第20話 なにか御用でしょうか?
最近は毎日図書館でひっそりと真面目に勉強しては寮に帰って寝るという健全な生活が続いている。
意外にも今までのように、令嬢たちを集めて茶を飲んだり、街へ買い物に行ったりするよりもずっと充実感があった。
今日もいっぱい勉強をしたなと図書館の椅子の上で気持ちよく伸びをしてから、帰る準備をしていると
「シャロン様」
と声をかけられた。
ララだった。彼女に名前呼びを許可した覚えはないのに、最初から勝手に名前を呼んでくる。腹が立つほどフレンドリーだが、それはおくびにも出さない。殺されちゃうから。
「何でしょう。バンクロフト様」
しかし、こちらは絶対に名を呼ばない。
「バンクロフトなんておやめください。どうか私の事はララとお呼びください」
ヒロインに先手を打たれてしまった。だが、彼女とは友達でもなんでもない。
「なにか御用でしょうか?」
そういう間にもシャロンの頭はフル回転する。図書館でヒロインとのイベントなどあったろうか? 全く覚えがない。そもそもヒロインはシャロンが苦手なはず、何故会いに来た。
「あの、ペアを変わっていただきたいんです」
「え?」
「マナークラスのダンスのペアです。シャロン様ばかり狡いと思うんです。確か前回もユリウス様のお相手はシャロン様でしたよね?」
「……」
これ、ヒロインと悪役令嬢の役割が逆転しているんだけれど。なるほど、ここでシャロンが「嫌です」といってもめ事になって最終的にはシャロンが悪役になるのかと理解した。よって、
「いいですよ」
と快諾する。すると今度はララがきょとんとした。
はっきり言って男爵令嬢でしかないララの侯爵令嬢へのこの申し出は不敬以外の何物でもないが、ヒロインはそれが許されてしまう。
そのためララはいつまでたっても貴族間の常識を学ばない。しかし王子ルートのラストでは国民から、庶民感覚をもった妃の誕生かと期待されるのだ。本当にどこまでもララに優しい世界。
「え? いいのですか?」
一方ララはあっさりと譲ったシャロンにびっくりしているようだ。
「ええ、どうぞ。それでバンクロフト様のお相手はどなたですの?」
さすがにララと呼ぶ気はない。
「僕だよ! シャロンよろしくね!」
いつの間にかそばにやって来ていたブラットが言う。そしてブラットの横には攻略対象者である富豪伯爵家の令息ロイがいた。
ブラットはロイとも仲良くなっていたようだ。それとも元から仲が良かったのか。美男が二人並ぶとなかなか壮観な光景だ。ちょっとどきどきする。
しかしこれで冤罪からは免れたはず。ほっと胸をなでおろしブラットに声をかける。
「そう、よろしくね、ブラット」
微笑みかけると、ブラットの横でロイが冷笑する。なにそれ感じ悪いんだけれど? カチンときたがそこは我慢した。罠かも知れないので、うかつに怒るわけにはいかない。
とりあえずは避けようとしても強制的に起こるヒロイン苛めの悪役令嬢イベントは無事回避したようだ。
しかし、ヒロインはというとなぜか浮かない顔をしている。
「なぜ、ブラット様が……?」
と少し不満そうに零す。
代わってあげたのになんでだろう?
「そうだ。シャロン、会ったついでに、次の魔法実践の授業の打ち合わせをしないか?」
異論もなくシャロンはブラットの言葉に頷いた。
しかし、翌朝。
「シャロン、どういうことなのか説明してくれないか?」
王子が柳眉をしかめ寮の前で出待ちしていた。
朝から、美貌の王子が目の前にいて眼福ではあるが……、暇なの?
「えっと……何のことでしょう?」
まったく、さっぱり思い当たらない。
「ブラットと踊りたいから、ララとロイとイザベラに代わってほしいと言ったと聞いたんだが、どういうことだ?」
とんだ濡れ衣どころか、訳がわからない。ロイとイザベラって何? シャロンは混乱した。
「えっと、違います。逆です。私はバンクロフト様に頼まれたのです。それで代わったんです」
本当のことを言っても信じてくれないだろうかとドキドキする。
「なら、どうして相手はロイではなくて、ブラットなんだ? それに昨日も図書館で一緒にブラットと勉強をして寮まで送ってもらったと聞いたぞ」
話が飛んで訳が分からない。怒った顔も美しいなと思いつつシャロンはこの状況にひたすら混乱する。うまく回避したはずなのになぜユリウスがご機嫌斜めなのか分からない。
「えっと、一緒に勉強をしたというのではなく、次の魔法実践の打ち合わせをしていただけです。あとダンスのくだりはよくわかりませんが、どういう事でしょう?」
なぜ、王子が不機嫌で、こんなことを話さなければならないのか納得いかないが、本能がこの状況を放置するのは危険だと訴えてくる。
「いや、いい。そこら辺はお前の反応で何が起きたのか分かった。ロイに聞けばわかるだろ。くそ、ブラットのやつ」
王子の珍しい悪態にシャロンは目を見張る。
結局その日は王子にエスコートされるように学舎に向かうことになり、大いに目立ってしまった。
「それで、殿下、いったいどういう事なんですか?」
「ブラットとイザベルが元の組み合わせだ。それから、ロイは……」
「まあ、そうだったんですか。それでロイ様はバンクロフト様とペアだったんですね」
なんだか、ゲームのイベントとペアが少し違うようだ。
「……違うんだ。私が代わってもらったんだ」
「え? そこまでしてバンクロフト様と踊りたかったんですか?」
「ちがう! ロイがひいたのは17番だった」
「ん?」
「だから、お前が掲示板に名前をかき込んでいるのを見て、私が自分の番号と交換してもらったんだ」
「何だってまた!」
意味が分からない。
「いや、ロイよりは私の方が踊りやすいだろう?」
確かにロイは昨日も感じが悪かったし、好かれている気はしない。というか王子のご学友たち全員に嫌われているだろう。
随分優しい心遣いだが、ユリウスと踊ったらそれこそ不正を働いたと誤解されかねない。クレイトン先生もシャロンの顔を見て釘をさしていたのに。
「それで、私は知らなかったんだが、ロイと交換した番号はララと同じものだった」
「つまり殿下の本来のお相手はララ様と?」
「そういう事だ。だから、ララが不正は良くないと思ったのだろう。それでお前に言いに行ったんだ」
やはりあれはフラグだったのだ。恐ろしい、どこに罠が潜んでいるか分かったものではない。看破した自分をほめてあげたい。
「そこまでは分かりましたが、そうすると、どうしてブラットが出て来るのです? それならば、私のお相手はロイ様ですよね?」
「ブラットが不正を働いたんだ。ロイと強引に番号を交換した」
つまりブラットはイザベラがきらいだということか。それならば断罪の時に味方になってくれるのではと希望が見えてくる。ただちょっとララと仲がいいのが気になるが。
「随分と嬉しそうだな」
不機嫌な王子の声にどきりとした。
「いえ、そんな事ありませんよ。でもそれってイザベラ様はどうなのでしょう?」
「ああ、彼女はロイが好きらしい。そのせいか最近はお前とではなく、ララと行動を共にしているようだ」
「それで、ペアの取り換えの話は、誰情報なのですか?」
「ブラット以外の三人だ。それぞれに意見を主張するので、お前に直接聞きにきた」
ユリウスはシャロンの言うことをきちんと信じてくれたようだ。
「なるほど、これで、上手く収まったわけですね」
そういうとなぜか王子が怖い顔をした。
――え? 私、何もしていないのに、どうして怖い顔するの?
シャロンにはユリウスの地雷がさっぱり分からなかった。
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