秋墳鬼唱

合澤臣



 身に紫の濃霧をまとわりつかせながら森を抜ける。昼でも鬱蒼として暗く不気味に静まり返っていた。松明たいまつが要るほどではないにしろ、茶緑の木々と蔓根つるねや倒れた灌木かんぼくの茂みは陰濃くおどろげで、気持ちさえも沈ませる。しかももう春だというのに褞袍わたいれを脱げないほど寒かった。この時刻ですでにこんななのだから、絶対に夜には来たくないところだった。


 がさがさと背の高いくさむらを掻き分け、ふう、と息をつく。実はこんな領地の外までやって来ることは滅多にない。今日も許可を取ってかなり久しぶりに門を出た。この時期にしか咲かない薬草が生えているのを見たという、街の商人の話を確かめるためだった。


 しかし探せども見当たらない。これは担がれたかな、とまたひとつ息をこぼした。わざわざ出てくるまでもなかったようだ。無駄足になるのも癪なので粘っていたが、これだけ歩き回っても似たものさえないから、おとなしく帰ったほうが良いな、と伸びをした。


 ふと、つんとしたにおいを嗅いで眉をひそめる。ああ、嫌だ。どこかに獣の死骸でもあるのか。ぐるりと首を巡らせ、さっさと帰ろう、と籠を背負い直したところで、どさり、と音が聞こえた。



「…………?」



 立て続けて、また。

 どさ、どさり、と。


 なんだ、と音の正体が気になって足を踏み出す。人っ子一人いないなかでたいそう奇妙だった。重い積載音は今や小瀑のごとく連なっている。怖気おぞけを感じて立ち竦んだが、どのみちこの先を抜けなければ領地へは戻れないのだ、と奮起して足早になる。


 においが一段と濃くなった。どこか甘いえた腐臭に口を押さえる。酸っぱくなった唾を飲み込みながら、不審に思いつつも冷静だった頭はいまや恐怖に飲まれて無意識に体が震えた。ついに耐えられなくなり、太い木の根に胃のものを吐き出す。何度か咳をしたところで、さっ、と目の端を何かがよぎった。


 びくりと肩を跳ねさせ、ゆっくりと顔を上げる。帰途の少し坂になっている轍道わだちみち、木々は少しひらけ、その先には道沿いに崖がある。

 おぼつかない足取りで進み、あたりを包むひどい臭さに袖で鼻と口を固く覆いつつ、もうすぐ森の切れ間から空が見えるというときに立ち止まった。


 景色は途切れ深い谷があるはずの視線の先に、なぜか山があった。山、としか思えなかった。黒々としてうずたかい盛土だった。そう、はじめは土塊つちくれにしか見えなかった。しかし一部が崩れ、足許近くへ、ごろり、と転がった。


 理解が及び絶叫した。胃酸でただれた喉でなおも驚愕を乗せあらんかぎりのかすれた悲鳴をあげ、半分腰を抜かしつつ大慌てで逃げ出した。



 あったのは黒く凍ったしかばねの山。

 多くは首から上が無かった。




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