三話
町の中心には《護大樹》があり、その周囲には重要な施設が幾つもある。市街地はそこから離れている、それは万が一に備えての処置である。
その距離は歩きだと一時間は掛かる。故にもっぱら移動手段は車や自転車となる。
健もまた、移動の手段として自分用の自転車を持っており、普段遠出する時はそちらを使う。
しかし、今日にいたっては父への弁当の保存状態を気にしてバスで向かったのだ。
その選択を僅かばかり後悔しそうになった。
夏の日差しに焼かれながらも、必死にセキの後を追う。
《護大樹》によって調整された気温は二十九度。暑くはあるが倒れるようなものではない、だがそれは普通に活動している場合に限る。
かれこれ十分は走り続け、汗だくになっている彰はその限りではない。
テレパシーは肉声と違う故に、長距離でも飛ばすことが出来るのは知っていたが、予想よりもかなり遠い。
こういう時自転車があればと思うも、無いもの強請りをしても仕方ない。素直に走り続けるのみ。
息を切らせ、一体どれくらい走ったのかと思うと同時に、セキは狭い横道に入った。
車では入れず、立地の関係か建物の影になっている所だ。
いかにも、と言わんばかりの場所に笑いすら漏れてしまう。
だが――
『ココ……ドコ……? アノヒトハドコ……? アナタハダレ……?』
確かにこの先にいるのだろう。片言ではあるが、今まで聞いた中で声ははっきりと聴こえた。
テレパシーである以上、距離は関係なく聴こえるはずだ。それにも関わらず、近付いたと分かった瞬間明確になった。
――ああ、なるほど。これが『相手から影響を受ける』ということか。
健は走りながらもずっとテレパシーの主に語り掛けていた。
何処にいるのか、しっかりしろ、今向かっている。
そんなありきたりな言葉しか浮かばなかったが、それでも必死に頭の中で語り掛け続けていた。
恐らくはその成果なのだろう。
件の主は健の『声』を聴いた、聴き取ったのだ。
結果、意識はこちらに向くことになった。
何度も頭の中に響く声に、軽い頭痛が起きたが、そんな事よりも早く安否を確認しなくてはいけない。
速く脈打つ鼓動を抑えようと、深く深呼吸してから、意を決し健は暗い脇道に入って行った。
それから僅か数十歩の所に、不自然に盛り上がった大きな茶色い布が落ちていた。
溢れ出たように白い手足がゆっくりと動く。周囲を探る仕草そのものに「目が見えないのでは?」と不安になった。
「大丈夫!?」
駆られた衝動に身体が咄嗟に動き、その手に触れようと――
「――っ!!」
した瞬間。右手は大きな音を発て、弾かれた。
衝撃は凄まじく、右手どころか身体ごと後ろに飛ばされ、尻もちを着いてしまった。
「………………え?」
あまりの突飛な出来事に健は暫し呆然となる。
右手を見ても外傷は何もなく、何によって弾かれたのかも理解が出来ない。その時には感じた痛みすら既に跡形もなく消えている。
「……ぁ……ぁぅ……」
呆けていた健だったが、苦悶の声を聴いて我に返る。
自分が此処に来た意味を忘れてはいない。
「だ、大丈夫……!」
先の件を思い返しながらも、恐る恐るではあるが、手に触れる。
今度は何事もなく触れることができ、安堵しつつも容体を確認しようと布を剥ぐ。
「……ッ!?」
その瞬間息を呑んだ。
そこにいたのは、少女だった。
ウェーブのかかった腰近くまである金長髪。陶器の様な色白な肌。年の頃は自分より少し上、十五か十六辺りだろうか?
着ている服は……なんだろう? 囚人服のようにも思えるグレーの半袖短パンだ。
綺麗な容姿に対し、身に纏っている物は小汚い。
アンバランスだが、それもまた目を惹くには十分で――
「う……」
「! そうだ、連絡しないと!」
つい魅入っていたが、少女の呻き声で自分が行うべきことを思い出す。
ポケットからケータイを取り出し、『ギアーズ』に連絡しようとして。
「……は?」
何度目か分からない困惑。
眼の前に取り出したケータイの画面は暗く、ただただ健の顔を写しているだけ。うんともすんともしない。
――壊れた? バッテリー切れ? あり得ない!
健は残量があるものは気にする性格だ。少なくともケータイを充電し忘れることなどない。
それに物に対してもぞんざいな扱いはしない。壊れるような使い方はしないし、先に尻もちを着いたがケータイは前のポケットに入れていたのだ。その状態で一体どうやったら壊れるというのか。
理解が出来ない……なんなんだコレは……。
事態が把握出来ない中、予期せぬトラブルが相次ぎ、泣き言すら言いたくなった。
――しかし。
「……ここからなら家の方が近いよな。それに家なら『対策』もされているはずだし……よし!」
それでも関わると決めた。助けたいと思って行動した。ならば諦める訳にはいかない。
幸いにして、身近に精神干渉者がいた為多少の知識はある。それを使えば『力』のない自分でも何とか出来るはずだ。
ひとまずは家に向かおう。
ギアーズの本部よりも距離的にはそちらの方が近いのだから。
「ゴメン、もう少し我慢して」
そう声を掛けると少女を背負い、家に向けて駆け出した。
その様子を、一部始終観察していた隻眼の黒猫がいた。
近くの民家の屋根に腰を下ろしていた黒猫は、健が少女を背負って走っていくのを見届けると、何処かに去っていってしまった。
人の言葉を話すことが出来ない彼だが、もしそれが許されるのならなんと言うだろう。
この邂逅自体言葉にするのは難しいが、強いて上げるとすれば、やはり「因果なものだ」と嘆く他ないか――。
「母さん!!」
帰宅したかと思いきや、バン! と大きな音が鳴る程強く玄関のドアが開かれた。
昼食の用意をしていた葵はその音と切羽詰まった息子の声に驚き、すぐに玄関に向かう。
「健! どうしたのその子?」
そこには見知らぬ少女を背負い、汗だくになっている我が子の姿があった。
「ゴメン、説明は後でするから! 父さんの部屋使うね!」
言うや否や、返事も聞かずに一階の奥にある父の部屋に向かって行った。
「もう……説明するよりも先に動くって、本当にあの人に似てきたわね」
その姿がコウと重なったのか、呆れながらも葵は用意を始めた。
恐らくは厄介事。その問題となる少女は意識を失っていたことから看病等をすることになるはずだ。
故の準備。それは必要なことだ。
慌てて台所から離れた為、つい消し忘れていた火を止めながら葵はこの後にしなければいけないコトを考えるのだった。
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