第23話 話しがあって探していたんだ
何だが、ここのところ記憶にないイベントが立て込んでいて疲れた。
今日はもう、攻略対象者がそばに来ませんようにと祈りつつ無事に午前の授業を終え、地下食堂にご飯を食べに行った。
「シャロン様、お疲れのようですね」
心配そうにジーナが聞いて来る。
「え、そうですか?」
「そうだ。シャロン様、こんな時は甘いものはどうですか?」
レイチェルが瞳を輝かせて聞いてくる。そういえば、前は週に二度ほど取り巻きとともに街へ出てカフェに行っていたのに最近はぱったりだ。
「ああ、それならば、私良い店を見つけてしまったんです! 『市井の乙女は国王と恋に落ちる』の最新刊に出てきたカフェのモデルになったお店なんですが」
「きゃあ! もしかして、王子様がお忍びでヒロインと一緒に行くお店?」
レイチェルの発見に興奮するジーナ。
「聖地巡りいいかもしれません」
とシャロンがほほを染めて言うと。
「え?」
「はい?」
ジーナとレイチェルの疑問符が重なった。そういえば、この世界では聖地巡礼などという言葉は宗教的な意味合い以外で使われていなかった。
説明すると、
「まあ、いいですね、その言葉」
とジーナが反応する。
「これから、皆さんのお時間が合うときに『市井の乙女は国王と恋に落ちる』の聖地巡りをしませんか?」
シャロンが言うと、二人は口々に賛同した。
その日は聖地巡りの話で盛り上がり、放課後初めて三人で街へ出た。リーズナブルな値段で美味しいタルトを食べた後、クロエの本屋へ行って三人でお勧めを紹介しあい新しいロマンス小説の発掘に勤しんだ。
社交を考えることなく、気の合う友人と一緒に過ごすことがこんなに楽しい事だとは思わなかった。
いままでとてももったいない時間の使い方をしていた。
♢
学園の寮は、シルバー以外は広大な学園の敷地内にある。寮へ帰ってくる頃にはすっかり日が傾いてしまった。
一応門限はあるので、足早に歩いていると門前で大きな影が動いた。
「シャロン」
突然声を声をかけられびっくりした。顔を上げるとユリウスだった。
「何をしてらっしゃるのです?」
こんな夕暮れ時に何の用だろう。また、何かイベントのフラグだろうか。
シャロンも前世にやった乙女ゲームの内容をすべて覚えているわけではないので、毎回毎回手探りでいい加減に不安になる。
「お前に話しがあって探していたんだ。いつも図書館にいると聞いて行ったのだが、どこにもいなくてな、仕方なくここで待っていた」
やはり何かのフラグのようだ。
「それでご用件は?」
シャロンは慎重に切りだす。
「なるべく手短にするつもりだが、人に聞かれたくない。あちらの
当然のように奥まったところにある四阿に連れて行かれた。
「しつこいようだが、れいの薬を盛った件だ」
本当にしつこい。二人の間にはあの晩何もなかったことにしたいのに、彼はちっとも受け入れてくれない。
「あのサンドウィッチが入った皿はララが受け取ったもので、私はあの日の舞踏会にいた給仕を集めて聞いたんだ」
その話を聞いて愕然とした。彼はシャロンの気持ちを尊重すると言っていたのに勝手に捜査を始めたのだ。
するとシャロンの顔色をみて慌ててユリウスは付け加える。
「言っておくが限定的なものだ。約束通り事情は話していない」
「そうは言ってもあの夜、私が殿下とともに控室に行ったのを目撃している者は多かったです」
せっかく同好の士を見つけて喜んでいたのに、修道院に入る日も近そうだ。そう思うとだんだん腹が立ってきた。なぜ、何もしていないシャロンが悪役令嬢に生まれ付いたばかりに、こんな目に合うのだろうか。
「絶対に大丈夫だ。バレないし、お前が修道院に入るようなことにはならない」
ユリウスがまるでシャロンの心を読んだように言う。
「それで、誰か分かったんですか?」
「いや、皆、覚えていないというんだ」
「大勢いましたからね。殿下に直接渡した者がいれば覚えているでしょうけれど」
「それで、ララ嬢に聞いたんだ。誰から受けとったのかと。しかし、彼女も覚えていないそうだ」
「給仕の顔をいちいち覚えているとは思えません」
「そう? 私は誰から何を受け取ったか覚えているけれど。しかし、ララ嬢は日頃からいろいろな人間に世話を焼かれているので、給仕に限らず誰から受け取ったか分からないと言うんだ」
――何そのうらやましい状況。
シャロンはその日壁際で、給仕から果実水を何杯も受け取り仲睦まじいユリウスとララにやきもちを焼きながら、やさぐれていた。
「あの日は主に、ニックとロイに世話を焼かれていたらしい。だから、あのサンドウィッチはニック、ロイ、給仕。このうち誰から受け取ったか分からないという」
その選択肢ならばユリウスの場合、自分のご学友は疑わないだろうし、ニックやロイがそんなことをするとも思えない。
「では結局、給仕が怪しいのですね」
「あの日給仕は三十人くらい出入りしていた。学園主催の舞踏会とはいえ私が出席するのだから当然、王宮で身元を調べられている者たちしかいない」
わからずじまいのようだ。
「それだと、犯人はいないことになりますね」
とりあえず自分に冤罪がかからなければいい。
「私は何度か毒を盛られている。どんな警備態勢であっても、内通者がいれば可能だ」
乙女ゲームの裏側は結構バイオレンス。やはり、婚約などしなくて良かった。ユリウスの周りは物騒過ぎる。
「それならば、内通者を捕まえればいいではないですか?」
「すぐにしっぽを出す相手ではないのだろう。それに捕まるのは生贄に差し出されたとしか思えない実行犯ばかりだ。
まったく媚薬などいったい誰が……。
間違いがあれば、子が出来てしまう。そんなことになれば王家に新たな火種を産むだろう」
「ああ。良かったです。私はその火種にならなくて」
棒読みでシャロンが言うと、ユリウスが驚いたように目を見開く。
「お前のことを火種と言っているのではない。お前との間に子が出来ても別におかしなことは無いだろう。結婚すればいいのだから!」
なぜか頬を上気させ、早口で焦り気味に言う。
「で、そのことは置いておいて。どうしてその話を私にしようと思ったんです? 話すということは何か協力して欲しいからですよね」
「さすが、シャロンだ。話が早い」
上機嫌で褒められた。嫌な予感しかしない。
「それで、どうだろう? 私たちが付き合っているふりをするのは?」
ユリウスが美しい笑みを浮かべる。
――何がどうだろう? なのか全くもって意味が分からない。
ハイスペック改め、このポンコツ王子は何を言いだすのだろう。
こんなところで油を売っていないで、さっさと王宮にお帰りいただきたい。
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