五話
健の幼馴染みに奏恵という少女がいる。勝ち気でぐいぐいと引っ張っていくアグレッシブな女の子だ。
幼馴染みというだけあって、小さい頃からの付き合いだ。ただ、家が隣同士とかそういうのではなく、親同士の付き合いにより、よく一緒にいることが多かった。
そんな彼女だが四月の末に《エイジ》として覚醒した。
まだ中学生ではあったが、《エイジ》と化した者にはそのまま義務教育を終えるまで学生としているか、すぐに《ギアーズ》として働くかの選択が与えられる。
どんな能力にせよ《エイジ》となれば、『力』を手にする。それを放置する事は出来ない。大体は《ギアーズ》の一員となるか、もしくは彼らが定めた『誓約』に従って貰うかの二択だ。それは学生であっても例外ではない。
その場合、大半の者は『誓約』に従うことで、学生である事を選ぶ。《ギアーズ》に入るということは危険な『外』に出る機会があるからだ。そうでなくても、《ギアーズ》はその名が示す通り歯車の様な組織だ。
個々の繋がりや連携というのが大事らしく、誰か一人のミスで他の誰かが命を落とすというのはよくある話だ。
そんな責任ある立場にいきなりなれと言われてなれる程、精神は成熟していないし、覚悟もまたないのは当然といえば当然だ。
そんな中、奏恵は《エイジ》となった後、即学校を辞め《ギアーズ》に入った。
奏恵が即断即決出来たのは偏(ひとえ)に彼女の父もまた《エイジ》であり《ギアーズ》にとって重要な人物であったからに他ならない。
健と似た境遇に居た彼女もまた同じ心持ちだったのだろう。
そうして、幼馴染みとして育った彼女は一足先に、《ギアーズ》に正式加入することとなったのだ。
――閑話休題。
健と葵の視線の先にいる男は、《ギアーズ》の職員である証である黒い制服を着ている。
階級、立場が高い者程はスーツに似た物らしく、一目で分かるような仕様になっているとか。
事実として、男は一般職員とは違う空気を纏っている。
見た目が白髪混じりの四十近い男性というのもあるのだろうが、ただ佇んでいるだけにも関わらず貫禄の様なものすら感じる。
「オジサン……?」
健はこの男を知っている。
幼馴染みである奏恵の父親であり、長年コウをサポートしてくれている《ギアーズ》職員の一人。
その使い手故に神出鬼没であり、それは見た通りだ。つい先程までは健と葵しかいなかったリビング。その出入り口にいつの間にかいた。
リビングは廊下と隔てる扉がない造りだ。故に廊下に隠れ、タイミングを見計らって姿を見せるといった面倒な登場は出来るかもしれないが、前述した能力を考慮するのなら今転移してきたと捉えるべきだろう。
「ちゃんと玄関から入りなさい、博己」
それを肯定するかの様に葵が睨んでいる。
「おや、呼んだのは葵ちゃんだろ?」
「確かにそうですが、別に緊急時とはいう訳ではないでしょう」
「んー、まあ、それはそうなんだが……キミらに何かあると私がお叱り食らうのだよ」
いつにも増して真剣な表情の葵に対し、博己は困ったように苦笑いを浮かべている。
コウとの付き合いが長い故か、彼が二人を大切にしている事は知っている。そんな博己からしたら『もし』なんて事態があった日にはどんな目に合わされることか……想像するのも恐ろしい。
「……そう」
戦々恐々としている博己とは対照に、彼の言葉からコウが自分達に向けている想いを察した葵は照れたようにそっぽを向いた。
「えっと、母さん……? 何でオジサンを呼んだの?」
話の流れから葵が呼んだのは分かった。健も《ギアーズ》へ連絡しようと試みたのだ、それ事態はおかしくはないが、その相手が博己であった事に驚いていた。
博己はその能力と長い在籍歴により、組織の中でも上位の役職についている。
確かに『精神干渉者の保護』という重要度の高い案件故に相応の者が対応するのが定石だ。
コウが都市を掌握した実例からしても、精神干渉者の影響力は計り知れない。
だからこそ高い実力者や、精神干渉に対抗出来る者でなくてはいけなく、博己はその内の一人だ。
しかし、博己はコウの腹心の一人でもある。それ故に行動を共にする事が多く、てっきりコウと一緒に『外』に出てると思ったのだが……。
「あぁ、うん、それはね。……心当たりあるでしょ?」
健の疑問に葵自身は答えられない。その代わりと言わんばかりに博己を睨み付ける。
「……まいったね」
その視線に肩を竦める。様子からしてやはり何か知っているらしい。
「そうだね、説明するよ。ただその前に件の《エイジ》を確認させて欲しい」
誤魔化す事は無理だと考えた博己は、一先ずは少女を確認する許可を求めるのだった。
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