第22話 なぜ、バンクロフトさまが?
「こんにちは、ソレイユ嬢」
いつも通り先生は挨拶するので、シャロンもいつも通りに挨拶を返す。
「それで、今日はなぜ、バンクロフトさまが?」
聞かずにはいられない。なんといってもここは使われていない教室なのだから。
「ああ、彼女は私に質問があったらしくてね」
と先生が答える。質問の為にわざわざここまでやって来たのだろうか?
「あの、これからお二人で何かなさるのですか?」
ときらきら目を輝かせてララが聞いてくる。
なぜ、いちいち彼女に説明しなくてはならないのだろうとシャロンは思う。するとアルフォードが説明し始める。
それも致し方ない。ここで秘密にして変に勘ぐられて、おかしな噂が立つよりはいいだろう。
「まあ、個人授業ですか? それは楽しそうですね。ぜひ、私も参加させていただけませんか?」
案の定そういって、にこにことアルフォードに問いかける。
「ああ、それは申し訳ないけれど、個人的にソレイユ卿に頼まれているから、そういう訳にはいかないんだよ」
と笑顔でアルフォードも答える。
意外にもあっさりと断ってくれたのでほっとした。彼女と一緒に授業を受けるなど無理だ。アドバンスクラスのララとはレベルが違い過ぎる。
「そうですか、それは残念です」
といってララがしゅんと肩を落とす。
「ええ。申し訳ありませんが」
ララの可憐で愛らしい様子に一瞬ひやっとしたが、アルフォードが断ってくれてほっとした。
なぜこうもヒロインは行く先々でシャロンとエンカウントするのだろう。
(悪役令嬢だからだよね……)
シャロンは言葉を吐き出す代わりにため息をついた。
「あの、それで、アルフォード先生、見学するだけなら構いませんか?」
突然、ララのお願いが始まる。しかも小首をかしげ、潤んだ瞳でアルフォードを見上げている。
これにはアルフォードも困ったようで。
「ララ嬢はこういっていますが、ソレイユ嬢は如何です」
アルフォードの言葉にシャロンは脱力しそうになった。
「魔法実践の得意なバンクロフト様が、魔法実践が苦手な私の課外授業を見学するという事ですね? アルフォード先生」
ここで怒ったら負けだと思うのだが、どうにも言わずにいられない。
「そんな、シャロン様、私はそんなつもりでいったのではないんです。ただ、アルフォード先生は素晴らしい先生なので、どのような授業をなさるのかと興味があっただけなんです。
決してシャロン様を馬鹿にするとかそういう気持ちはないんです。それに基本はとても大事です。私もおさらいしたくて。どうか誤解なさらないで。でも、シャロン様がどうしても嫌というのなら、私は今すぐ出て行きます」
「嫌です」
ついうっかり本音が零れた。これではまるっきり心の狭い悪役令嬢そのものだ。しかし、出した言葉はひっこめられない。
どうしよう……。平静を装いながらも密かに冷や汗をかく。
するとやり取りを見ていたアルフォードがくすりと笑った。
「ということで、そろそろ授業が始まるから、ララ嬢、教室から出てもらえるかな?」
てっきり、アルフォードはララの味方をするのかと思っていたので、シャロンは驚きに目をみはる。
「そんな。アルフォード先生、いったいどうしちゃったんですか?」
と言ったのはララで、心底不思議そうに訴える。
その問いに対して、アルフォードが少し困ったような顔をした。
「なんで……どうして?」とララは呟いて教室から飛び出していった。
後には呆気にとられたシャロンと、困惑顔のアルフォードが教室に残された。
「では、今日の授業を始めようか」
アルフォードは咳払いを一つすると仕切り直した。
「あの、バンクロフト様はどうしましょう?」
アルフォードの態度があっさりし過ぎていて、逆にララが心配になってしまう。
「追いかける? 君の授業時間が短くなってしまうよ。僕はさっさと始めた方がいいと思うけれど。
そうだ、開始時間が遅れたから今日はその分延長しよう。それで構わない?」
「はい……」
もちろん異論はないが、あれほど贔屓していたのに、どうしてしまったのだろう。
狐につままれたような気分だ。するとアルフォードが苦笑する。
「依怙贔屓は良くないと思ってね。私も一時期どうかしていた。君には不快な思いをさせて申し訳なかったね。それから、ララ嬢にこの個人授業を知られてしまったから、噂がひろがるかもしれない」
アルフォードの言わんとしていることは分かる。
「この個人授業も終わりということですね? 分かりました。試験前までやると誤解されてしまいそうですから」
「君は真面目にやっているのに、不正だのと嫌な噂は流されたくはないだろう。ララ嬢も悪気はないのだろうが、他の人間が彼女のいう事をどう受け取るか分からない。彼女は学園でも影響力がある生徒のようだからね」
と苦笑する。非常勤で週に二日しか来ない先生なのによく生徒の事をわかっているようだ。
最初は感じが悪いと思ったのに、授業を受けて行くうちに随分と彼の印象が変わった。
「そうですね。分かりました」
シャロンもあっさりと頷く。それに最近授業でブラットの足を引っ張ることもなくなっていた。
「君は才能があるから、これからもきっと伸びるよ。頑張って」
と珍しくお褒めの言葉もいただいた。
「え! 本当ですか! 魔法省に入れますかね?」
嬉しくて身を乗り出して聞くと、アルフォードが驚いたように目を見開く。
「……えっと、君は侯爵令嬢なのに魔法省に入りたいということ?」
「はい、変ですか?」
魔法省では女性の職員もたくさんいるはずだ。
「ああ、いや、生き方は人それぞれだから、自分なりに目標をもっているなら頑張って」
将来の希望が見えてきた気がした。
ただ授業の後アルフォードが首を傾げていた。
「おかしな噂が立つと困るから、わざわざ、学舎の離れにある教室を使っていたのに。なぜ、ララ嬢はここまできたのかな? 君が場所を教えたのかい?」
「まさか、それはないです。私はてっきり先生とバンクロフト様が一緒にきたのかと思っていました」
シャロンは目を丸くする。
「ああ、そう思われても仕方がないね。一人の生徒を贔屓するなどどうかしてたね」
といって苦笑する。
なんとも答えようがなく、曖昧に微笑んだ。
――ならば、ララはどうやってこの場所を見つけたのだろう?
とりあえず、アルフォードのシャロンに対する偏見は消えたようなのでほっとした。しかし、なぜそうなったのかはわからない。
きっと授業での真面目な態度が認められたのだろう。
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