第33話『本能』

 イサちゃんを追い掛けて、イサちゃんが止まった所の目の前を見ると光る何かがあると分かった。


「これはなんだろ?」


 拾って見るとメダルのような物だった。

 調べる事は出来ないのでインベントリにしまえるようなのでしまっておく。


 それから再び崖を目指す事にした。


「あら、同じ考えの人が来たようね」

「そのようだね。あら、可愛いお嬢ちゃんな事」


 私達の進行方向にはセカイちゃんのような格好の女性とイケメンの女性であった。

 パーカーを羽織って居るので武器が分からない。


「同じ気配がしますね」

「え?」

「そこの武術家さん、タイタンしませんか?」

「ふ、良いね。私もタイタンしたいと思っいたのよ。同じ武術家との戦い方を研究したくてね。あっちに行きましょう」

「ええ」

「せ、セカイちゃん?」

「大丈夫です。それに、あの人との戦いは集中したいのでタイマンに乗ってくれたのは嬉しかったです。あの人も私と同じでリアルで空手等やっているのでしょう」

「わ、分かるの?」

「あの人の呼吸は無意識みたいですけど普通の人とは違いますから」

「それって⋯⋯」

「そうですね。リアルで武術に精通してます」


 それは⋯⋯セカイちゃんじゃないと相手出来ないな〜。

 私居ると足手まといになる。

 セカイちゃんも武術をやっているのだから⋯⋯頑張ってね。


「イサちゃん、ハクちゃん行くよ」


 ネマちゃんは応召してある。

 途中から増やす為にしている。

 イサちゃんは鼻が利くので索敵担当良く、ハクちゃんは毛玉になって貰い触って居たのだが⋯⋯今は狐の状態になっている。

 ハクちゃんのバフはセカイちゃんに掛けて上げたいのだが、下手に上げると体が慣れてないセカイちゃんだと逆に迷惑になる。

 強いのも考え物だ。


「召喚士で巫女服?変わっているね」


 う、いや、職業サブだけど黒巫女入っているし問題ない。


「はぁ、あの人も離れたし私は私で楽しめそうだね」


 その瞬間空気が変わった気がした。


「こんな可愛いお嬢ちゃんが相手なようだし、臨時で手を組んだあの人も可愛いけど怖いからね〜ま、丁度離れて行ったし、こっちも1対1。どんな声で鳴いてくれるのかな?楽しみだよ。くふふ」

「な、にを?」

「沢山可愛がってあげるよ。簡単に諦めないでね?さぁ、行くよ!」


 何を言ってるのか分からない。だけど、身の危険は感じた。

 私は急いで【風弾】の術式を構築して、イサちゃんには一時的に【挑発】を使ってもらい念の為【堅牢】を使って貰う。ハクちゃんには妖術バフを私に掛けて貰う。


「ワオーン!」

「ざぁねん私の耐性Lvの前では低いようだね」


 効かなかった。初めてだ。


「でも、折角の対面に慣れたのに邪魔は良くないよね?」


 2本の短剣が軌跡を描きながら見事にイサちゃんとハクちゃんに刺さった。


「イサちゃん!ハクちゃん!」


 次の瞬間にイサちゃんとハクちゃんは消えた。


「え?」

「ギャハハ、まさか1回も進化してなかった召喚士のようだね?初心者さんかな?この短剣はプレイヤーに【召喚】されているモンスターを封じる事が出来るんだよ。ま、20分だけだけど」

「なっ!」


 ハクちゃんは召喚獣じゃないけど、【召喚】を利用して呼び出している。

 なので召喚獣じゃなくて【召喚】が対象ならハクちゃんも含まれる。

 しかも『封じる』ようなので応召する事も呼び出す事も出来ないで、召喚出来る枠も埋まっている。

 なので残り召喚出来る枠は1つだ。


「展開、風弾!」

「おっと」

「躱された?!」

「そんな直線的では無理無理分かりやすいんだよ」


 風の弾をあっさり躱された。

 私は再度術式を構築しようとしたが、相手の方が速かった。


「そい」


 投げられたナイフを私は躱した。だが、背中に刺さっていた。


「あああああ」

「ふ、あははは、最高だよ!」


 痛い痛い!なんで、こんなに痛みがあるんだよ!

 安全装置とか、そもそも痛みは何か当たったとかそんな感じなのにこれは本当にナイフが刺さったかのような痛みだ。

 意味が分からない。

 痛すぎる。

 HPはそんなに減って無いけど、デバフで『混乱』がある。


「さあ、一緒に楽しもうか?ふふ」


 イケメン女性の顔はニンマリと笑う、それは悪魔の笑みのように。

 ⋯⋯怖い。そう思ってしまった。

 本当に怖いのだ。怖い者は怖い。


「【エイク】」


 太ももに短剣が刺さる。


「ああぁああああ!」


 痛い、なんで?

 痛みで私は立てなくなる。

 それに、目の前も暗くなっていくような。


「その短剣ね、幻惑スキルがあるんだよ」


 私の視界は切り替わる。


「さて、表情を楽しませて貰うよ?」


【エイク】痛みを増幅して相手を混乱状態にするスキルで、取得している人が少ないのでその存在を知っている者は少ない。

 モンスターを混乱状態にするスキルの1つだが、これはゲームとしては絶対にあっては行けないバグがあった。

 それが今、モフリに起きている事だ。

 このスキルにはダメージを上げる効果も無ければスキルを使って武器を当てないと行けないし、Lvが高くても効果が低く耐性Lvが高いと効かない。

 なので持っている少数人数でもあまり使われてないスキルである。

 しかし、この女はこのバグに気がついて居たのだ。

 使う人が少ないが故に運営も見逃した絶対炎上案件、その原因が『痛みを増幅』すると言う点だ。

 これは本来モンスターに与える効果で説明文でしか無いのだがこれをプレイヤーに使うと痛みが増幅する。

 つまり、安全装置で痛みが一定のラインを越えて『痛み』を与えるのだ。

 そして、現実に近いこのゲーム世界でこんなスキルは⋯⋯危険である。


 私の居る目の前には沢山の動物が居た。

 そう、目の前にも居るのだ。

 ライオン、パンダ、チータ、カバ、ゾウにキリン!

 様々な動物が居るのだ。

 しかも、私が近づいても逃げない、怯えない、威嚇されない!

 私は触れる。撫でる。⋯⋯どれも出来た。

 私は我を忘れて色んな動物に触れ合った。

 ま、これが現実じゃない事は気がついているのだが、それは些細な問題だ。

 もう、どうでも⋯⋯。


『よかねぇよ!バカ!何混乱して思考放棄してんだや!』


 幸せ⋯⋯。


『⋯⋯私は、⋯⋯いや、まあ、そんなモノで良いならずっとそこにいろ。耐え難いし、わたしがな。あいつらにも悪い。それすら考えないって私はどうかしているぞ?はぁ〜出る予定なかったんだけどな〜貴美にもわたしの存在見られたくないんだけどな〜』


 ライオンの鬣⋯⋯。


『ダメだこりゃ。は〜まじでイサ達に申し訳立たんだろ?どうせ動けないなら、わたしが動いてやるよ。中身どうせ今空だし。さっさと戻してやるから待ってろ』


 オオカミ⋯⋯。


『⋯⋯お前はそれで良いのかよ』


 モフリは幻惑に深く潜っていく。


「いや〜なんか幸せな夢見ているのかな?凄く口元緩んでるんだけど?もっとこう、悲鳴的な⋯⋯なに?」


 クソ女はわたしの変化に気がついたのかすぐに距離を取る。


「はぁ〜あの雑魚の時よりも気分が悪いわ。私も反抗出来ないは悪いよ?でもよ、1番幻惑に潜り込むような夢にするか?私のリアルと真逆にするか?イサ達の事も忘れる程なのか?」


 わたしは自問自答する。私に問いかけるように。


「なにを⋯⋯」

「クソ女、お前これリアルでもやってんの?」

「いやまさか。私、メリハリは得意だよ?」

「そうか、そうか。こんなバグ使う分際で」

「⋯⋯なぜ?」

「こんな痛みおかしいだろ?」


 ちなみに『本能』が言っている痛みとは『心』の痛みである。


「ゆっくりと、伝わって来るよ。私も色々あるんだな」


 ただ、私の心を感じていく『本能』に出て来た感情は1つだった。


 ──怒り。


 苦に蜜を与え、それに抗えない私、それでも内心では抗おうとしている私、イサ達の事を忘れる程の幸せを感じている私、イサ達の事を心配している私、矛盾の塊が今、自分の感情であると理解した。


「すぐに終わらせてやるよ」


 わたしはインベントリから仮面を取り出して、装備する。


「お前が相手の絶望を好むなら、わたしは希望を持ってお前に抗ってやるよ」


 今一度、『本能』は本能のままに戦う。

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