第106話【柑】私にとってのヒーロー
「柑さん」
「柑で良いですよ」
「そう?柑って萌南の事を凄く信頼してるよね?」
「私はお姉ちゃんとお姉ちゃんが信頼する人を信頼しています」
「ほぅ、それは気になりますね?」
「そうですか?私は愛梨先輩の左目が気になります」
「それは桃さんが帰って来てからね。ねぇ、どうしてそんな姉妹に慣れたのか教えてよ!3人めっちゃ仲良くて羨ましいんだよ」
「分かりました」
◇
「柑よ!今日は二ビルバルブのライブ動画があるぞよ!速く終わらせたいから一緒に入ろ!」
桃達は今はゲームを授けて貰っていないがゲーム動画が好きで、好きなゲームのライブ実況の為に速く風呂を終えたかったのだ。
2人は中が良くて一緒に風呂に入る事に抵抗は無かった。そう、無かった。
「ご、ごめん。1人で入りたい」
「およ?分かったぞ!だけど、速くしないと始まっちゃうよ!」
「うん。分かった」
そして翌日の放課後。
萌南は先生に頼まれてコーンを運んでいた。
「犬は小型犬〜モフモフしてみたい〜どーして私は〜動物に触れないノー」
そんな自作の歌を歌いながら体育倉庫へと向かっていた。
「およ?」
部活が無い日なのに体育倉庫から音が聴こえている事に疑問を持ち、どうせ行くので近づいて中を覗く。
コン、持っているコーンを落とす。
「⋯⋯え」
焦点の合わない目、絞り出せた声はそれだけだった。
目にしたのは痣だらけで体を縮めている大切な妹の柑。そして大柄な太った男の子と柄の悪そうだけど少し細い男の子と偉そうな女の子だった。
柑は少しだけ顔を上げる。そして、驚愕と絶望を秘めた目をする。
「お⋯⋯」
そこからは萌南には聞こえなかった。
「アタシの妹に何してくれてんの?」
目付きが変わる。緩やかで可愛らしい目から鋭い鷹のような目に変わった。
1番辛いのは柑。家族の誰にも気づかれる事無く1人で抱え込んでいた事に対して多大な怒りを覚えてしまう。
食いしばる歯。
「ごめん、気づいてやれなくて」
何時笑顔だった柑の笑顔が少なく成ったのは何時からか、それが分からない程に前から。
「⋯⋯⋯⋯」
必死に抑える殺意。
「だ、誰だお前!」
「あ、アイツコレの姉だぞ」
「嘘だろ?上級生」
「で、でも1人よ!コイツと同じようにすれば先生に言わないわよ!」
「コレ?コイツ?」
もう、我慢出来ない。
そこに現れたのは数年前の獣⋯⋯では無かった。
それよりも苦しい絶望。言葉に出来ない怒り。そして、悲しみ。
大柄な男に近づいて、今後の問題に成らない程度に手加減して男の急所を蹴る。
「フグ」
「てめぇらは泣かす。お前らが大切な妹にしたように、それを返してやるよ!」
「辞めっ!」
顔を何回も、何回も、手加減して簡単には終わらない程度に調節して何回も何回も殴る。
逃げるガリ男は近くのバスケットボールを取り出して膝に向かって投擲し、膝カックンさせる。
後ろ向きに倒れるガリ男の顔面に対してもう1発バスケットボールを投げる。
バスケットボールは硬い。狙いは腹である。
「ち、わ、私は帰るわ!」
「逃がすかよ」
速攻で女の子に接近して膝で女の子の腹を蹴る。
「クハァ」
一瞬の苦しみを味わった後に気絶した。
「力を入れすぎたか?」
そこにいた萌南は本能で動く獣では無く、考えて確実に目的を達成する【理性】だった。
「柑」
「⋯⋯はい」
「なんで、相談してくれなかった?」
何よりも辛い顔をして柑の顔を覗き込むようにしゃがむ。
「め、いわく掛けたく無くて」
「迷惑?そんなの気にすんなよ。迷惑なのは1人で抱え込む事だ。相談してくれよ。こうなるまで我慢すんなよ」
ポトポトと涙を流す【理性】。
大切な妹がこんな目に会っているのに助けてやる事、救ってやる事が出来なかった事に対しての悲しみ。
「もう、大丈夫だから」
柑を抱き締める。今まで何をされていたか、ゆっくりと泣きながらも話し出す柑。
途中起きた男の子を黙らせて話を聞く。
純粋な無視からのイジメから教科書や上履きをゴミ箱への嫌がらせ、そして暴力。
「先生は?」
「先生は私の事をサンドバックだから、何しても良いって。親には色々と言って、誤魔化しておくって、私だけ、習っても無い内容のテストだったり、私だけ移動教室の事を知らされ無かったりされた?」
「⋯⋯」
「お姉ちゃん?」
「全部、お姉さんに任せなさい」
柑の為ににこやかな目立った【理性】は柑を強く抱き締めて、見えないようにしてからゆっくりと目を開ける。
「もう、アタシに任せて」
まずは第1段階、地面に寝ている人達に嫌がらせをしておく。
翌日、朝から両親と萌南は呼ばれていた。
萌南はアレから一切変化の無いまま過ごしていた。その変化は両親も気づいて居たが話し掛けれ無かった。
「まずは其方の萌南さんがコチラの3人に対してのイジメをしておりまして、その事に付いて両親を呼ばせて頂きました」
現在は防音性の高い校長室で、太った男の子とその両親、同じく両親を連れたガリ男の子、偉そうな女の子だった。
「あ、あの」
「柑!どうしたの!柑は教室に」
「母さん。柑もこの話には重要」
「え?」
柑を参戦して話し合いを始めた。
「見てよ校長先生!僕、背中をこんなにされたんだ!」
背中を見せた男の子の背中には⋯⋯煽り言葉とヘンテコの顔が書いてあった。しかも油性ペン。
「萌南、なんて事!」
母親が母親らしく怒る。普通にレアだがその事に突っ込む場所では無い。
「確かに、しましたね?かっこいいでしょ」
「巫山戯ているのですが其方のお子さんは!私の娘なんて髪の毛を半分だけ切られたのよ!揃えたらほぼ坊主に成っちゃったんですから!」
「そうですよ!どんな教育をしているんですか!コチラの息子なんて服を破られて帰らされたんですよ!どれだけ恥をかいた事か」
「そうですね。坊主、良いですね。反省の意を示していますね。服?アレは転けて自分で破いた物ですよ?それに体操服に着替えて帰れたので問題無いでしょう?」
平然としている【理性】。その目は怒りに満ちていた。
「反省?家の娘が何したって言うのよ!」
「そうだぞ!萌南!謝りなさい」
「⋯⋯⋯⋯フー、謝る?ハン!無論断る。何故、こんな下衆共に頭を下げる必要があるんですか?反省?滅茶苦茶する必要有りますよ?あ、この3人だけじゃなくてクラス全員ですけどね」
ニコリと笑い、そして真顔になる。
「校長先生、保険の山田先生を呼んでください。そして保健室で母さんと柑の体を見てください」
「「え」」
「速くしてください。じゃないと、暴れますよ?」
「はぁ〜分かった。呼んでくる。(面倒臭いな〜さっさと終わらせろよタック)」
「お姉ちゃん」
「柑、言ったでしょ?1人で抱え込むのが1番の迷惑だって。大丈夫だよ。ここには柑の味方が3人以上居るから」
安心出来る頼もしい笑顔を見せて、保険の先生と母親、そして柑は保健室に行き、数分後。
「いやあああああああああ!!」
「な、なんなのこれ」
学校全域に広がるような母親の絶叫。騒然とする校長室。
足がガクガクと震えて喋る言葉も震えている母親は父親の所へ行き持たれる。自分の力では立てない程に震えていた。
「な、何が」
ボロボロと泣き出す母親。
【理性】は太った男の子に近づいて胸ぐらを掴み自分の近くに持ってくる。
「お前、何か言い忘れて無いか?あの時、起きた事、やった事、全部!全部言えや!ボケ!じゃねぇと、昨日と同じ事を毎日毎日繰り返すぞ!辞めてと言っても!泣いても!教師連中が何と言おうとだ!」
「え、あぁ」
その気迫、本気の殺意を込めて放たれた言葉に漏らす男の子。
腰が抜けて立てない状態になり、ポツポツ喋る。
「他には?過去に何をした?お前らは柑に何をした!」
校長も只事では無いと思いオドオドする。
「さて、ご両親連中さんよ。今から本当に重要な話をしよう。どうせ消える落書き、いずれ伸びる髪、本当に何もしていない服、それと一生残るトラウマと濃い痣、診断書も貰うのでこっちの方が有利ですね」
「「「「な、何を言って」」」」
「子供のした事、じゃあ済まされないんですよ。破られて捨てられた教科書、ゴミ箱に捨てられた上履きや体操服、捨てられた給食、そして何より、柑が味わった精神的な痛み、苦しみ辛み、肉体的な痛み苦しみ辛み、全部精算して貰いますよ。後、校長先生。この事で相手の肩を持つなら、示談の話は無くコレをマスコミにリークします。教育委員会にも言います。今すぐ柑の教師とその他諸々を呼んで来てください。大切な話をしましょう。ねぇ、お父さん、お母さん」
「「ええ」」
そして、この日は生徒の皆は家に返された。桃は教室で待機だ。
そして現在体育館、2年1組、柑のクラス全員とその両親、そして担当教師に様々な教師、警察に本来なら休みだった所を来て貰ったら父親の知り合いの医師と弁護士。
全員が柑に対しての弁償代と慰謝料、そして両親にこの件の示談金を払う事になった。
軽い人でも100万は行った。
だが、ここで1人抵抗するクソ馬鹿が居た。
「何が問題あるんですか!クラスに馴染めない人をきちんと馴染めるようにしてあげたでは無いですか!いい事でしょう!それに予習は重要と教えてあげる為にテストも難しくして!給食は昔の人の気持ちを⋯⋯」
「黙れ、黙れよ!」
【理性】は教師に接近して男の象徴の弱点に向かって家から持参した成る可く固めの小さいトロフィー(父親が中学時代のeスポーツの大会優勝で手にした物)でぶっ叩いた。
怯んで倒れた所で体に向かって何回も叩いた。
「ふざけんな!ふざけんな!教師は確かに知識を教える仕事かもしれない!だけど、生徒を悲しませるような真似はおかしいだろ!今のご時世にそんな馬鹿な考えなんて要らねぇ!昔の人だってお前のような下衆は居ねぇんだよ!」
号泣しながら叩く【理性】の姿に感謝が限界に達した柑は泣き出した。
だけど、危ないと止めるのは母親だった。
結論として、2年1組は柑以外は皆、転校した。
クラスが1個潰れたのだ。示談にして広まる。
ニュースにも取り上げられる程に大事に成った。
柑は違うクラスに入ったが、現実の逃げ道等の理由から両親は3人にゲームを与えた。
萌南以外はドハマリして柑は両親と相談して学校へ登校拒否をした。『ま、いざとなれば在宅等の方法とか教えればいっか』と両親の意見で許可された。
萌南だけはゲームを全然しなく、母体である筈の母親ですら怖くなり2人はDNA検査に出した。
勿論、2人の子供。次に病気かと思われ病院に、勿論問題無し。
母親の実家近くの知り合いの霊媒師の元を訪れてお祓いして貰う事に、結果として『悪霊も逃げると思いますよ』と言われた。萌南は少し落ち込んだ。
◇
「そっか、そんな事が」
「そう。だから、私にとってお姉ちゃんは世界1のヒーローなんです」
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