第21話 行く先々に
翌朝は爽やかな目覚めだった。
熱い紅茶にミルクと砂糖を入れ、スコーンにクロテッドクリームとくろすぐりのジャムを添えてたべると寮をでた。学舎の庭園ではバラが盛りで、良い香りを運んでくる。
「ソレイユ嬢」
二日続きの出待ち。名を呼ばれ驚いて振り返ると、ニックが立っていた。一難去ってまた一難シャロンは思わず身構える。そろそろ本格的に護身術を学ぶべきなのかもしれない。
「何か御用ですか?」
無視しても良かったが、そうすると絶対にまた腕を掴まれる。それだけは嫌だ。
「先日は茶会で乱暴な真似をして済まなかった」
と言って綺麗に頭を下げた。彼が謝るとは思わなかったので、ちょっと驚いたが、きっと親に叱られたのだろう。大方廃嫡にするとでも脅されたのか。
心情的には絶対に許せないが、しかし……。
「はい、分かりました」
あっさりとしたシャロンの言葉にニックは驚いたように顔を上げる。
「え? 許してくれるのか?」
「さあ、それについては、お父様がホーキンス家に慰謝料を請求しているわけだからよくわからないわ」
「お前としては許してくれるということか?」
「まずはその『お前』呼ばわりからやめてもらえます? そして今後私の半径5メートル以内に近寄らないでください」
それだけ離れていれば、いきなり腕をひねり上げられることもないだろうし、彼の剣も拳も届かない。彼に切り殺されるバッドエンドもあるわけだから、用心するに越したことはない。
「え! それでは許してないのと一緒ではないか!」
と一歩前に出て来る。
そもそもなぜ許してもらえると思ったのだろう? 俺様系攻略対象なだけあって、傲慢だ。いままでその見た目の良さで、女生徒にちやほやされてきたのだろう。
「ですから、今すぐ私から5メートル離れて、今後そばに近寄らないでください」
ときっぱり言い切った。
「ならば、どうすれば許してくれるんだ」
こわばった表情でまた近づいて来る。ああ、これは多分殴られるパターンかも。だが、嫌なものはいやだ。
「先ほども申し上げましたが、父がホーキンス家と話し合いをしております。それから、近寄ってこないでください。はっきり申し上げますとあなたは直ぐに暴力を振るうから、怖いんです。嫌なんです。嫌いです」
ついうっかりはっきり本音を言ってしまった。しかし、いくら顔がよくて腕がたち家柄がいいと言ってもニックだけは絶対に嫌だ。
「……」
ニックが俯いて黙り込む、少しは反省しているのかとおもいきや、拳を握り、ぷるぷると震えている。もしかして殴りたい衝動と戦っているの?
思わず後退る。さすがに筋肉質の彼に殴られたら、無事では済まない。最悪一発で殴り殺されるかも知れない。
しかし、彼は「わかった」と一言短く言うと踵を返して去っていく。シャロンは一気に力が抜けた。
「良かった……殴られるかと思った」
♢
何事もなく無事一週間が過ぎ、ダンスの発表はつつがなく行われた。シャロンは、そのことにほっとする。
憧れのパトリックと踊れたジーナは大喜びだ。
「パトリック様の知的な瞳がアーチ様に似ているのですわ」
「アーチ様って、『市井の乙女は国王と恋に落ちる』に出て来る公爵様ですか?」
『市井の乙女は国王と恋に落ちる』とは三人のなかで今一番熱く語られているロマンス小説だ。
「そうなんです、推しにそっくりで一度お近くでお顔を拝見したかったんです。願いが叶いましたわ!」
「そういうことだったんですね。確かに雰囲気は似てらっしゃるかも」
別に恋をしているわけではなくて推しキャラと似ているから愛でているだけのようだ。
ちょっとほっとする。
結局マナークラスのダンスはララと王子、シャロンとブラットでことなきをえた。今回も危険なフラグをなんとか回避した。
ただララの取り巻きの女生徒たちは、シャロンが無理矢理王子と踊ろうとしたと誤解しているようだが、ユリウスが事情をしっているので大丈夫だろう。
それから、授業の終わりにアン・クライトン先生に呼ばれた。何も不正はしてないはずだ。
「ソレイユ嬢。あまり殿方を弄ばないように」
どうやらこの先生にも好かれていないようだ。
「私はそのようなことはしておりませんが……」
的外れな注意に首を傾げると先生は苦笑した。
「あなたは早く婚約者を決めた方が良いかもしれませんね。ちょっと周りが騒がしいようです」
と言われた。
恐らくダンスの相手が二転三転したので誤解されたのだろう。いい迷惑だ。シャロンはなにもしていない。
「先生、誤解です。皆さまがいろいろと気をまわした結果のようです。私は何もしていません」
そう答えるとなぜかクライトンはため息を吐いた。
クライトン先生の訳の分からない話から、解放されて廊下に出るとなぜかロイに声をかけられた。
「君がはっきりしてくれないから、僕は随分と迷惑をこうむっているよ」
艶やかな黒髪をかきあげ、物憂げにいう。美男子なのでさり気ない仕草が様になっている。が、しかし、彼の言っていることは意味不明だ。
「迷惑って、私は何もしていませんけれど」
今回ばかりは言い返した。
「何もしないから、こうなったんだろう? どっちか選んでくれないかなあ。おかげで僕は板挟みだよ」
ロイが疲れたように言う。別に嫌味を言いにきたのではないようだ。どちらかというと愚痴?
「板挟みって、どうかしたの?」
「はあ、わかんないならいいよ。余計なことを言ったと怒られるのも嫌だしね」
「怒られるって?」
シャロンが不思議そうに首を傾げる。
「君の周りはいろいろと騒がしいようだから、気を付けてね。ソレイユ嬢」
本当に心配しているような口ぶりで、そういうと去っていった。
「何なの?」
シャロンはロイのちょっと疲れた背中を見送った。
♢
その日の放課後はアルフォード先生の授業があった。
短期間ではあるが、魔力のコントロールは結構上達したようなので、そろそろ次の段階にいくころだろう。彼は教師としてもとても優秀だ。
そんなふうに思って、いつものように課外授業で使っている空き教室に尋ねて行くと、なぜかララがいた。
この課外授業をどこからか聞きつけてきたのだろうか?
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