争を題材にした物だからかもしれないが、物語にのめり込むと自然と捲るのに有する時間すら変わるのだ。
「次はどうなってるのだろう」と気持ちが逸れば早くなるし、「その先の展開怖いけど気になる」と後ろ髪を引かれる思いならゆっくりになる。
その時その時によってページの重さが変わるのだ。
それを実感してからというもの健にとって本は物語や情報だけが綴られただけの物ではなくなった。
父が捨てられない理由が分かった気がした。
そうして、いつしかそこは健にとってお気に入りの場所になっていた。父からも留守の時は好きに使っていいとの許可も降り、入り浸っていた日々があった。
何年か経ち、本棚に並べられている大半を読み終わった事で通う回数が少なくなったが、今でも好きな場所だ。
そんな思い出が詰まった部屋の中央に寝そべる程大きなソファがある。
元々は健が小さい頃に父と母の間に座って絵本を読み聞かせて貰っていた場所だ。
三人も座れる程の大きさだ。人一人寝れる余裕はある。
そのソファの上で静かに寝息を立てているのは、件の少女だ。
発見した当初は、砂埃等が付着していたが葵が払ったのだろう。元々色白だった肌が、更に白く見える。
「なるほど。服はサイズが合う物がなかったのかな?」
「よし、ちょっとかがみなさい博己。ぶん殴ってやるから」
服だけが変わっていない事を指摘した博己に対し、葵はポキポキと指を鳴らしながら笑顔で言った。
確かに少女の身長は百六十を越えているし、スタイルも良い。出る所は出て引っ込む所は引っ込む、中々のわがままボディである。
対照に葵は本当に一児の母かと思える程に若い……いや、いっそ幼いとすら形容出来る容姿をしている。背は百五十手前で、顔も童顔だ。スタイルに関しても控えめ。良くて中学生くらいにしか見えない。
そんな彼女の服が合うはずもない。それは事実だ、事実なのだが……世の中には触れていい事と悪い事があり、今回は完全に後者だ。
「ふ、ふふふ……!!」
「抑えて! 抑えて母さん!」
額に青筋を浮かべ、すぐにでも殴り掛かろうかとしている母を必死に宥める息子。
「はは! いやはや人間意外と変われるものだねー」
「それは、十年以上ミリも変化しなかった私に対する嫌味か!!」
抱いた感想を口にしたら、変に歪曲されて解釈されたらしく更にヒートアップしてしまう。
それに対し「違う違う」と首を横に振る。
「彼がキミを娶ったのは間違いではなかったと思っただけだよ」
博己と葵の付き合いは長く、昔の彼女を知る身としては、こんなにも元気になった姿を見せてくれるのは感慨深いのだ。
当時は『あの』コウが結婚するとの事でえらい騒ぎになった物である。反対もあれば、祝福もあった。二人の過去を知っていた博己はその二択をどちらも選ばず、先行きを不安視しかしていなかったが……。
こうして『茶番』に付き合ってくれる程に心が豊かになれたのであれば、素直に良かったと思ったのだ。
「……………………当たり前、です」
今にも息子の制止を振り切ってでも殴ろうかとしていた葵だったが、彼女も何か思う所があるらしく、赤面しつつ拳を下ろした。
「えーと……」
両親との関係は悪くないと自覚している健だが、流石に二人の馴れ初めについては知らない為、今までの応酬で何故母が怒りを治めたのか理解出来ない。
分かることと言えば、葵は普段は極力丁寧な言葉を使おうと心掛けているが、感情が昂ったりするとそれが崩れてしまうということ。
そして今は普段の言葉遣いになっているという事から頭は冷えたのが伺える。
「ん、んん! ……というか、やっぱり貴方、この子の事知ってたわね」
「え?」
冷えた頭で冷静に先の言動を思い返すと、やはりというか博己は少女と関わりがあるようだ。
先程までの痴態を払拭する様に咳払いをした後、博己を睨む。
「着ていた服の指摘なんて、事前に分かっていないと言えないでしょ?」
「あ……!」
首を傾げていた健に葵は語る。
それはそうだ。
もし初めて対面するのなら、そんな指摘は普通しない。
「ああ、そうだね」
その問いに対して博己は頷く。
元より隠すつもりはないが、『回収』する以上は説明は必要になるだろう。
故に素直に言うことにした。
「彼女を――『ラナ』を都市に招き入れたのは、実は私なのだよ」
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